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1533年4月。7度目の市。家族が現場を離れ市や料理を見る側になる。市が終わった後の庄屋衆の集会。侍まで集まりだす

四月、七度目の市の日。

 朝から八郎の家は慌ただしかった。

 米を炊く者。

 魚を捌く者。

 団子を丸める者。

 天ぷらの準備をする者。

 少し前まで家族だけで回していた商いが、今では何十人もの仕事になっていた。

 その様子を見ながら、八郎は母と三郎兄を呼んだ。

「母上、三郎兄様」

「なんや?」

「料理のことでお願いがあります」

「今日から少しずつ」

「お二人は手を動かさないようにしてください」

 二人が首を傾げる。

「は?」

「料理せんでええってことか?」

「違います」

「見る側になってください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「母上や三郎兄様しか作れない料理なら」

「店は一つしか作れません」

「でも」

「誰でも作れるように教えられれば」

「二つ目の市」

「三つ目の市」

「もっと先にも出せます」

 三郎が腕を組む。

「なるほどな」

「俺が作るんやなくて」

「作れる人間を育てろってことか」

「はい」

「弟子を取ってください」

「味を見る」

「手順を見る」

「失敗を直す」

「そこをお願いします」

 母は苦笑した。

「ほんま三歳児が言う話ちゃうわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あと」

「マグロの煮付け」

「今日から毎日やりましょう」

「え?」

「あれ大丈夫?」

「魚は傷みもあるし」

「味もまだ……」

 八郎は頷く。

「だからこそです」

「毎日やらないとうまくなりません」

「もう十分練習しました」

「ここからは数です」

「それに」

「マグロを食べる習慣を作りたいんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 三郎が笑う。

「ほんま商人やな」

「違います」

「三歳です」

「はいはい」

 兄弟たちはもう慣れていた。

 その後、八郎は三郎を見る。

「それと」

「三郎兄様」

「なんや?」

「できるだけ家に帰ってきてください」

「……」

「どういう意味や?」

 八郎は少し黙る。

「多分」

「家族全員で毎日ご飯を食べられる日は」

「そんなに長くないと思います」

 場が静かになる。

 父だけは意味を理解していた。

「……そうやな」

 母も察する。

 今の流れなら。

 一つの庄屋。

 一つの店。

 そんな規模では終わらない。

 三郎が八郎の頭を撫でた。

「分かった」

「飯くらい帰って食うわ」

「ありがとうございます」

「ほんま弟とは思えんな」

「弟ですよ」

「三歳です」

「そこだけ強調するな」

 みんな笑った。

 市は順調だった。

 混ぜ飯。

 つみれ汁。

 天ぷら。

 炒め飯。

 甘味処。

 そしてマグロ煮付け。

 人は絶えなかった。

 三つ目の市から戻った四郎と五郎も報告する。

「八郎」

「あっちやけどな」

「甘味と混ぜ飯だけやなくて」

「炒め飯も欲しい言われとる」

「天ぷらもや」

 八郎は少し考える。

「やりましょう」

「ええんか?」

「はい」

「今必要なのは利益より」

「仕入れを増やすことです」

「米」

「野菜」

「魚」

「油」

「全部買います」

「そうしないと」

「証文を消す速度が追いつきません」

 父が笑う。

「普通逆やぞ」

「商売は利益増やすもんや」

「八郎は原価増やそうとしてる」

「今はそれが必要です」

「人も雇ってください」

「多めでいいです」

「そんな雇って大丈夫なん?」

「大丈夫です」

「仕事は増えます」

「ただ」

「帳面だけ合わせてください」

「もう僕は全部見切れません」

 家族全員が吹き出した。

「やっと三歳児らしいこと言ったな」

「はい」

「無理です」

「多すぎます」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして七度目の市は終わった。

 売上も順調。

 人も育ち始めた。

 新しい店の準備も進む。

 だが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 次の庄屋衆の集会。

 八郎が寺に向かうと。

 明らかに様子がおかしかった。

「……」

「人、多くないですか?」

 和尚が笑っていた。

「八郎」

「落ち着いて聞け」

「嫌です」

「絶対嫌な話です」

 父が苦笑する。

「まあ聞け」

 寺の中には。

 庄屋衆。

 商人衆。

 そして――。

 見慣れない男たち。

 腰には刀。

「……」

「武士様?」

 男たちは頭を下げた。

「八郎様」

「お願いがございます」

「……」

「何でしょう」

「我らの証文も」

「見ていただけませんでしょうか」

 寺が静まり返る。

 八郎は目を閉じた。

「……」

「ついに来ましたか」

 父が驚く。

「予想しとったんか」

「はい」

「商人」

「庄屋」

「民」

「次は武士様です」

「でも」

「条件があります」

 武士たちを見る。

「ただ借金を消すことはできません」

「働いてください」

「市が増えています」

「銭が動いています」

「人が集まっています」

「だから」

「守る人が必要です」

「用心棒をしてください」

「一日四十文」

「その分を証文返済に回します」

 武士たちは顔を見合わせた。

 まさか武士としての力が、戦以外で銭になるとは思っていなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 和尚は笑った。

「八郎」

「なんです?」

「お前」

「商人を救い」

「百姓を救い」

「とうとう武士まで食わせるか」

「……」

「やめてください」

「そういう言い方すると」

「また殿様が怒ります」

 全員が笑った。

 だが誰も否定できなかった。

 八郎の周りにはもう。

 ひとつの国の形が生まれ始めていた。

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