1533年4月。5度目の市。求職者が大量に押し寄せる。5度目の市も問題なし。大きな流れは変わらない。
1533年4月。五度目の市を前にして。
八郎の家には、朝から人が訪れていた。
「八郎様」
「うちの娘を使っていただけませんか」
「力仕事ならできます」
「畑でも店でも何でもします」
以前とはまったく違う。
少し前までは、仕事を探しても銭がなかった。
だが今は違う。
飯屋。
甘味処。
市。
畑。
湯浴み。
水車。
仕事が次々生まれていた。
八郎はその人の列を見て、父と母の方を見る。
「父上、母上」
「はい?」
「お願いします」
「え?」
「もう私では無理です」
父が笑う。
「ついに諦めたか」
「はい」
八郎は即答した。
「三歳児の限界です」
兄たちが吹き出す。
「今さら三歳児言うな」
「ここまで全部やってきたやろ」
「でも人を見るのは違います」
八郎は首を振った。
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「条件だけお願いします」
「条件?」
「はい」
八郎は指を立てる。
「嘘をつかないこと」
「裏切らないこと」
「愚直にやれること」
「それだけです」
母が聞く。
「腕前とかは?」
「後で覚えればいいです」
「料理も」
「商売も」
「畑も」
「でも」
「信用だけは後から作るのが難しいです」
父は静かに頷いた。
「なるほどな」
「八郎らしい」
「人数は?」
「多少多くても大丈夫です」
「仕事はあります」
八郎は帳面を見る。
「むしろ人が足りません」
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「細かいところは私はもう見られません」
「なので」
「私は利益だけ見ます」
「今週」
「三つ目の市を始めます」
「売上」
「仕入れ」
「そこを見て」
「また証文消しに使います」
父が聞く。
「今どれくらい消せるんや?」
「今は」
「毎週四万五千文です」
その場が静かになる。
「……毎週?」
「はい」
「月なら十八万文」
八郎は普通に言った。
「このまま広がれば」
「一年かからず」
「一万五千石分の領内の借金」
「全部消える可能性があります」
誰もすぐには返事できなかった。
父が苦笑する。
「……どえらい話やな」
そして小さく続ける。
「そりゃ殿様からしたら面白くないわ」
「はい」
八郎も頷く。
「だから怖いんです」
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最近、家族にも変化があった。
どこへ行っても。
「八郎様のお兄様」
「八郎様のお母様」
「ぜひこちらへ」
丁寧に扱われる。
母がため息をつく。
「正直」
「まだ気持ち悪いわ」
「急に周りが変わりすぎて」
八郎は苦笑した。
「慣れてください」
「え?」
「もう流れは止まりません」
「ただ」
八郎は笑う。
「もしこの御輿が落ちて」
「全部ダメになったら」
「また借金考えながら」
「家族で囲炉裏でも囲んで暮らしましょう」
母が笑う。
「それはそれで幸せかもしれんな」
三郎が首を振る。
「いやいや」
「一回この暮らし知ったら嫌やろ」
全員笑った。
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そして五度目の市。
結果は順調。
混ぜ飯。
つみれ汁。
天ぷら。
甘味処。
どれも売れた。
人を増やしたことで回りもよくなっていた。
「問題なく終わりましたね」
八郎が言うと、父が呆れる。
「問題ないの基準がおかしいんや」
「昔なら大騒ぎやぞ」
帰り道。
いつもの商人が八郎に声をかけた。
「八郎様」
「はい」
「少しよろしいですか」
「何でしょう?」
「さつまいもの件です」
八郎が顔を上げる。
「一郎兄様たちに渡した分ですね」
「はい」
「おそらく」
「足りなくなります」
「え?」
商人は笑った。
「この流れなら」
「隣の庄屋衆も植えるでしょう」
「さらに」
「隣の隣も来ます」
八郎は少し考える。
「確かに」
「食料になりますからね」
「はい」
「飢饉対策になる」
「米が取れない土地でも可能性がある」
「だから」
商人が言う。
「追加でどうですか」
「五千文分」
父が八郎を見る。
普通なら悩む金額。
しかし。
「買います」
即答だった。
「早いな!」
三郎が突っ込む。
「必要です」
八郎は答えた。
「これは儲けより先です」
「飢え対策です」
「一郎兄様と二郎兄様に丸投げですけど」
兄たちが笑う。
「そこは丸投げなんかい」
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八郎は五千文を支払った。
商人は満面の笑みだった。
「いやあ」
「本当に助かります」
「八郎様は買いっぷりがいい」
「売る側も安心できます」
「こちらも助かってます」
八郎は答える。
「人も」
「物も」
「回した方がいいですから」
商人は感心する。
「三歳でそれを言いますか」
「では」
「集計は後でします」
「はい」
「あと」
「他の市もお願いします」
「もちろんです」
商人は頭を下げる。
もうこれは一つの飯屋ではない。
農。
商。
人。
銭。
全部が動き始めていた。
そして八郎自身だけが。
「……本当に大丈夫かな」
と、不安そうにつぶやいていた。
その姿を見て父は笑う。
「一番流れ作った本人が一番怖がっとるな」
たまたま市に来て様子を見に来た和尚はただ笑った。
「だから周りがついていくんじゃよ」
「怖さを知っとる者は、無茶をせんからな」




