1533年3月。庄屋衆と商人達の話し合いが続く。みんなが買う高価な品は証文を作り、八郎家が買い取り仕入れの物と交換。寺と神社で交互に毎週やる。
寺の広間では、まだ話し合いが続いていた。
週二万文分の仕入れを証文返済に回す話。
寺や神社で小さな市を開き、商人の新しい稼ぎ口を作る話。
それだけでも十分大きな話だった。
商人の一人が笑う。
「いや、八郎殿。今日はこれだけでも腹いっぱいや」
「借金返す話しに来たと思ったら、次の商売まで用意されるとは思わなんだ」
周りも笑う。
しかし八郎は首を振った。
「すみません」
「まだあります」
その一言で全員が止まる。
「……まだあるんか?」
和尚が呆れた顔をする。
「八郎、お前は本当に一回来るたびに三つ四つ持ってくるな」
「すみません」
八郎は帳面をめくった。
「今後、寺や神社で市をやるとなると、問題が出ます」
「問題?」
「はい」
「高い物です」
商人たちは顔を見合わせる。
「例えば布団」
「鍋」
「農具」
「そういう物です」
「ああ」
「確かにな」
「飯なら数文で買えるが、布団なら千文単位になる」
商人がうなずく。
「そこでお願いです」
八郎は商人を見る。
「高い品を売る時は、必ず借用書を作ってください」
「借用書?」
「はい」
「ただし、誰にでも売るという意味ではありません」
八郎は強めに言った。
「返せる見込みがない人に売るのは駄目です」
「それはただ借金を増やすだけです」
和尚が目を細める。
「ほう」
「そこを見るか」
「はい」
「今、皆さんが苦しんでいるのは、返せない借金だからです」
「同じことをしたら意味がありません」
商人たちも黙って聞いていた。
「でも」
「米があります」
「野菜があります」
「卵があります」
「魚があります」
「うちの飯屋で使えるものがあります」
「つまり」
一人の商人が気づく。
「現物で返す……か?」
「はい」
「例えば布団を買います」
「その人が米で返せるなら、商人さんは証文を作る」
「その証文を、うちが買い取ります」
「そしてその人は、うちに米や野菜で返す」
場が静かになる。
そして大きな商人が笑い出した。
「和尚」
「なんや」
「この子、本当に三つか?」
「わしも最近怪しいと思っとる」
笑いが起こる。
商人は指で計算する。
「つまり、わしらは物が売れる」
「あまり売れんかった高い品も売れる」
「代金回収の不安は八郎家が見る」
「八郎家は現物を飯屋に回す」
「そうです」
「ただし」
八郎は付け加える。
「全部は無理です」
「うちが扱える量だけです」
「米も野菜も腐ります」
「だから限度は決めます」
和尚が満足そうにうなずいた。
「そこまで考えとるならええ」
すると商人たちは次々と言い始めた。
「乗る」
「これは面白い」
「借金が返ったら終わりやと思ってたが違う」
「むしろ売り先が増える」
「布団も売れる」
「鍋も売れる」
「農具も売れる」
「しかも寺と神社なら信用がある」
八郎はほっと息を吐いた。
「それで場所ですが」
「まだあるんか」
和尚が笑う。
「はい」
「うちの庄屋衆の範囲には、お寺と神社が一つずつあります」
「だから交互にやりませんか」
「交互?」
「はい」
「一週目は神社」
「次の週は寺」
「週一回です」
「そうすれば、どちらにも人が集まります」
「寄進も両方に落ちます」
和尚が腕を組む。
「なるほどな」
「寺だけに寄せない」
「神社とも揉めない」
「はい」
「皆で得した方が長続きします」
その言葉に、大人たちは顔を見合わせた。
隣の庄屋衆などは完全に黙っている。
あまりにも仕組みが出来すぎていた。
「それと」
「まだあるんか!」
全員が声を揃える。
八郎は慌てる。
「あ、最後です」
「進捗報告です」
「こうやって月に何回か集まって」
「どれだけ証文が減ったか」
「どれだけ売れたか」
「困ったことはないか」
「それを共有したいです」
和尚は額に手を当てた。
「八郎……」
「はい?」
「お前、もう庄屋どころじゃないぞ」
「何がです?」
「借金整理して」
「商売作って」
「寺社巻き込んで」
「商人の利益作って」
「報告会まで作る」
和尚は笑う。
「殿様の評定よりまとまっとるわ」
「和尚様、そういうこと言わないでください」
八郎が慌てる。
しかし商人の一人が言った。
「いや、和尚の言う通りや」
「わしら商人からしても、こういう相手とは付き合いたい」
「奪うんじゃない」
「回す相手や」
隣の庄屋衆が小声で言う。
「……これ、うちも頼みたいな」
和尚はそれを聞いてニヤリと笑う。
「八郎」
「はい?」
「お前が広げんでも、周りが勝手に寄ってくるぞ」
「だから困るんですって」
そう言う三歳児を見て、寺中がまた笑い声に包まれた。
しかし皆、心の中では同じことを思っていた。
この小さな子供を中心に、領地の銭の流れが変わり始めている、と。




