1533年3月。7回目の市の後。寺で市が開かれる。市まで行けない村民が殺到する。商人は八郎の信用があるからできるという。
寺で初めての市が開かれる前日。
八郎は父と和尚を前にして、帳面を広げていた。
「とりあえず四人ほど雇いましょう」
「また雇う話か」
父が笑う。
「はい。ただ今回は飯を作る人じゃありません」
「ほう」
「帳面を書ける人、それと人を整理する人です」
和尚が眉を上げる。
「人を整理?」
「はい。たぶん思ってるより混みます」
「そこまでか?」
「はい」
八郎は頷いた。
「普段、市まで行けない人がいます」
「まあ、おるな」
「銭を持ってない人もいます」
「そっちの方が多いやろうな」
「だから借用書になります」
和尚が笑った。
「なるほどな」
「誰が、どこの商人さんから、何文分買ったか。それを残さないと揉めます」
「三歳児の考えることちゃうぞ」
「でも揉めたら続きません」
父はため息をついた。
「正論やから困る」
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そして寺市の日。
朝から寺の境内には荷車が並んだ。
「おお……」
村人たちが驚く。
布。
鍋。
針。
塩。
油。
生活道具。
普段なら大きな市まで行かないと見られない品々だった。
「こんなんここで買えるんか」
「市まで半日歩かんでええんか」
「見るだけでも楽しいわ」
商人側も驚いていた。
最初は庄屋の若い者が数人来ただけだった。
「まあ田舎の寺市やしな」
そう思っていた。
だが違った。
「この鍋はいくらや?」
「この布、娘の嫁入り用に置いとけるか?」
「今銭ないけど、米で返せるんか?」
次々声が飛ぶ。
八郎側の帳面係が慌ただしく筆を走らせる。
「○○家、鍋一つ、三百文」
「返済は秋の米」
「確認しました」
和尚は横で見ながら呟いた。
「……市というより役所やな」
八郎は苦笑いする。
「ちゃんと残さないと後で困りますから」
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昼頃。
人の波はさらに増えた。
父が八郎のところへ来る。
「八郎」
「はい」
「これは少し考えなあかんな」
「ですね」
八郎も頷いた。
「次から時間を分けましょう」
「時間?」
「はい」
「朝はこの庄屋筋」
「昼はこの庄屋筋」
「夕方はこの庄屋筋」
「みたいな形です」
父が感心する。
「なるほどな」
「そうすれば帳面も混ざりません」
「確かにな」
「あと商人さんも、誰に売ったかわかりやすいです」
近くにいた商人が苦笑した。
「八郎様」
「様はいりません」
「いや……これは様ですわ」
周りが笑う。
「普通は売れる場所を探すのが商人なんです」
「はい」
「八郎様は売れる場所を作ってくれる」
その言葉に周囲が静かになった。
夕方。
集計。
「売上六千五百文です」
「……」
商人たちは顔を見合わせた。
原価五千文ほどの商品。
八郎が決めた通り、三割増しで売った。
増えた千五百文。
その分配。
「五百文は寺へ」
和尚へ渡す。
「ありがたくいただく」
「五百文は商人さんへ」
「ありがたい」
「五百文はうちへ」
父が受け取る。
「そこから今日働いてくれた人に払います」
帳面係。
整理係。
荷運び。
みんなに銭が渡る。
「……」
商人の一人が呟いた。
「これ、よう考えられてますな」
「何がです?」
八郎が聞く。
「誰も損してへん」
商人は指を折る。
「寺は寄進が入る」
「村人は近場で買える」
「わしらは売れる」
「働いた者にも銭が落ちる」
「八郎様の家にも残る」
そして笑った。
「しかも一番大きいのは」
「?」
「八郎様の信用です」
「信用?」
「はい」
「普通、農民相手に借用書で売れと言われても怖い」
商人は続ける。
「でも八郎様が見ている帳面なら安心できる」
「……」
「最後は八郎様が買い取って、仕入れに回してくれる」
「だから売れる」
和尚が横でニヤニヤする。
「八郎」
「はい?」
「また一つ領主の仕事増えたな」
「和尚様」
「違うか?」
「私は飯屋です」
その瞬間、周りが笑った。
「飯屋が借金整理して、市作って、商人まとめるか」
「……」
「もう誰も信じんぞ」
八郎は困った顔をする。
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その夜。
母に話すと、また頭を抱えた。
「今度は寺で市?」
「はい」
「商人さんが八郎にありがとう?」
「はい」
「……」
「母上?」
「あんた、本当に三歳?」
「三歳です」
「じゃあ今日はもう寝なさい」
布団に押し込まれる。
「でも帳面が」
「三歳児は寝る時間です」
父は笑いながら帳面を見る。
寺市一回。
たった六千五百文。
だがそれ以上のものが動いた。
銭ではなく、人の流れだった。
和尚は寺で一人呟いた。
「殿様より先に、民の暮らしを握り始めたか」
「さて……どこまで行くやらな」
そう言って笑った。




