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1553年3月。家族が働きすぎ。農作業の手伝いを4人雇いましょう。兄様達は作業を減らして教える側へ

三月に入り、殿様への二度目の支払いも終わった。

 最初の二千文。

 そして今回の二千五百文。

 合わせて四千五百文。

 五万文という途方もない額から見れば、まだ一割にも満たない

 それでも、家の空気は以前とは違った。

 飯は増えた。

 布団も増えた。

 銭も回り始めた。

 けれど――。

 朝飯の席で、八郎は茶碗を置いた。

「父上」

「なんや?」

「人を増やしましょう」

 父は一瞬止まり、それから笑った。

「またか」

「またって言わないでください」

「いや、八郎が人増やす言うたら、また店でも作るんかと思うやろ」

 三郎兄様も笑う。

「今度は何や?親鳥か?」

「違います」

「つみれ汁?」

「違います」

「天ぷら?」

「違います」

 八郎は首を振る。

「田んぼと畑です」

「……は?」

 全員が止まった。

「農作業?」

「はい」

 一郎兄様が首を傾げる。

「でも農作業は俺らがおるぞ」

「だからです」

「だから?」

「兄様方、働きすぎです」

「……」

「父上も母上も」

 母が笑う。

「またそれ?」

「またです」

 八郎は真顔だった。

「今、うちは銭を稼げるようになりました」

「まあな」

「でも、その代わり家族全員が動いてます」

「……」

「市の日」

「うん」

「仕込み」

「うん」

「帳面」

「うん」

「農作業」

「……」

「全部やってます」

 誰も否定できなかった。

「だから、人を雇います」

 父が腕を組む。

「でも農作業できる男衆なんか、みんな自分の家あるぞ」

「そこです」

「ん?」

「長男次男じゃなくていいです」

「ああ」

「家の田畑を継がない三男四男」

「……」

「農作業の中心じゃない人」

「うん」

「でも銭が欲しい人」

 父は頷いた。

「おるな」

「いますよね」

「冬場なんか特にな」

「はい」

「銭稼ぐ方法がない」

「そこです」

 八郎は言う。

「四人雇いましょう」

「四人!?」

「はい」

「また一気やな」

「一日四十文」

「……」

「四人で百六十文」

「一月なら?」

「三十日なら四千八百文です」

 兄たちは顔を見合わせる。

「でかいぞ」

「はい」

「殿様に返す銭やぞ」

「分かってます」

「ならなんで?」

 八郎は静かに答えた。

「九月まで続かないと意味ないからです」

 その言葉で、場が静かになった。

「残り四万五千五百文」

「うん」

「見えてきました」

「まあ、八郎ならな」

「でも」

「?」

「その前に母上が倒れたら?」

「……」

「兄様方が疲れて動けなくなったら?」

「……」

「終わりです」

 母の表情が柔らかくなる。

「八郎」

「はい」

「そんなことまで考えてたん?」

「当たり前です」

 八郎は続ける。

「銭を稼ぐために家族を使い潰すなんて、一番駄目です」

「……」

「だから今は利益を少し横に置きます」

 父が驚く。

「八郎が利益を横に置く言うとはな」

「僕を何だと思ってるんですか」

「銭計算する化け物」

「ひどいです」

 笑いが起きた。

 しかし八郎は続ける。

「それに悪いことだけじゃないです」

「どういうことや?」

「一郎兄様と二郎兄様」

「俺ら?」

「はい」

「雇った人を見る側になってください」

「見る側?」

「仕事を教える側です」

「……」

「そうすると、兄様方は力仕事だけじゃなくなります」

「なるほどな」

「農作業を全部自分でするんじゃなくて、回せるようになります」

 父が感心する。

「そこまで考えとるんか」

「はい」

「人雇うだけちゃうんやな」

「違います」

 八郎は頷く。

「これから大きくするなら、人を育てないと無理です」

「……」

「飯屋も同じです」

「うん」

「三郎兄様一人では限界です」

「そうやな」

「母上一人でも限界です」

「そうやな」

「農業も同じです」

 父は深く息を吐いた。

「ほんま、お前……」

「?」

「三歳児ちゃうやろ」

「三歳児です」

「都合ええ時だけな」

 皆が笑う。

 母は八郎の横へ来た。

 そして、ぽんぽんと頭を撫でる。

「八郎は優しい子やね」

「……」

「家族のこと、ちゃんと見てくれてる」

「母上」

「ん?」

「子供扱いしてます?」

「してるよ」

「……」

「三歳やもん」

 兄たちは大笑いした。

「そこは三歳児扱いなんやな」

「普段がおかしいだけや」

 母は八郎を抱き寄せる。

「でも嬉しいわ」

「?」

「銭だけ見てるんやなくて、人を見てるから」

 八郎は少し照れた。

「銭は使うためにあります」

「うん」

「家族が楽になるなら、使うところです」

「ほんま」

 母は笑った。

「ええ子に育ったわ」

「まだ三歳です」

「そうやった」

 また笑いが起きる。

 こうして三月。

 八郎は初めて、稼ぐためではなく――。

 守るために人を雇った。

 だが、その銭はまた村へ流れる。

 四人の仕事が生まれる。

 四つの家に銭が入る。

 そしてその銭は市へ戻る。

 八郎の小さな仕組みは、また少しだけ大きくなっていった。

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