1533年3月。1回目の市から数日後、湯あみの話が回り求職者多数。田んぼ手伝いも雇う話をする。和尚様に報告。
三月最初の市から数日後。
八郎の家の前は、朝から妙な騒ぎになっていた。
「八郎様! 湯浴み四つ目作るって本当ですか!」
「俺、働きたいです!」
「私もできます!」
「掃除でも薪でも何でもします!」
父は庭先を見て頭を抱えた。
「……八郎」
「はい?」
「またえらいことになっとるぞ」
八郎も外を見る。
前回より明らかに人数が増えていた。
「……思ったより来ましたね」
「お前が仕事作るからや」
「でも全部は無理ですよ」
八郎は外に出た。
「皆さん、聞いてください」
ざわつきが止まる。
「今回、湯浴み四つ目を作ります」
「おお!」
声が上がる。
「ただ」
八郎は手を上げた。
「働いてもらえるのは六人です」
「ええ……」
「そんな……」
落胆する声が出る。
しかし八郎は続けた。
「でも、それだけじゃありません」
「?」
「うちの田畑を手伝ってくれる人も探しています」
父が驚く。
「ああ、そうやったな」
八郎は頷く。
「四人ほどお願いしようと思っています」
ざわっと空気が変わった。
「農作業?」
「それでも銭もらえるんですか?」
「はい」
「ほんまですか!」
「ただし」
八郎は苦笑する。
「みんな一気には無理です」
「……」
「順繰りです」
「順繰り?」
「はい」
「同じ人だけがずっと銭をもらう形にはしません」
父が横で頷く。
「なるほどな」
「できるだけ村の中に銭が回るようにします」
その言葉に、年配の者がぽつりと言った。
「ありがたいな……」
「冬場はほんま銭仕事ないからな」
「米はあっても銭がないんや」
八郎はそれを聞いて改めて思う。
飯屋を増やすだけではない。
銭を得る場所。
それ自体が足りなかったのだ。
その後。
八郎は寺へ向かった。
和尚は顔を見るなり笑った。
「また何かした顔やな」
「なんですか、それ」
「最近のお前は来るたびに事件持ってくる」
「今日は普通です」
「信用ならん」
和尚は笑う。
「で、今回は?」
「市の報告です」
「なんぼや」
「全部合わせて三千八百文です」
「……」
和尚の眉が動く。
「また増えたか」
「はい」
「内訳は?」
「うちの市、三郎兄様の店、隣の市です」
「ほう」
「それで湯浴み四つ目を作ります」
「早いな」
「あと」
「まだあるんか」
「農作業を手伝ってくれる人も四人雇います」
和尚がそこで止まった。
「……」
「?」
「八郎」
「はい」
「今回一番偉いのはそこや」
「湯浴みじゃなくてですか?」
「違う」
和尚は首を振る。
「湯浴みを増やすのも偉い」
「はい」
「飯屋を増やすのも偉い」
「はい」
「でも今回一番大きいのは、農作業を銭仕事にしたことや」
八郎は黙って聞く。
「農民は米を作る」
「はい」
「でも銭がない」
「はい」
「だから急な入り用で借りる」
「はい」
「返せなくなる」
「……」
「田畑を取られる」
和尚は静かに言った。
「そういう家もある」
「……」
「でも、お前の家が銭を払って農作業を頼む」
「はい」
「三男四男、娘、働き口がない者が銭を持つ」
「はい」
「その銭で借りを減らせる者も出る」
「……」
「それは大きい」
八郎は考え込む。
「そこまでは考えてませんでした」
「嘘つけ」
「本当です」
和尚が笑った。
「まあ、お前の場合、本当にそういうところあるから怖い」
「?」
「目の前の問題を解いたら、勝手に大きな問題まで動かしてる」
「そんな大げさな」
「大げさちゃう」
和尚は帳面を見る。
「三千八百文か」
「はい」
「月で考えるとな」
「はい」
「市八回として三万文近い」
「そうですね」
「年なら三十万文を超える」
「……」
「分かっとるか?」
「何がです?」
「三十万文やぞ」
和尚が笑う。
「小さな庄屋の家が動かす銭ちゃう」
「でも負債がありますから」
「そうや」
「村々合わせたら全然足りません」
「そこがお前らしい」
和尚は笑う。
「普通は三十万文動かせるようになったら威張る」
「はい」
「お前は借金返す計算をする」
「必要ですから」
「だから人がついてくるんやろな」
そして和尚は少し悪い顔をした。
「しかしな」
「?」
「これが続けば」
「はい」
「今の商家衆二つどころちゃうぞ」
「……」
「隣も」
「……」
「その隣も」
「……」
「八郎に相談しに来る」
「いやいや」
「来る」
「そんな」
「数字があるからな」
和尚は帳面を指差す。
「言葉だけなら誰も聞かん」
「はい」
「でも実際に銭を作った」
「はい」
「仕事も作った」
「はい」
「借金返す道まで見せた」
和尚は笑う。
「八割方の商家衆が乗ったら」
「……」
「もう実質、誰が村を動かしてるかわからんな」
「和尚様」
「なんや」
「悪い顔しないでください」
和尚は声を出して笑った。
「すまんすまん」
「殿様に聞かれたら怒られます」
「まあな」
そして少し真面目な顔になる。
「でも八郎」
「はい」
「焦るな」
「はい」
「銭より人や」
「分かってます」
「ならええ」
和尚は八郎の頭を軽く撫でた。
「しかしまあ……」
「?」
「三歳児相手にこんな話する日が来るとはな」
「僕も三歳児扱いしてください」
「無理や」
寺に和尚の笑い声が響いた。




