1533年3月。3月3度目の市を前に庄屋衆の集まりあり。皆さんの利息はいくらですか?一旦立て替えて現物で返却を提案。庄屋衆泣きそうになる。
三月三度目の市を前に、庄屋衆の集まりが開かれた。
最近では、もう「何か問題が起きたから集まる」というより、
定期的に顔を合わせて話す場になっていた。
最初は父と数人だけだった。
そこに和尚様が加わり。
隣の庄屋衆が加わり。
気付けば小さな寄合のようになっていた。
父が苦笑する。
「なんか最近、集まるの当たり前になってきたな」
庄屋衆の一人が笑った。
「そらそうや」
「?」
「ここ来たら話が進むからな」
「そうそう」
「前は集まっても、銭が足らん、どうしようしか言わんかった」
「今は違う」
皆の視線が八郎に向く。
八郎は困った顔をした。
「見ないでください」
「いや、原因お前や」
笑いが起きる。
そこで一人が聞いた。
「ところで八郎」
「はい?」
「今、銭どれぐらい残っとるんや?」
「手持ちですか?」
「そうや」
八郎は帳面を見る。
「一万九千七百文ですね」
「……」
場が止まった。
「一万九千……」
「七百?」
「ほぼ二万文やないか」
「はい」
「そんな貯め込んどるんか」
その一言が出た瞬間だった。
和尚様の表情が変わった。
「おい」
低い声だった。
皆が振り向く。
「今、何と言った」
「え?」
「貯め込む?」
「あ、いや」
「馬鹿者」
和尚様が珍しく怒った。
「お前ら、何を見とったんや」
「……」
「湯浴みはいくつ作った」
「……」
「人を何人雇った」
「……」
「職人に銭を渡した」
「……」
「市で仕入れを増やした」
「……」
「布団まで買って銭を落とした」
和尚は机を叩く。
「これだけ銭を回しとる三歳児に向かって、貯め込む?」
「……」
「そんな目しか持てんのなら庄屋などやめろ」
場が静まり返った。
言った男は慌てて頭を下げた。
「すまん」
「……」
「ほんまにすまん」
「……」
「口が滑った」
和尚様は息を吐く。
「分かればええ」
男は八郎を見る。
「八郎、悪かった」
「いえ」
「分かっとる」
「?」
「お前が一番銭を使っとる」
「……」
「だからみんな仕事できとるんや」
八郎は少し笑った。
「ありがとうございます」
空気が戻ったところで、八郎が口を開く。
「少し聞きたいんですけど」
「なんや?」
「皆さんの借り」
「うん」
「利息はどれぐらいですか?」
空気が少し重くなる。
「……高いな」
「元が減らん」
「返しても返しても利息や」
「だから苦しい」
八郎は頷いた。
「やっぱりそこですよね」
「?」
「元の借金だけなら」
「うん」
「時間をかければ返せます」
「そうやな」
「でも利息が増えるから終わらない」
「……」
「なら」
八郎は言った。
「いつか、一度うちで肩代わりするのも考えています」
全員が固まった。
「……は?」
「全部ではないですよ」
「いやいやいや」
「八郎」
「はい」
「何言うとるか分かっとるか?」
「はい」
「借金を引き受けるってことやぞ」
「はい」
「怖くないんか?」
「怖いです」
「なら」
「でも」
八郎は帳面を指す。
「今のままだと利息だけ払って終わります」
「……」
「だったら」
「……」
「一度、利息を止める」
和尚の目が細くなる。
「続けろ」
「ただ銭で返してもらう必要はありません」
「ほう」
「野菜」
「……」
「米」
「……」
「油」
「……」
「漬物」
「……」
「うちの店で使うもの」
商家衆が顔を見合わせる。
「現物返しか」
「はい」
一人が震える声で言う。
「それは……ありがたい」
「そんなにですか?」
「当たり前や」
別の者が言う。
「農家に銭を作れっていうのが難しいんや」
「米ならある」
「野菜ならある」
「働くこともできる」
「でも銭だけはない」
八郎は黙って聞いた。
「現物で返してええなら」
「……」
「助かる家は山ほどある」
父が小さく呟いた。
「そういうことか」
「?」
「八郎」
「はい」
「お前、借金取りになるんちゃう」
「はい」
「仕入れ先を作るんやな」
八郎は頷く。
「そうです」
「……」
「うちは物が必要です」
「うん」
「向こうは返す方法が必要です」
「うん」
「なら合わせればいいかなと」
和尚様が笑い始めた。
「はは……」
「和尚様?」
「いや」
「?」
「恐ろしい子やと思ってな」
「またですか」
「いや本当に」
和尚は周囲を見る。
庄屋衆たちの顔。
先ほどまで不安だった顔が、希望に変わっている。
和尚様には見えていた。
銭を貸す者。
飯を与える者。
仕事を作る者。
人は誰についていくのか。
「八郎」
「はい」
「十ある庄屋衆」
「はい」
「全部同じこと思っとるかもしれんな」
「……」
「銭がないだけで、働く気はある」
「はい」
「そこに道を作ったら」
和尚様は少し悪い顔になる。
「みんな来るぞ」
「和尚様」
「なんや」
「またその顔です」
「どの顔や」
「物騒なこと考えてる顔です」
和尚様は笑った。
その横で庄屋衆の一人がぽつりと言った。
「もう八郎が領主でええんちゃうか」
「待ってください」
八郎が慌てる。
「そういうこと軽々しく言わないでください」
「でもなあ」
「駄目です」
「……」
「まだ殿様がおられます」
和尚様は黙ってその姿を見る。
力で奪おうとしていない。
ただ飯を作り。
仕事を作り。
借りを減らそうとしている。
だからこそ、人が寄ってくる。
「さて」
和尚様
は心の中で呟いた。
(これ、九月まで持つかのう)
小さな庄屋の家から始まった流れは。
もう止める方が難しくなり始めていた。




