1553年4月。4月3回目の市の朝。一郎兄様達にはさつまいもと水車。三郎兄様には店。四郎兄様達は情報収集を頼む
四月三回目の市の朝。
まだ日が昇りきらない時間、八郎の家では家族全員が飯を食べながら集まっていた。
最近では、朝飯の場がそのまま評定になっている。
父が味噌汁をすすりながら苦笑する。
「で、今日は何や八郎」
「はい」
八郎は小さく頭を下げた。
「まず謝ります」
家族全員が首を傾げる。
「何をや?」
「私に余裕がありません」
一瞬静かになった。
「……」
「三歳児なのに」
その一言で兄たちが吹き出した。
「ぶはっ!」
「自分で言うな!」
三郎が腹を抱える。
「三歳児なのに、って言いながら領地の借金整理してる奴初めて見たわ」
母も笑う。
「八郎、普通三歳は余裕とか考えへんのよ」
「でも本当にないんです」
八郎は真剣だった。
「飯屋だけなら楽しかったです」
「木根をどう作ろうかとか」
「水車をどう使おうかとか」
「芋をどう育てるかとか」
「そういうの考える余裕がありました」
「でも今」
指を折る。
「市」
「隣の市」
「寺市」
「神社市」
「証文」
「商人さん」
「殿様」
「無理です」
兄たちはまた笑う。
「そりゃ無理や」
「今の八郎様に余裕なんかあるわけない」
「様つけないでください」
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八郎は兄たちを見る。
「なのでお願いします」
「一郎兄様、二郎兄様」
「おう」
「隣の庄屋衆とも話しながら、さつまいものこと進めてください」
二人は顔を見合わせる。
「任せてええんか?」
「はい」
「育て方を知ってる人もいます」
「どこの土地がいいか」
「どれぐらい植えるか」
「試してください」
「あと」
「水車です」
「木根も含めて」
「隣の市側でも作れるか確認してください」
一郎が笑う。
「金は?」
「あります」
八郎は帳面を見る。
「今日の市をする前の時点で」
「六万千八百五十文あります」
兄たちの動きが止まる。
「……六万?」
「はい」
「なので必要なら使ってください」
「後で出します」
二郎が苦笑する。
「頼もしい弟やな」
「頼もしすぎて怖いわ」
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「申し訳ないです」
八郎は頭を下げる。
「本当は一緒に水車とか考えたかったんです」
「でも今は」
「目の前の証文を消します」
父は静かに頷いた。
「分かった」
「任せられるところは任せろ」
次に八郎は三郎を見る。
「三郎兄様」
「はいはい」
「店お願いします」
「最近そればっかりやな」
「三郎兄様が一番店を見るの上手いので」
そう言われて三郎は少し照れる。
「……まあ任せとけ」
母を見る。
「母上」
「何?」
「甘味処お願いします」
「あとマグロも」
「私?」
「はい」
「甘味は母上たちの方が味が分かります」
「マグロも、味付けを安定させたいです」
母はため息をついた。
「三歳に仕事振られとるわ」
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「四郎兄様、五郎兄様」
「はい」
「隣の隣の市を見てください」
二人が驚く。
「三つ目?」
「まだ出すとは言ってません」
八郎は慌てる。
「情報です」
「八郎の家の話がどれぐらい広まってるか」
「商人さんがどう言ってるか」
「見てきてほしいんです」
「あと」
「混ぜ飯屋だけ出せそうか確認してください」
「なんで混ぜ飯?」
「米です」
八郎は答える。
「証文を返す時、米で返す人が多いです」
「米が余るなら」
「飯に変える場所が必要です」
父が腕を組む。
「なるほどな」
「借金返済の出口まで考えてるんか」
「はい」
「マグロは?」
「今は利益なしでもいいです」
八郎は言った。
「まず食べる習慣を作ります」
「味が整えば、隣でも出せます」
「その時に利益になります」
父は苦笑する。
「三歳児の商売じゃないな」
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そうして一日は始まった。
結果は順調。
混ぜ飯。
つみれ汁。
炒め飯。
天ぷら。
甘味。
どれも売れた。
商人は挨拶に来る。
客は増える。
八郎本人は相変わらず走り回る。
夜。
家族で帳面を見る。
「では今日の結果です」
八郎が読み上げる。
「利益」
「九千四百文です」
静かになる。
「……」
「順繰り増えてますね」
八郎がそう言うと、全員が一斉に突っ込んだ。
「順繰りちゃうわ!」
三郎が叫ぶ。
「もうめちゃくちゃや!」
「この前まで一日数百文で喜んでたやろ!」
一郎も笑う。
「六万文持って」
「市で一日九千文増やして」
「余裕ありませんって」
「当たり前や!」
母は八郎を抱き寄せる。
「ほんま変な子やな」
「でも」
「ちゃんと寝るんやで」
八郎は頷いた。
「はい」
「今日はもう帳面見ません」
父が笑う。
「それが一番ええ判断や」
外では八郎の名が広まり続けている。
だが家の中では。
相変わらず、少し背伸びしすぎた三歳の末っ子だった。




