1533年3月。3月4回目の市。庄屋衆が現物で返済に来た。商人たちとのやり取りが市で話題になる
三月四度目の市の日。
朝。
八郎の家の前には、いつもと少し違う光景があった。
「八郎!」
「はい?」
外に出た八郎が首を傾げる。
そこには商家衆の数人が、荷を抱えて立っていた。
籠いっぱいの卵。
米俵。
大根。
干した魚。
豆。
色々なものが並んでいる。
「……えっと」
「持ってきたぞ」
「何をですか?」
「何をって」
商家の男が笑った。
「借りの返しや」
「ああ」
八郎は納得する。
「ありがとうございます」
「いやいや」
男は慌てて首を振った。
「礼を言うのはこっちや」
「?」
「五千文やぞ」
別の者も言う。
「うちら、銭で返せ言われても無理やった」
「はい」
「米を売って、野菜を売って、そこから銭作って返す」
「……」
「それをやってる間にも利が増える」
「はい」
「それを止めてくれたんや」
男たちは深く頭を下げた。
「ほんま助かった」
「ありがとうございます」
その姿を見ていた母が固まった。
「……八郎?」
「はい、母上」
「何してるの?」
「何と言いますと?」
「なんで大人の人たちが八郎に頭下げてるの?」
その言葉に庄屋衆が笑った。
「お母ちゃん」
「はい?」
「八郎様のおかげですわ」
「様?」
「この子、うちらの借りを肩代わりしてくれたんです」
「……」
「え?」
母が八郎を見る。
「肩代わり?」
「一部だけです」
「一部?」
「五千文です」
「……」
母は額を押さえた。
「五千文を一部って言う三歳児って何なの」
周りが笑う。
八郎は慌てて説明する。
「違いますよ」
「何が?」
「ただ払ったわけじゃありません」
「……」
「ちゃんと証文を作り直しています」
「証文……」
「それで返済は現物です」
八郎は荷を見る。
「米や野菜や卵をいただいて」
「うん」
「それを店で使います」
「……」
「だからうちは仕入れ代が減ります」
「……」
「向こうは利息が止まります」
「……」
「両方助かります」
母はしばらく黙った。
そして。
「……」
八郎の頭を撫でた。
「母上?」
「ほんまに」
「?」
「あなた三歳なの?」
「最近みんなそれ言います」
「言われるわ」
その横で父も苦笑する。
「もうわしも驚かんようになってきた」
「父上、それはそれで問題です」
「いや、毎回驚いてたら身が持たん」
その日の市。
店はいつものように開いた。
炒め飯。
つみれ汁。
混ぜ飯。
天ぷら。
湯浴み。
それぞれ順調に回る。
ただ一つ違ったのは、噂だった。
「おい坊主」
「はい?」
常連の男が飯を食いながら声をかける。
「聞いたぞ」
「何をです?」
「借金肩代わりしたって」
「ああ」
「三歳児がやることちゃうぞ」
「またそれですか」
周りが笑う。
「いや、でも違いますよ」
「何がや」
「肩代わりして終わりじゃありません」
八郎は説明する。
「例えば今日の米」
「野菜」
「うん」
「卵」
「借りを返す代わりにもらっています」
「……」
「つまり仕入れです」
「なるほどな」
「銭を出して買うものを、返済に変えています」
常連たちが顔を見合わせる。
「坊主」
「はい」
「お前怖いな」
「え?」
「借金を商売に変えとる」
「そんな大層なものじゃないです」
「大層や」
別の男も笑う。
「普通借金いうたら苦しいだけや」
「はい」
「それを飯の材料にするやつ初めて見たわ」
笑いが起きる。
八郎も苦笑した。
「でも、まだ始まりです」
「まだ?」
「はい」
「まだ何する気や」
「商人さんともお付き合いできそうなので」
「うん」
「交易品を扱いたいなと」
「交易?」
「はい」
「どこと?」
「琉球とか」
場が止まった。
「……」
「……」
「坊主」
「はい」
「今なんて?」
「琉球です」
「お前な」
男たちは腹を抱えて笑う。
「この前まで飯売ってたやろ!」
「売ってますよ」
「なんで飯から琉球になるねん!」
「つながってます」
「どこがや!」
八郎は真顔で言う。
「珍しい食べ物」
「うん」
「飢饉でも育つ作物」
「うん」
「甘いもの」
「うん」
「そういうものがあれば、みんな助かります」
笑っていた者たちが少し静かになる。
「……」
「それを売れば商売にもなります」
「……」
「だから探したいんです」
一人がぽつりと言った。
「坊主」
「はい」
「やっぱり領主向きやぞ」
「やめてください」
即答だった。
「なんでや」
「物騒です」
「でもなあ」
男は周囲を見る。
「借りを減らして」
「……」
「仕事作って」
「飯増やして」
「……」
「次は交易」
笑う。
「殿様より殿様しとるぞ」
「本当にやめてください」
夕方。
市を片付けながら父が言った。
「八郎」
「はい」
「話、大きくなりすぎちゃうか」
「私もそう思います」
「思っとるんかい」
「はい」
父は笑う。
「でも止まらんな」
「はい」
「なんでや」
八郎は市を見る。
働く人。
飯を食べる人。
物を売る人。
「みんな動き始めましたから」
「……」
「ここで止めたら、また戻ります」
父はため息をついた。
「三歳児が言う言葉ちゃうな」
「でも」
「?」
「今日は母上と寝ます」
父は吹き出した。
「そこだけ三歳児やな」
こうして。
ただの借金返済だった話は。
村の銭の流れを変える話になり。
そして八郎の名前は、さらに周囲へ広がっていった。




