1533年3月。3月4回目の市の後。16万文の借金に関して父親と話す。サツマイモとサトウキビ。砂糖の話をする。
三月四度目の市が終わった夜。
帳面を広げながら、父と八郎は向かい合っていた。
父は最近、帳面を見る時間が増えていた。
昔は年貢と米の数を見るためのものだった。
だが今は違う。
飯屋。
湯浴み。
仕入れ。
人の給金。
そして借りの整理。
帳面そのものが村の動きを表すようになっていた。
「父上」
「なんや」
「うちの分って、どれぐらいあります?」
「うち?」
「はい。この十六万文の中で」
「ああ……」
父は少し考える。
「まあ一割ぐらいやろうな」
「一万六千文ぐらいですか」
「そんなところや」
八郎は筆で印をつけた。
「なら、これは最後ですね」
「最後?」
「はい」
父が首を傾げる。
「なんでや。自分のところから消した方が楽ちゃうんか」
「違います」
八郎は首を振る。
「先に他の商家さんです」
「ほう」
「みんなの借りを減らして」
「うん」
「その返済を米や野菜や卵、材料で受けます」
「うん」
「そうしたら、うちの仕入れも減ります」
「……」
「みんなの利息も減ります」
父は笑った。
「ほんまよう考えるな」
「最後にうちの一万六千文を消します」
「なんで最後や」
「うちだけ助かってるように見えるのは良くないです」
「……」
「みんなが楽になって、最後にうちです」
父はしばらく八郎を見る。
「八郎」
「はい」
「もう全部任せるわ」
「父上」
「いや、本気や」
父は苦笑する。
「わしより見えとる」
「そんなことないです」
「ある」
父は帳面を叩いた。
「昔なら、この十六万文見て終わりや」
「……」
「どう返そう」
「……」
「どう謝ろう」
「……」
「それしか考えん」
父は笑う。
「お前は違う」
「?」
「借りを仕入れに変える」
「商人を味方にする」
「次の商売を見る」
「……」
「三歳児ちゃうぞ」
「またですか」
二人で笑う。
しばらくして、八郎が口を開いた。
「あと、大きい商人さんなんですけど」
「うん」
「取引相手として見てもらえるなら」
「うん」
「早めに試したいものがあります」
「またか」
「はい」
父は笑う。
「今度はなんや」
「サトウキビと芋です」
「……なんやそれ」
「私も実物見てないので分かりません」
「分からんのに欲しいんか」
「はい」
「なんでや」
「話で聞いただけですけど」
八郎は考えながら話す。
「サトウキビは甘い汁が取れるらしいんです」
「甘い?」
「はい」
「蜂蜜みたいなもんか?」
「近いと思います」
「ほう」
「そこから砂糖が作れれば」
「砂糖……」
父の表情が変わる。
「高いぞ」
「はい」
「そんなもん作れたら大ごとやぞ」
「だから試したいんです」
八郎は続ける。
「あと芋です」
「芋?」
「はい」
「何がええんや」
「もし」
「うん」
「米より荒れた土地でも育って」
「たくさん取れて」
「食べられるなら」
父も意味に気付く。
「飢饉か」
「はい」
「米が取れん年でも」
「腹を満たせるかもしれません」
父は黙った。
「……八郎」
「はい」
「お前、商売の話してると思ったら」
「はい」
「いつの間にか人を助ける話になるな」
「両方です」
「両方?」
「はい」
「売れたら銭になります」
「うん」
「でも食べ物なら、人も助かります」
「……」
「両方できる方がいいです」
父は大きく息を吐いた。
「和尚様が言うわけや」
「何をです?」
「お前、領主みたいやって」
「やめてください」
「ははっ」
八郎はさらに続ける。
「あと育て方です」
「育て方?」
「はい」
「ものだけ持ってきても駄目です」
「いつ植えるか」
「どう育てるか」
「どう増やすか」
「それを知らないと」
父は頷いた。
「確かにな」
「うちだけで育てても意味ないです」
「村全体か」
「はい」
「うまくいったら広げます」
「時間がかかりますから」
父は呆れた顔で笑う。
「三年先、五年先を見とるな」
「農業ですから」
「三歳が言う言葉か」
その後、二人は今後の予定を見る。
「次の市は?」
「今の店を安定させます」
「増やさんのか」
「しばらくは」
「珍しいな」
「みんな疲れますから」
「なるほど」
「隣の市も少しずつですね」
「うん」
「商人さんとは付き合いながら、借りを返します」
「殿様は?」
「来月頭ですね」
八郎は帳面を見る。
「三千文から四千文ぐらい返そうと思います」
「もう普通に言うな」
「え?」
「三千文やぞ」
「はい」
「昔なら大騒ぎや」
「……」
「今は予定みたいに言う」
父は笑った。
「八郎」
「はい」
「お前を見てると本当にすごいと思うわ」
「そんなことないです」
「ある」
父は外を見る。
「半年前なら」
「……」
「借金がある」
「税が足りん」
「どうしよう」
「それだけやった」
そして八郎を見る。
「今は違う」
「……」
「明日は何をするか」
「来月どう増やすか」
「来年どうするか」
「……」
「みんながそれを話しとる」
父は笑った。
「それを作ったんは八郎や」
八郎は少し照れて言った。
「でも今日は」
「ん?」
「もう寝ます」
「そうしろ」
「母上の布団行ってきます」
父は吹き出した。
「そこだけは三歳児で安心するわ」
こうして。
借金を返すだけだった村は。
少しずつ、未来を考える村へ変わっていった。




