1553年3月。3月2度目の市終了後、和尚様と話す。このままではだめです。お替りの5万文が領主様からきます。領主変更の考えを話す。
三月二度目の市が終わった翌日。
八郎はいつものように寺へ向かった。
和尚は庭掃除をしていたが、八郎の顔を見るなり笑った。
「なんや」
「?」
「今日は悪い顔しとるぞ」
「してません」
「いや、最近分かってきた」
和尚は竹ぼうきを置く。
「八郎が考え込んで来る時は、大体でかい話や」
「……」
「で、今日はなんや」
八郎は少し黙ってから口を開いた。
「和尚様」
「おう」
「このままでは駄目な気がします」
和尚の表情が少し変わった。
「ほう」
「五万文の話です」
「ああ」
「今、四千五百文払いました」
「そうやな」
「四月にも三千文か、三千五百文か、四千文ぐらい払おうと思っています」
「払えるんか」
「はい」
「……そこがおかしいんやけどな」
和尚は苦笑する。
「三歳児が五万文の返済計画立てとる時点で」
しかし八郎は笑わなかった。
「でも、問題はそこじゃないんです」
「というと?」
「今年払えたとして」
「うん」
「来年どうなります?」
和尚の目が細くなる。
「続けろ」
「殿様は税を下げるとは言ってません」
「そうやな」
「今年、足りないから五万文と言われました」
「ああ」
「じゃあ来年も」
「……」
「また五万文足りません」
和尚は黙る。
「つまり」
八郎は小さく息を吐いた。
「おかわりの五万文が来ます」
「……」
「今年だけなら頑張れます」
「うん」
「みんなで働いて」
「店を増やして」
「銭を作って」
「うん」
「五万文払う」
「……」
「でも来年また五万文」
「……」
「その次も五万文」
八郎は首を振った。
「終わりません」
和尚は腕を組んだ。
「気付いたか」
「和尚様は分かってたんですか?」
「まあな」
「……」
「ただ、お前がいつ気付くか見とった」
「意地悪ですね」
「三歳児にする話ではないからな」
和尚は苦笑する。
八郎は続けた。
「それに」
「まだあるんか」
「はい」
「言ってみろ」
「うちは今、千五百石分の庄屋衆を見ています」
「そうやな」
「でも隣も来ました」
「ああ」
「たぶん、もっと来ます」
「来るやろうな」
「全部救えません」
「……」
「でも道筋を見せることはできます」
和尚は頷く。
「湯浴み」
「飯屋」
「農具」
「はい」
「漬物」
「銭仕事」
「はい」
「それを広げる」
「そのつもりです」
和尚は笑った。
「八郎」
「はい」
「お前、自分が何をしとるか分かっとるか?」
「借金返済です」
「違う」
即答だった。
「え?」
「国作りや」
「……」
「銭を生む」
「仕事を作る」
「民を食わせる」
「職人を育てる」
「……」
「それは領主の仕事や」
八郎は困った顔をした。
「そんなこと言わないでください」
「事実や」
「殿様に怒られます」
「怒るやろな」
和尚は笑わずに言った。
「だから考えなあかん」
「はい」
「今は十ある庄屋衆の二つ」
「はい」
「でもな」
「はい」
「数字を出し続けたら増える」
「……」
「五万文払いました」
「仕事増えました」
「借金減りました」
「飯も食えるようになりました」
「そんな姿を見たら、残り八つはどう思う?」
八郎は黙った。
「来ますね」
「来る」
和尚は断言した。
「武士は刀を持っとる」
「はい」
「でも民は飯をくれる者についていく」
「……」
「そこを忘れるな」
八郎は小さく頷いた。
「物騒なことを言います」
「聞こう」
「もし」
「うん」
「来年また五万文と言われたら」
「……」
「殿様を変えることも考えないといけないかもしれません」
寺の庭が静かになる。
風の音だけがした。
和尚はしばらく黙り。
そして笑った。
「お前なら、いつか言うと思っとった」
「怒らないんですか?」
「怒らん」
「……」
「ただし」
和尚の声が低くなる。
「簡単に言うな」
「はい」
「人が死ぬ」
「はい」
「恨みも残る」
「だから最後の最後や」
「分かっています」
「ならええ」
和尚は空を見る。
「まず五万文」
「払え」
「はい」
「約束を守れ」
「はい」
「その姿を全部に見せろ」
「……」
「三歳児が無茶な要求を飲んだ」
「はい」
「でも民を苦しめなかった」
「はい」
「むしろ豊かにした」
「その事実が必要や」
八郎は頷く。
「九月までですね」
「そうや」
「その頃には」
和尚は少し悪い顔をした。
「十の庄屋衆のうち、いくつがお前を見るやろな」
「和尚様」
「なんや」
「また悪い顔してます」
「してへん」
「してます」
和尚は笑った。
「まあ、でもな八郎」
「お前は焦るな」
「はい」
「銭だけで国は取れん」
「……」
「でも」
和尚は静かに言った。
「銭も飯も仕事もない国は、必ず崩れる」
「……」
「そこを覚えとけ」
「はい」
帰り道。
八郎は考えていた。
五万文を返す。
それは終わりではない。
始まりなのだと。
小さな庄屋の三歳児が作った流れは、少しずつ領地そのものを動かし始めていた。




