1533年3月7回目の市の前、周囲の手のひら返しがえぐいwww。7回目市当日。市でも噂になる。
次の市までの数日間、八郎の家には妙な光景が続いていた。
朝になると、誰かしらが荷車を引いてやってくる。
「八郎様、おはようございます」
「……だから様はやめてくださいって」
三歳の八郎が困った顔をする。
荷車には米、豆、野菜、卵、干物。
「今日は二千文分ですね。父上、帳面お願いします」
「おう」
父が帳簿を開く。
商家衆が借りていた証文を八郎側が買い取り、その代わりに現物で返してもらう。
銭がない村人からすれば夢のような話だった。
「ほんま助かりました」
一人の女房が深々と頭を下げる。
「八郎様のおかげで、うちは畑を手放さんで済みました」
「いやいや、別に私があげたわけじゃないですよ。ちゃんと返してもらってますから」
八郎は慌てる。
「米も野菜ももらってますし、それを飯屋で使ってますから」
「でもなあ……」
女房は笑う。
「今までやったら銭作るために安く買い叩かれて、それでも利息だけ払って終わりやったんです」
「……」
「今年は前向いて働けます」
そう言って帰っていく。
それを横で見ていた母は首をかしげた。
「なあ八郎」
「はい?」
「最近、みんな気持ち悪いんやけど」
「母上?」
「だって、八郎様、八郎様って。あんた三歳やで?」
八郎は苦笑いする。
「私も困ってます」
そこへ父が入ってくる。
「まあ仕方ないわな」
「あなた、何か知ってるんですか?」
「ああ」
父は軽く言う。
「八郎が毎週二万文ぐらい借金肩代わりすることになった」
「…………」
母の手が止まる。
「はい?」
「だから庄屋衆の借金を順番に消して、その分を仕入れでもらう」
「…………」
「あなた」
「ん?」
「なんでそんな大事なこと言わないんですか」
父は頭をかく。
「あー……言うの忘れてた」
「忘れる話ですか!?」
母の声が裏返った。
「二万文ですよ!? 村一つ動く銭ですよ!?」
「いやまあ……最近八郎見てると感覚がおかしくなってな」
「父上、それはよくないと思います」
「お前が言うな」
兄たちが吹き出した。
さらに父は続ける。
「あとな」
「まだあるんですか?」
「来週から寺と神社で市が始まる」
「……はい?」
「商人が来る」
「なんで?」
「八郎が話まとめた」
母は八郎を見る。
「……」
「母上?」
「あんた何してるの?」
「いや……」
八郎は困ったように笑う。
「借金が全部消えたら商人さんの仕事がなくなるじゃないですか」
「普通そこまで考えへんのよ」
「だから新しい売り先を」
「三歳は考えへんの」
母はため息をついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして大きな市の日。
朝から約束通り五千文分の品が届いた。
「八郎様、こちら今回分です」
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ」
庄屋衆は頭を下げる。
その様子を見て、市の人間がざわつく。
「おい」
「なんや?」
「あの庄屋の旦那、子供に頭下げてへんか?」
「八郎やろ」
「ああ、例の」
噂はもう広まっていた。
借金を消している子供。
商人と話をつけた子供。
寺と神社に市を作る子供。
当然、いつもの客たちも知っていた。
「坊主」
「はい?」
「お前、飯屋だけちゃうんか」
「飯屋ですよ?」
「嘘つけ」
常連が笑う。
「商人がお前に挨拶来とるぞ」
その言葉通り、商人が数人近づいてきた。
「八郎殿」
「はい」
「来週の寺市、よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
「布団や鍋物も持っていきますので」
「助かります」
自然に商談が進む。
常連たちは黙って見る。
「……」
「なあ」
「はい?」
「ほんまに三歳か?」
「三歳です」
「三歳児は砂遊びするんや」
「してますよ?」
「してへんやろ」
周りが笑う。
夕方。
家に帰って集計を終える。
利益は順調。
甘味も売れる。
借金返済も進む。
寺社市も始まる。
母は八郎を布団に入れながら呟いた。
「ほんま……何がどうなってるんやろな」
「母上?」
「少し前まで五万文どうしようって泣きそうやったのに」
「はい」
「今は商人さんが頭下げに来る」
八郎は小さく答える。
「みんなが頑張ったからですよ」
「……」
母は笑った。
「あんた、そういうところだけ子供ちゃうな」
そして頭を撫でる。
「でも」
「はい?」
「寝る時は母ちゃんの布団なんやな」
「……それは」
「そこだけ三歳で安心するわ」
そう言って抱きしめる。
一方、父は帳簿を眺めながらぽつりと言った。
「これ……ほんまに領地変わるぞ」
誰も冗談とは思わなかった。




