1533年3月。5度目の市。商人から砂糖とサツマイモの苗と育て方を買う。5000文。市の利益と相殺
三月五度目の市。
昼時を少し過ぎた頃だった。
飯の客足が落ち着き、八郎が帳面を見ながら休んでいると、一人の商人が声をかけてきた。
「八郎殿」
「あ、これはこれは」
以前、借り換えの話し合いで残った大きめの商家だった。
「今日はどうされました?」
「いやな」
商人は笑う。
「この前言うてた話や」
「?」
「サトウキビと芋」
八郎の目が変わる。
「あ、ありました?」
「食いつき早いな」
商人は笑った。
「まずサトウキビやけどな」
「はい」
「あれは多分ここでは厳しい」
「そうですか」
「暖かいところのもんや」
「なるほど」
「ただな」
商人は声を落とす。
「砂糖としてなら別や」
「砂糖」
「そうや」
「仕入れられるんですか?」
「できる」
八郎が身を乗り出す。
「お願いします」
「即答か」
「はい」
商人は面白そうに笑う。
「理由は?」
「保存できます」
「うん」
「料理に使えます」
「うん」
「甘いものは喜ばれます」
「そうや」
「あと高く売れます」
「そこも分かっとるか」
商人は満足そうに頷いた。
「砂糖は銭になる」
「はい」
「ここだけで売る必要ない」
「ですよね」
「港、市、大きい町」
「はい」
「欲しい者はおる」
八郎は考え込む。
「つまり、うちが仕入れて売る」
「そうや」
「砂糖屋ですね」
「飯屋の次は砂糖屋か」
周りにいた常連が吹き出した。
「坊主、今度は甘味か」
「まだですよ」
「絶対やる顔しとるぞ」
笑いが起こる。
商人は続けた。
「あと芋や」
「はい」
「これは面白いかもしれん」
「育ちますかね?」
「育て方を知っとる者がおる」
「!」
「そいつも付ける」
八郎の表情が明るくなる。
「それならありがたいです」
「ただ物だけ渡されても困ると思ってな」
「はい」
「植え方」
「はい」
「増やし方」
「はい」
「収穫の時期」
「はい」
「それを知らんと意味ないやろ」
八郎は頭を下げた。
「ありがとうございます」
商人は笑う。
「本当に三歳か?」
「最近そればっかりです」
「言われるやろ」
「それで」
商人が指を立てる。
「砂糖の仕入れ口」
「はい」
「芋」
「はい」
「育てる者」
「はい」
「全部込みで五千文でどうや」
周囲が少しざわついた。
「五千……」
「高いぞ」
だが八郎は少し考えて言った。
「分かりました」
「早いな」
「育て方込みですよね?」
「ああ」
「なら高くありません」
商人の目が細くなる。
「そこを見るか」
「はい」
「物より人か」
「そうです」
「芋だけあっても枯らしたら終わりですから」
商人は笑った。
「参った」
「?」
「普通、大人でもそこまで考えん」
「ただ」
八郎は帳面を見る。
「今日の市の利益がおそらく五千文ぐらいです」
「……」
「だから払えます」
「もう現金あるんか」
「はい」
「ほんま変な子供やな」
商人はさらに話す。
「村はいくつある?」
「小さい集まりなら十ほどですね」
「なら試せるな」
「はい」
「今なら農繁期前か」
「そうですね」
「動ける者もいる」
「はい」
「広げるなら今やな」
八郎は聞いた。
「その芋は育ちいいんですか?」
「聞いた話やが」
「はい」
「年に二回ぐらい取れることもあるらしい」
「二回……」
「米みたいに水張って田を作るわけでもない」
「……」
「荒れた土地でもやれるとか聞く」
八郎は小さく頷く。
「それは大きいですね」
「やっぱりそこか」
「はい」
「普通は味を聞くぞ」
「味も大事です」
「焼いたら甘いらしいぞ」
「なら売れますね」
「すぐ商売にするな」
商人が笑う。
「でも」
八郎は続ける。
「食べられるなら飢饉対策になります」
「……」
「余れば売ればいい」
「……」
「さらに加工できれば」
「加工?」
「酒とか」
「芋でか?」
「できませんかね?」
商人は腕を組む。
「分からんな」
「米で酒はありますよね」
「ああ」
「焼酎もありますよね」
「ある」
「なら試す価値はあります」
「お前、本当に何でも試すな」
「やってみないと分かりません」
夕方。
市が終わった後。
八郎は一郎兄、二郎兄を呼んだ。
「兄様」
「なんや」
「お願いがあります」
「嫌な予感しかせんな」
「芋を育てます」
「……」
「今度は畑か」
「はい」
二郎兄が笑う。
「飯屋」
「湯浴み」
「借金整理」
「はい」
「水車」
「はい」
「今度は芋」
「はい」
「次は何するんや」
「分かりません」
「絶対嘘や」
八郎は真面目に話す。
「でもこれは大事です」
「なんでや」
「米が取れない時」
「……」
「食べるものがあるだけで、人は助かります」
兄二人は黙った。
「それに」
「うん」
「うちだけじゃ駄目です」
「村全部か」
「はい」
「育て方を覚えて、広げます」
一郎兄は笑った。
「また人増えるな」
「増えますね」
「また母上に怒られるぞ」
「今回は農業なので大丈夫です」
「そういう問題ちゃうと思うぞ」
夜。
父に報告すると、父は頭を抱えた。
「八郎」
「はい」
「借金返済の話してたよな?」
「してます」
「なんで芋になった」
「つながってます」
「またそれか」
「はい」
父は笑った。
「まあええ」
「はい」
「お前のやることは最近分かってきた」
「なんです?」
「全部、十年後につながっとる」
八郎は少し黙る。
「十年後、みんなが楽ならいいですね」
父は優しく頭を撫でた。
「ほんま」
「?」
「すごい子や」
こうして。
五度目の市。
八郎の商いは、飯から金融へ。
そしてついに、土地そのものを変える農へ向かい始めた。




