1533年4月。4月2度目の市の夜~次の庄屋衆の集会。3回目の市の前。仕入れ分の借金証文消しタイム。みんなウッキウキ
市が終わった夜。
いつものように帳面を広げながら、八郎は父や兄たち、雇っている者たちに話をしていた。
「次ですけど」
その言葉だけで父が身構える。
「八郎」
「はい」
「お前の『次』は大体大ごとになる」
「今回は普通です」
「信用できん」
周りが笑う。
八郎は気にせず帳面を見る。
「隣の市です」
「あちらで、もう二つ店を増やします」
「増やす?」
「はい」
「混ぜ飯屋と、つみれ汁屋を毎日やります」
父が目を丸くする。
「おいおい」
「急に増やして大丈夫なんか?」
「人もいるし、味もあるやろ」
八郎は頷いた。
「そこは考えてます」
「つみれ汁は、だいぶ味が安定してきました」
「魚の処理も覚えた人がいます」
「それに」
帳面を指差す。
「混ぜ飯屋は意味が大きいんです」
「なんでや?」
「米です」
「米?」
「はい」
「借金返済を現物でお願いしたら、一番多いのが米なんです」
周りの庄屋たちが頷いた。
「そりゃそうや」
「百姓が一番返しやすいのは米やからな」
「だからです」
八郎は言った。
「米をただ積んでいても銭になりません」
「でも混ぜ飯にすれば売れます」
「米が飯になって」
「飯が銭になって」
「その銭でまた証文が消えます」
場が静かになる。
父がため息をついた。
「……三歳児の言うことちゃうな」
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「隣の庄屋衆も返しやすくなります」
八郎は続ける。
「今週すぐ証文をどうこうではありません」
「まず店を動かします」
「売上を見る」
「原価を見る」
「安定したら」
「次の週ぐらいから、隣の分も順々に証文交換しましょう」
隣の庄屋衆は頭を下げた。
「ありがたいです」
「本当にありがたい」
すると商人の一人が笑った。
「八郎様」
「はい」
「息抜きしてますか?」
「え?」
「ずっと銭と帳面の話しかしてませんよ」
周りが笑う。
「ほんまや」
「三歳児が借金整理して、商売広げて、殿様の顔色見てる」
「何して遊んどるんや」
八郎は少し考えた。
「……母上の布団で寝てます」
全員吹き出した。
「それ息抜きなんか」
「三歳らしいけどな」
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そして庄屋衆の集会。
寺にはまた庄屋衆、隣の庄屋衆、商人衆が集まった。
しかし以前とは空気が違う。
皆、顔が明るい。
和尚が笑う。
「今日は皆、機嫌ええな」
当然だった。
数字が見えているからだ。
八郎側の庄屋衆。
週二万五千文分の仕入れ。
隣の庄屋衆。
週一万文分。
それが証文整理に回る。
長年苦しんだ借金が、目に見えて減っている。
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「あと確認です」
八郎が言う。
「寺市、神社市の掛け売り分です」
「六千五百文売上がありましたけど」
「どれぐらい借りになってます?」
商人が答える。
「ざっくり半分ですな」
「半分……」
「三千文ちょっとです」
「なるほど」
八郎は考える。
「そこも整理しないとですね」
すると八郎側の庄屋が言う。
「そこは新しい借りだから先に消しましょう」
しかし隣側が慌てる。
「いやいや」
「最近の借りなら利も少ないでしょう」
「うちの古い証文からお願いします」
「五割のものも残っております」
「いや、順番が」
「いやいや」
また少し揉め始める。
八郎は静かに言った。
「揉めるなら」
全員止まる。
「やりませんよ?」
しーん。
和尚が耐えきれず笑った。
「くくっ……」
父も笑う。
「またそれか」
「一番効くな」
八郎は不思議そうな顔をする。
「だって揉め事減らすためにやってるんですよ?」
「増えたら意味ないです」
誰も反論できなかった。
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その後、八郎は商人衆に聞いた。
「ところで」
「他の庄屋衆ってどうなんですか?」
「薩摩全体とか」
「国人衆のところとか」
「大きな家は違うんですか?」
商人たちは顔を見合わせた。
そして苦笑した。
「八郎様」
「はい」
「どこも同じですよ」
「同じ?」
「借金漬けです」
八郎が黙る。
「戦があります」
「年貢があります」
「不作があります」
「銭が足りなくなれば借りるしかない」
「だから我々商人がいるんです」
「ただ……」
商人は笑った。
「正直、今は八郎様のところが一番面白い」
「面白い?」
「はい」
「証文を消してくれる」
「寺市、神社市で買う人を増やしてくれる」
「品が動く」
「銭が回る」
「また仕入れになる」
「こんな場所、他にありません」
別の商人が冗談半分に言った。
「これを薩摩全部でやってくれたら、我々は笑いが止まりませんな」
父の顔が引きつる。
「おい」
「それ冗談にならんぞ」
和尚は笑う。
「十年あればどうなるか分からんな」
「和尚様まで!」
八郎が慌てる
「僕まだ三歳ですよ?」
商人が笑った。
「だから怖いんですよ」
「あと十年たっても十三歳」
「普通なら元服前」
「でもその頃には……」
誰も続きを言わなかった。
ただ全員、同じことを考えていた。
飯屋から始まった小さな流れ。
それはもう、一つの村だけの話ではなくなり始めていた。




