1533年3月。3月4回目市の前。借金の情報整理と利息減額希望会議をしましょう和尚様。
三月三度目の市が終わった翌日。
八郎はいつものように寺へ向かった。
和尚は、八郎の顔を見るなり苦笑した。
「……また何か考えとる顔やな」
「そんな顔してます?」
「しとる」
「普通に来ただけですよ」
「嘘つけ」
和尚は茶を出しながら座る。
「で、今度はなんや」
八郎は少し考えてから口を開いた。
「この前、商家衆の集まりで話した借りのことです」
「十六万文か」
「はい」
和尚の顔も真面目になる。
「まあ、あれは重いな」
「重いです」
「ただ、お前のおかげで返す道は少し見えた」
「でも」
「?」
「今のままだと駄目です」
和尚は目を細める。
「ほう」
「十六万文という数字だけ見ても意味がないんです」
「どういうことや」
「誰から借りているのか」
「うむ」
「どれだけ借りているのか」
「うむ」
「利はいくらなのか」
和尚の手が止まる。
「……そこを見るか」
「はい」
「三歳児が見るところではないな」
「またそれですか」
「いや、本当にそうや」
和尚はため息をつく。
「普通は借りが十六万文ある、どうしようで終わりや」
「はい」
「お前は、その中身を見る」
「中身を見ないと減らせません」
八郎は続けた。
「例えばです」
「うん」
「五万文借りていて利が低い店」
「うん」
「五千文しか借りてないけど利が高い店」
「うん」
「先に返すのは後者です」
和尚は笑った。
「なるほどな」
「はい」
「血を吸われているところから止めるわけか」
「そうです」
八郎は小さな銭袋を出した。
「今、手元に二万三千六百文あります」
「……」
和尚が黙る。
「どうしました?」
「いや」
「?」
「改めて聞くとおかしい額やな」
「そうですか?」
「三歳児が寺に来て、二万文ありますって言うんやぞ」
「……」
「おかしいと思わんか?」
「最近よく分からなくなってきました」
「そこが怖い」
和尚は笑う。
「それで?」
「全部使う気はありません」
「うん」
「でも二万文ぐらいなら動かせます」
「……」
「利の高いものを返して」
「うん」
「その分、庄屋衆からは米や野菜や仕入れで返してもらいます」
和尚は頷いた。
「銭ではなく物か」
「はい」
「それなら返せる者は多いな」
「そう思います」
「それで」
「はい」
「試すわけやな」
八郎は和尚を見る。
「分かりますか」
「分かるわ」
和尚は笑う。
「十ある庄屋衆全部を見る前に」
「はい」
「まず自分のところで形を作る」
「そうです」
「数字を見せる」
「はい」
「借りが減った」
「はい」
「利が減った」
「はい」
「暮らしが楽になった」
「はい」
「それを見せれば、隣も動く」
八郎は頷いた。
「言葉だけでは誰も信じませんから」
和尚はしばらく黙った。
そして呟いた。
「八郎」
「はい」
「お前、本当に怖いな」
「え?」
「戦わずに人を取る」
「……」
「米を取るんじゃない」
「……」
「心を取っとる」
「そんな大げさな」
「大げさではない」
和尚は立ち上がる。
「分かった」
「お願いします」
「庄屋衆を呼ぶ」
「はい」
「それと」
「?」
「貸している側も呼ぼう」
「来てくれますかね?」
和尚は笑った。
「来る」
「本当ですか?」
「寺から話があると言えばな」
「……」
「それに」
和尚は八郎を見る。
「最近、三歳児が銭を生むという噂は広がっとる」
「またですか」
「仕方ない」
「……」
「事実や」
数日後。
寺にはいつもの商家衆だけでなく、数人の商人も座っていた。
米商。
酒屋。
港の問屋。
小さな貸付をしている者。
皆、最初は不思議そうな顔だった。
「和尚様」
「なんでしょう」
「今日は何の話で?」
和尚が答える前に、八郎が頭を下げた。
「来ていただいてありがとうございます」
商人の一人が笑う。
「お前が噂の八郎か」
「はい」
「三歳児の商人」
「商人ではありません」
「似たようなもんやろ」
笑いが起こる。
だが八郎が帳面を広げると、空気が変わった。
「今日はお願いがあります」
「ほう」
「まず確認させてください」
「?」
「誰が」
「……」
「誰に」
「……」
「いくら貸していて」
「……」
「利がいくらなのか」
商人たちの表情が変わった。
「それを知ってどうする」
八郎は静かに答えた。
「返す順番を決めます」
「!」
「返す?」
「はい」
八郎は銭袋を置いた。
重い音が響く。
「全部は無理です」
「……」
「でも、高い利から減らします」
「……」
「返せない借りを残すより」
「……」
「返せる形に変えたいんです」
和尚は横で黙って見ていた。
商人たちも気付き始める。
これは子供の遊びではない。
借金の相談でもない。
村の銭の流れそのものを作り替える話だった。
和尚は心の中で笑った。
(さて……)
(ここで八郎をただの子供と思う商人は落ちる)
(先を見る商人だけが残る)
小さな寺の一室で。
後に大きな流れになる最初の借り換え話が始まった。




