1533年4月末~5月頭。兵が去った後の証文整理。そして5月。領主への返済の日が近づく。
兵たちが去った後。
寺の中には、まだ緊張感が残っていた。
さっきまで槍を向けられていたのだ。
誰もが、もう以前とは違う段階に入ったことを感じていた。
そんな中、八郎が手を叩く。
「はい」
「皆さん」
「一旦整理しましょう」
その声で全員が八郎を見る。
三歳児を見る目ではなかった。
「まず」
「うちの庄屋衆」
「それから隣の庄屋衆」
「ここについては、もう証文整理ができています」
「商人さんとの話もついてます」
「なので」
「次から集まる人数を減らしましょう」
庄屋たちは驚く。
「え?」
「なぜです?」
「八郎様」
「みんなで来た方が早いのでは?」
八郎は首を振った。
「駄目です」
「今日みたいになります」
「五十人の兵が来ました」
「向こうから見たら」
『庄屋、商人、武士が寺に集まっている』
「そう見えるんです」
「疑われても仕方ありません」
和尚が頷く。
「まあ、そうじゃな」
「知らん者が見れば一揆の相談にも見える」
「でしょう?」
「だから危ないんです」
「なので」
「代表者だけ」
「帳面を持ってくる形にしましょう」
商人たちも納得する。
「確かに」
「八郎様の言う通りですな」
「商いは目立ちすぎても敵を作ります」
八郎は次に、新しく加わった隣の隣の庄屋衆を見る。
「皆様は」
「次回、一度全員来てください」
「はい」
「理由は」
「まだ借金の全体が見えてません」
「誰が」
「誰から」
「いくら」
「利息はいくら」
「これを全部出してください」
「商人さんにも来てもらいます」
「その場で」
「利息を調整して」
「返す順番を決めます」
「順番ですか?」
「はい」
「声が大きい人から返す」
「では駄目です」
「困っている人」
「利息が高い人」
「返せば生活が戻る人」
「そこからです」
新しい庄屋衆は頭を下げた。
「……本当にありがたい」
すると誰かが言う。
「先ほどのお侍様方は?」
八郎はため息をつく。
「あれは……」
「また別です」
「来ると言ってましたけど」
「まず話を聞きます」
「武士様には武士様の事情がありますから」
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「それより」
「今の目標があります」
「なんです?」
「五月頭です」
「殿様にお金を納めに行かないといけません」
一瞬、場が静かになる。
みんな忘れていた。
八郎はまだ領主の下にいる。
「なので」
「大きく動くのは」
「それが終わってからです」
和尚が苦笑する。
「八郎」
「なんです?」
「お前」
「三歳児なのに」
「殿様との政治まで考えとるのか」
「考えたくないです」
「でも考えないと怒られるんです」
全員が笑った。
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そして八度目の市の日。
市そのものは、もう大きな問題なく回り始めていた。
混ぜ飯。
つみれ汁。
炒め飯。
天ぷら。
甘味処。
そして――。
「マグロ煮付け二つ!」
「はいよ!」
以前なら母と三郎しか作れなかった料理。
今は弟子が鍋を見る。
三郎は横から声をかけるだけ。
「そこ」
「もう少し火を弱めろ」
「煮崩れるぞ」
「はい!」
母も同じだった。
甘味処を見る。
自分では作らない。
味を見る。
人を見る。
育てる。
「八郎」
「なんや?」
「これでよかったんやね」
「何がです?」
「私らが作るより」
「作れる子を増やす」
八郎は笑った。
「はい」
「母上の味が」
「色んな場所で食べられます」
母は少し照れた。
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三つ目の市も動き始めた。
甘味。
混ぜ飯。
さらに炒め飯。
天ぷら。
少しずつ店が増える。
その分。
米を買う。
魚を買う。
野菜を買う。
つまり――。
証文が消える。
商人たちは笑う。
「昔は借金取りでした」
「今は仕入れ先ですわ」
庄屋衆も笑う。
「昔は商人を見るのが怖かった」
「今は来るのが楽しみじゃ」
世界が変わっていた。
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そして。
日々は過ぎる。
四月が終わる。
田畑には新しい作物。
市には新しい人。
寺には新しい帳面。
だが。
八郎だけは分かっていた。
次に待っているもの。
五月。
殿様への報告。
そして納金。
「……」
「また機嫌悪いやろうなぁ」
八郎が呟く。
父が笑う。
「そこか」
「そこですよ」
「一番怖いじゃないですか」
「三歳児なのに」
「殿様の機嫌取りですよ?」
家族は笑った。
しかし。
その五月が。
八郎の立場を大きく変える月になることを。
まだ誰も知らなかった。




