八郎。家の危機を明かす。父親も子の2回の商いで先が見えたから打ち明けられるとこぼす。
銭の分配が終わったあとだった。
兄たちはまだ興奮していた。
二度の市。
一度目は四百七十文。
二度目は八百二十文。
もちろん全部が利益ではない。
米代。
味噌代。
魚代。
手間賃。
寺への寄進。
全部を引いている。
それでも今、家には自由に使える銭が四百八十文ほどある。
前なら考えられないことだった。
その時、俺は父上を見た。
「父上」
「なんじゃ」
「少し長い話をしてもよろしいでしょうか」
兄たちが一斉にこちらを見る。
三郎兄様が笑った。
「八郎の長い話か」
「また難しい話やろ」
父上は少し考えたあと、頷いた。
「ええ」
「話してみい」
「この二度で分かった」
父上は兄たちを見る。
「八郎はただ思いつきで言っておるわけではない」
そして俺を見る。
「それに、もう隠す必要もなさそうじゃ」
「父上?」
兄たちが不思議そうな顔をする。
「種明かししてやれ」
父上が言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は小さく息を吐いた。
「実は」
みんなを見る。
「うちは、このままだと足りませんでした」
「足りない?」
「何が?」
「納めるものです」
その言葉で兄たちの顔が変わった。
「年貢か?」
「はい」
「米は何とかなると思います」
でも問題は米だけではない。
「他に納めるものがあります」
「役もあります」
「暮らす分も残さないといけません」
俺は続けた。
「全部考えると、五千文ほど足りません」
部屋が静かになった。
「五千……」
三郎兄様が呟く。
「そんなにか」
「はい」
だから考えた。
どうすれば米以外で銭を作れるか。
「だから最初の市で、握り飯ではなく混ぜ飯を売ることを父上にお願いしました」
普通の握り飯では駄目。
価値をつける。
漬物。
塩気。
持ち運び。
それで十文にした。
「今回は、もっと稼げるようにしました」
「魚の汁か」
「はい」
「捨てられるような魚でも、手を加えれば価値になります」
兄たちは黙って聞いていた。
「でも」
五郎兄様が不安そうに聞いた。
「そんなに危なかったんか」
俺は父上を見る。
そこから先は、父上が話した。
「……危なかった」
初めて聞く父の弱い声だった。
「父上……」
「八郎が言った通りじゃ」
父上は続けた。
「払えなければ、まず借りることになる」
借りれば返さないといけない。
「返せなければ田を手放す」
田を失えば収穫が減る。
「場合によっては、口減らしで奉公に出すことも考えねばならん」
兄たちが固まった。
自分たちのことだと分かったからだ。
「誰かが……出ていくってこと?」
「可能性の話じゃ」
父上は言った。
「だが、あり得た」
さらに悪いことがある。
「働き手が減れば、残った者の負担が増える」
「田を守れなくなる」
「さらに苦しくなる」
負の流れ。
一度落ちれば戻れない。
「一家離散も、ない話ではなかった」
母上が静かに目を伏せた。
知っていたのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
父上は銭を見る。
「今は違う」
四百八十文。
小さい。
五千文にはまだ遠い。
でも。
「二回だけでここまで来た」
しかも。
「わしらの手間賃を払って」
「材料代も戻して」
「寺にも寄進して」
「それでも残った」
父上は笑った。
「だから、今この話ができる」
そして小さく言った。
「正直、怖かった」
兄たちが父を見る。
「言えなかった」
「父上……」
「お前たちに心配をかけたくなかった」
父上は俺を見る。
「結果的に八郎頼みになってしまったがな」
「そんなことありません」
俺はすぐ言った。
「私は何も作れません」
力もない。
魚も運べない。
米も炊けない。
「みんなが動いてくれたからです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらくして三郎兄様が笑った。
「なら決まりやな」
「何がですか?」
「しばらく八郎の言うこと聞こう」
みんな笑った。
「二歳の弟に頼る兄たちか」
「情けないな」
でも表情は明るかった。
父上も頷く。
「まず目標は五千文じゃ」
「はい」
「来年の九月、十月まで時間はある」
今の調子なら届く。
でも油断はしない。
「八郎」
「はい」
「次は何をするつもりじゃ」
全員の視線が集まった。
父。
母。
兄たち。
今までは俺がお願いして動いてもらっていた。
でも今は違う。
家族が聞こうとしてくれている。
俺は少し考えた。
「まず、増やすものがあります」
「銭か?」
「違います」
俺は首を振った。
「できることです」
飯だけでは限界がある。
もっと広げる。
「油」
「鶏と卵」
「椎茸」
「魚の保存」
「そして、人です」
「人?」
「はい」
「家族だけでは限界があります」
今日、それが分かった。
母上が倒れたら終わる。
「だから、人が働ける形を作りたいです」
父上は黙って聞いていた。
「八郎」
「はい」
「お前、五千文で終わる気はないな」
俺は少し笑った。
「まずは五千文です」
「その後は?」
少しだけ間を置いた。
「誰も飯に困らないようにしたいです」
父上は呆れたように笑った。
「本当に大きなことを言う二歳じゃ」
家族も笑った。
けれど、もう誰も否定しなかった。
八郎の小さな商いは、家を救うためのものから、少しずつ大きなものへ変わり始めていた。




