6度目の市。3つ目の市での甘味処は好評。八郎の店とうわさが広がる。別の庄屋衆が殿様に相談したら斬られかける。この話を他に広げようとなる。
六度目の市の日。
八郎たちの店は、もはや以前とは違う姿になっていた。
混ぜ飯。
つみれ汁。
天ぷら。
甘味処。
人も増え、役割も決まった。
三郎たちが店を回し、母たちは甘味を整える。
八郎はというと。
「……今日は何も起こりませんように」
手を合わせていた。
父が笑う。
「商売する前にそれ願う三歳児おらんぞ」
「最近、何か起こりすぎなんです」
「平穏が欲しいです」
「無理やろ」
兄たちは即答した。
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市は順調だった。
むしろ順調すぎた。
特に三つ目の市。
初めて本格的に出した甘味処。
米団子。
その上に砂糖入りの小豆餡。
この時代、甘い物など滅多に食べられない。
一口食べた客が止まった。
「……なんじゃこれ」
「甘い」
「甘いぞ!」
そこから早かった。
「こっちにもくれ!」
「子供に持って帰りたい!」
「嫁にも食わせたい!」
用意した分は昼過ぎには消えた。
「すみません」
「本日は終わりです」
そう言った瞬間。
「なんでじゃ!」
「もっと作れ!」
「明日も来い!」
客から不満が出る。
八郎は苦笑する。
「いやいや」
「毎日いっぱい出したら」
「ありがたみがなくなります」
「少しずつ味も良くしますので」
「順繰りやらせてください」
「なんじゃそれ!」
「ずっとやれ!」
文句を言いながらも。
客は笑っていた。
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そんな中。
初めて来た者が聞いた。
「ところで」
「この店はどこの店なんじゃ?」
近くの者が答える。
「知らんのか」
「最近噂の」
「八郎様のところじゃ」
「八郎様?」
「ああ」
「借金を消して」
「市を増やして」
「仕事を作ってる三歳児じゃ」
「……三歳?」
誰もが同じ反応だった。
その噂は広がった。
そして当然。
まだ八郎側に入っていない庄屋衆の耳にも入った。
「本当なんか?」
「借金が消えてるって」
彼らは隣の庄屋衆へ確認に行った。
「実際どうなんじゃ」
聞かれた者は笑った。
「ありがたいわ」
「八郎様には頭が上がらん」
「で」
「なんぼ減ったんじゃ?」
「この前だけで二万文」
「……は?」
「一週間で二万文じゃ」
場が静かになった。
「二万文?」
「ああ」
「仕入れを証文と交換してくださる」
「だから利息が消える」
「前を見ることができる」
その言葉は重かった。
そして。
別の庄屋衆が動いた。
代表者を決め、城へ向かった。
「殿様」
「お願いがございます」
「なんじゃ」
「我らも」
「八郎様の管理下へ入れていただきたい」
瞬間。
領主の顔色が変わった。
「……また八郎か」
「申し訳ございません」
「また八郎!」
机を叩いた。
「なぜ皆、八郎八郎と言う!」
「領主はわしじゃ!」
庄屋衆は頭を下げた。
「承知しております」
「ならなぜじゃ!」
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庄屋代表は震えながら言った。
「このままでは」
「我らは田畑を手放します」
「逃げる者も出ます」
「大げさな」
「まだやれるじゃろう」
領主は言った。
だが。
「今だからです」
代表は返した。
「今なら間に合うのです」
「完全に潰れてからでは遅い」
「隣では」
「毎週借金が消えています」
「利息がなくなっています」
「明日への希望があります」
「それを見てしまったのです」
「では何か」
「わしが何もしていないと言うのか」
「違います」
「ただ……」
「殿様」
「では」
「殿様が我らの証文を消してくださいますか?」
空気が凍った。
「何?」
「利息をなくしてくださいますか?」
「作物で返していいと言ってくださいますか?」
次の瞬間。
領主の手が刀へ伸びた。
「貴様……」
家臣が慌てる
「殿!」
「おやめください!
「相手は民です!」
庄屋代表は逃げなかった。
ただ頭を下げた。
「斬るなら」
「斬ってください」
「ですが」
「残った者も同じことを考えます」
「……」
長い沈黙。
やがて領主は手を離した。
「……勝手にしろ」
「ありがとうございます」
「出ていけ」
「はい」
庄屋衆は深く頭を下げた。
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城を出た後。
一人が呟く。
「危なかったな」
「ああ」
「だが分かった」
「何がじゃ」
「殿様は」
「もう民の苦しさを見ていない」
そして。
別の者が静かに言った。
「この話」
「他の庄屋衆にも伝えよう」
「ええんか」
「ああ」
「皆、同じように苦しんでいる」
こうして。
八郎本人が知らないところで。
三つ目の庄屋衆が動き始めた。
そして噂は変わる。
「八郎様は儲けている」
ではなく。
「八郎様のところへ行けば、まだ生きられる」
になっていた。
それこそが、領主が一番恐れていた流れだった。




