1533年4月。八郎の動きを快く思わない殿様が領内見回り。やはり戦だと思い武具と米を買おうとするが商人に断られ激怒。
八郎の噂は、当然ながら城にも届いていた。
届かないはずがなかった。
借金を消す三歳児。
商人を集める三歳児。
寺や神社で市を開かせる三歳児。
そして何より。
「八郎様のおかげで助かった」
そんな声が領内で増えている。
領主は面白くなかった。
「……なんで皆、八郎八郎言うんじゃ」
家臣は何も言えない。
「わしが領主じゃぞ」
「はい」
「領内を見回る」
「は?」
「見るんじゃ。民が本当は誰に感謝しておるか」
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ただし。
「八郎のところには行かん」
「よろしいので?」
「行きとうない」
家臣は苦笑した。
完全に拗ねていた。
そこで別の庄屋衆の土地へ向かった。
領主が来ると、民は頭を下げる。
「殿様」
「ありがとうございます」
「おかげさまで暮らしております」
領主は満足した。
「ほれ見ろ」
「わしの治世が悪いわけではない」
だが。
一人の老人が恐る恐る口を開いた。
「あの……殿様」
「なんじゃ」
「できましたら……」
「もう少し年貢を……」
空気が止まった。
「何?」
「正直、皆ぎりぎりでございます」
領主の顔が険しくなる。
「簡単に言うな」
「領地を守るにも銭がいる」
「兵もいる」
「武具もいる」
「わしも遊んでいるわけではない」
「それ以上言うなら」
「逆に上げねばならんかもしれんぞ」
民は黙った。
頭を下げる。
「申し訳ありません」
領主は歩き出した。
だが後ろで小さな声が聞こえる。
「でも……」
「あちらでは借金が減っているらしいぞ」
「毎週証文が消えているって」
領主の足が止まる。
「……」
また八郎だった。
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「やはり戦じゃ」
城へ戻る途中。
領主は決めた。
「領地を増やせばよい」
「米を増やせばよい」
「そうすれば皆納得する」
そして商人を呼んだ。
「武具と米を用意しろ」
しかし。
商人はすぐには頷かなかった。
「殿様」
「なんじゃ」
「その戦」
「勝算はございますか?」
空気が凍った。
「何?」
「相手の領地を取る算段」
「取った後に治める算段」
「ございますか?」
「……」
「ただ小競り合いなら」
「申し訳ありませんが」
「大量の武具をすぐ用意するのは難しいです」
「なんじゃと!」
領主は声を荒げた。
「誰に言うておる!」
「秋には五万文入る」
「その銭で払う!」
商人は静かに言った。
「八郎様が納められる五万文ですね」
「……」
「八郎の名を出すな!」
領主は机を叩いた。
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「その五万文で兵を整える」
「敵が来れば守る」
「弱っていれば攻める」
商人は首を横に振る。
「ですが」
「今まで取れなかったから」
「今の均衡なのではありませんか」
「……」
「もし失敗すれば」
「また九月の後に五万文」
「さらに次も五万文」
「民から集めることになります」
「全領地なら五十万文集められる!」
領主は叫ぶ。
商人は静かに答える。
「集められます」
「ですが」
「その集め方が問題なのです」
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「殿様」
「今、八郎様は」
「毎週四万五千文」
「証文を消されています」
「月十八万文」
「一年なら二百万文を超えます」
領主の顔が変わる。
「二百万……」
「はい」
「この領内にある百六十万文ほどの負債」
「全部消える計算になります」
「……」
「民から見れば」
「明日の暮らしが変わる話なのです」
商人は続けた。
「さらに」
「寺市、神社市」
「一回六千五百文規模」
「月四回でも二万五千文以上動く」
「物が売れる」
「民が買える」
「商人も利益が出る」
「作物も回る」
「つまり」
「八郎様は銭を取っているのではなく」
「銭を動かしています」
領主は黙った。
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「では何か」
「お前ら商人は」
「わしより八郎を取ると言うのか」
商人は困った顔をした。
「殿様を軽んじるつもりはありません」
「しかし商いとして見るなら」
「五十万文を集めて」
「勝てるかわからぬ戦で消えるより」
「二百万文分の借金が消え」
「その後も商いが続く方を選びます」
「……」
「もし」
「確実に領地を取れる」
「民を豊かにできる」
「そういう戦なら協力します」
「ですが」
「小競り合いのためなら」
「今は避けていただきたい」
領主は立ち上がった。
「もうよい!」
「帰れ!」
家臣が慌てて追う。
商人たちは深く頭を下げた。
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領主は怒っていた。
「八郎八郎八郎……!」
「どいつもこいつも!」
「わしが領主じゃぞ!」
しかし。
家臣たちは分かっていた。
怒りの奥にあるもの。
それは八郎への憎しみだけではない。
恐れだった。
武力で人を従わせる領主。
信用で人が集まる三歳児。
二つの力が、同じ領内に生まれてしまったのだった。




