1533年3月。3月1回目の市が終了後。最寄りの市は安定。隣の市も奮闘。利益3800文。湯あみ4つ目いくよ!
三月最初の市が終わった夜。
いつものように家の中には帳面が広げられていた。
ただ、以前と違うのは集まる人数だった。
父、母、兄たちだけではない。
三郎兄の店を手伝う者、混ぜ飯を作る者、湯浴みを任せている者。
気付けば、小さな庄屋の家とは思えない人数になっていた。
八郎は帳面を見ながら口を開いた。
「では、今回も集計します」
「おう」
「今回は利益だけ言いますね」
父が笑う。
「最初は売上何文、米代何文とか全部言うてたのにな」
「人数増えましたから」
「三歳児が帳面省略し始めたぞ」
「父上」
周りが笑う。
八郎は咳払いする。
「まず、うちの市です」
全員が静かになる。
「今回は人も増やしています」
「そうやな」
「なので利益は落ちています」
「どれぐらいや?」
「千八百文です」
「……」
一瞬、静かになった。
そして父が呆れた顔をする。
「八郎」
「はい?」
「落ちてそれか」
「はい」
「十分多いわ」
「そうですか?」
「最初覚えてるか?」
「?」
「五百文増えた、千文増えた言うて大騒ぎしてたんやぞ」
「ああ」
「今、人増やして千八百文で少ないみたいな顔すんな」
母も笑う。
「ほんまやね」
「でも大事なのは利益だけじゃないですから」
八郎は続ける。
「次、三郎兄様のところです」
三郎が少し背筋を伸ばす。
「炒め飯、つみれ汁、混ぜ飯の流れですね」
「おう」
「三日分あります」
「うん」
「千五百文です」
「……」
三郎自身が驚いた。
「そんなあるんか?」
「あります」
「俺、普通に毎日作ってただけやぞ」
「それが大事なんです」
「?」
「毎日できる仕事になったんです」
八郎は帳面を叩く。
「一回だけ売れる料理じゃない」
「うん」
「毎日、人を雇って、給金払って、それでも残る」
「……」
「これが強いんです」
父が頷く。
「なるほどな」
「次、隣の市です」
四郎と五郎が顔を上げる。
「今回どうでした?」
「まあ、前より反応良かったな」
「天ぷら珍しがられた」
「匂いで人寄ってきたぞ」
八郎が笑った。
「そこです」
「?」
「天ぷらの強みです」
「味ちゃうんか?」
「味もあります」
「うん」
「でも、一番は匂いです」
「匂い?」
「油で揚げてる匂い」
「ああ」
「通る人が気になります」
五郎が笑う。
「確かにな」
「何しとるんやって寄ってくる」
「はい」
「それだけで店として強いです」
八郎は帳面を見る。
「隣の市は今回、五百文です」
「おお」
「前回四百文ぐらいでした」
「百文増えたな」
「はい」
「天ぷら分か」
「そうです」
ただ、と八郎は続ける。
「今回はまだ慣れてません」
「うん」
「仕入れも高かったと思います」
「油な」
「はい」
「あと手際もあります」
「なるほど」
「だから天ぷらだけで百文出たと思わなくていいです」
「?」
「もっと伸びます」
みんなが顔を見る。
「まだ伸びるんか」
「はい」
「五百が六百になるのは早いと思います」
「……」
「仕入れを整えて」
「うん」
「手順を覚えて」
「客が覚えたら」
「普通にいけます」
父がため息をつく。
「ほんま恐ろしいな」
「何がです?」
「三歳児が店の成長見込み語っとる」
また笑いが起きた。
八郎はまとめる。
「なので今回」
「おう」
「うち、千八百」
「おう」
「三郎兄様側、千五百」
「おう」
「隣の市、五百」
「……」
「合わせて三千八百文です」
全員が黙った。
三千八百文。
少し前なら考えられない銭だった。
「……増えたなあ」
父がぽつりと言う。
「はい」
「これでどうする?」
「次の市ぐらいで」
「うん」
「湯浴み四つ目を考えましょう」
「早いわ」
即座に突っ込まれる。
「でも」
父は笑った。
「まあ、みんな喜ぶしな」
「はい」
「湯浴みできると助かるって声多いしな」
「それもあります」
「それも?」
「はい」
八郎は指を立てる。
「仕事ができます」
「ああ」
「湯浴み一つにつき六人」
「そうやな」
「四つ目を作れば、また人が必要になります」
「……」
「あと、うちの田畑を見る人も四人」
「……」
「つまり」
兄たちが先に気付いた。
「十人か」
「はい」
「十人分の仕事を作れるんか」
「そうです」
母が驚く。
「十人って大きいよ」
「はい」
「冬場に十人が銭を稼げる」
「そこです」
八郎は頷く。
「銭が回ります」
「うん」
「その人たちが市で買います」
「うん」
「借りを返せます」
「……」
「少しずつ村が楽になります」
父が腕を組む。
「八郎」
「はい」
「お前、湯浴み作っとるんちゃうな」
「?」
「仕事作っとるんやな」
八郎は少し笑った。
「そうですね」
「……」
「たぶん、そっちの方が大事です」
母が近づいて、八郎の頭を撫でる。
「ほんま、よう考える子やね」
「母上」
「でも無理したらあかんよ」
「はい」
「三歳なんやから」
「……はい」
兄たちは笑った。
「そこだけ忘れるなよ」
「みんな忘れてるじゃないですか」
「八郎見てたら忘れるんや」
こうして三月。
五万文返済のために始まった商いは。
いつの間にか――
村に銭を流し、仕事を生み、人を救う仕組みに変わり始めていた。




