1533年3月。水車の杵の試作品ができた。まだ不安定だが秋までに完成したら10個頼みます!
三月に入り、田畑を見る人を雇う話も進み始めた頃だった。
朝、八郎が寺子屋へ向かおうとしていると、一郎兄様が声をかけてきた。
「八郎」
「はい?」
「ちょっと来てくれへんか」
「何かありました?」
「水車や」
その一言で、八郎の目が変わった。
「できたんですか?」
「まあ……できた言うてええんかわからんけどな」
一郎兄様は苦笑する。
「親方が試しの形を作った」
「見ます」
「ほんま、そういう時だけ三歳児ちゃうな」
二郎兄様も笑いながらついてくる。
三人で水車小屋へ向かった。
そこには職人の親方と弟子たちがいた。
「おう、八郎坊」
「親方」
「お前が言うてた変なもん、一応形にはしたぞ」
水車がゆっくり回る。
軸につけられた仕掛けが動き、木の突起が杵を少しずつ持ち上げる。
そして――。
ドン。
杵が落ちる。
また水車が回る。
ドン。
また落ちる。
八郎はじっと見る。
「……」
「どうや」
「すごいです」
親方が少し嬉しそうな顔をする。
「ほんまか?」
「はい」
「でも」
「でも?」
「ここですね」
八郎は杵を支える部分を指差した。
「この受けるところ」
「ああ」
「ずっと、ドンドン当たり続けますよね」
「そうやな」
「ここが耐えられるか分からないです」
親方は目を丸くした。
「……そこ見るか」
「え?」
「普通、動いた!すごい!で終わりやぞ」
「いや、壊れたら困るじゃないですか」
二郎兄様が笑う。
「ほんま三歳児ちゃうな」
八郎は続ける。
「でも、ここまで来たら調整です」
「調整?」
「杵の重さ」
「うん」
「落ちる高さ」
「うん」
「当たる場所」
「うん」
「全部ちょっとずつ変えたら、多分できます」
親方は腕を組む。
「簡単に言うなあ」
「簡単ではないです」
八郎は首を振る。
「だから秋までです」
「秋?」
「収穫まで」
「ああ」
「その時に使えたら勝ちです」
親方が笑った。
「勝ちってなんや」
「勝ちです」
八郎は真剣だった。
「今まで人が一日かけてやってたことが、水車で少しでも減るんですよ」
「……」
「その時間で」
「うん」
「漬物作れます」
「……」
「飯屋できます」
「……」
「別の仕事できます」
一郎兄がつぶやく。
「八郎はそこを見るんやな」
「はい」
「楽になる、で終わりちゃうんや」
「楽になった時間で何するかです」
職人たちは顔を見合わせた。
「坊主」
「はい?」
「これ、そんなすごいもんなんか?」
「ちゃんとできたら」
「うん」
「すごいと思います」
「どれぐらいや」
「この領地全部から注文来るかもしれません」
「……は?」
「水車ある村なら欲しいでしょう?」
「まあな」
「米つくの楽になるなら」
「欲しいやろな」
「十個作ることになるかもしれません」
「十!?」
「はい」
「二千文なら二万文です」
弟子が息をのむ。
「二万……」
「でも」
八郎は笑う。
「それだけじゃないです」
「まだあるんか」
「あります」
「何や」
「親方一人じゃ作れません」
「ああ」
「弟子増やしてください」
「……」
「作り方を教えて」
「うん」
「教えた手間賃を取ればいいです」
親方が眉を寄せる。
「手間賃?」
「はい」
「物だけ売るんじゃなくて」
「……」
「作れる人を増やすんです」
静かになる。
「そしたら」
「うん」
「親方のところから職人が増えます」
「……」
「仕事できます」
「……」
「村も助かります」
親方はしばらく黙っていた。
そして笑った。
「はは」
「?」
「いや」
頭をかく。
「三歳児に職人の先まで考えられるとはな」
「まだありますよ」
「まだ!?」
一同が笑う。
「籾殻を取る仕組み」
「……」
「粉をもっと楽にひく仕組み」
「……」
「水が回る力って、もっと使えると思うんです」
親方はため息をつく。
「一個終わらせてから言え」
「すみません」
「いや」
親方は八郎の頭に手を置いた。
「ありがとな」
「?」
「わしら職人ってのはな」
「はい」
「頼まれたもん作るだけやと思っとった」
「……」
「でも、お前見てたら違うな」
「違う?」
「作ったもんで、次の仕事が生まれる」
八郎は頷いた。
「はい」
「職人も増える」
「はい」
「飯食える奴も増える」
「はい」
「……ほんま変な坊主や」
親方は八郎の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「あ、髪が」
「三歳児はこれぐらいされとけ」
二郎兄が笑う。
「そこだけ子供扱いやな」
「普段がおかしいからな」
一郎兄様も笑った。
水車の杵はまだ不格好だった。
音も大きい。
いつ壊れるかも分からない。
でも。
ドン。
ドン。
ゆっくり落ちる杵の音を聞きながら、皆が同じことを感じていた。
これはただ米をつく道具ではない。
時間を作る道具。
仕事を作る道具。
そして――。
八郎がまた一つ、村を変える始まりだった。




