1532年11月中旬。八郎2歳11か月。和尚様と税金の話をする。下げれない理由は国人衆の争い等。まずは次の市で成功させる。
寺での学びが終わった後。
いつものように、和尚様は俺だけを残した。
最近はこれが当たり前になっている。
ほかの子供たちが帰ったあと、少しだけ話をする時間。
文字でも数でもない。
世の中の話。
俺にとっては、この時代を知る大切な時間だった。
「八郎」
「はい」
「この前言っていた帳面の話じゃが」
和尚様は茶を置いた。
「やはり足らぬのか」
俺は頷いた。
「はい」
「どれほどじゃ」
「銭に直せば五千文ほど余裕が欲しいです」
「五貫か」
「はい」
和尚様は腕を組む。
「小さい額ではないな」
「分かっています」
でも、不可能ではない。
市の混ぜ飯は売れた。
次の商品も考えている。
ただ、問題はそこではなかった。
「和尚様」
「なんじゃ」
「仮に払えなかった場合、どうなるんですか」
和尚様は少しだけ表情を曇らせた。
「色々ある」
「土地ですか」
「そうじゃな」
「田を手放す者もおる」
やはり。
「他には?」
「借りる」
「返せなければ?」
「子を奉公に出すこともある」
「……」
「それでも駄目なら」
和尚様は外を見た。
「村を捨てる者もおる」
「離散……」
俺が呟くと、和尚様がこちらを見る。
「そんな言葉まで知っておるか」
「聞いただけです」
いつものごまかし。
和尚様はもう深く聞かなかった。
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しばらく黙ったあと、俺は聞いた。
「和尚様」
「うむ」
「なぜ税は下げられないんですか」
和尚様は苦笑した。
「また難しいことを聞く」
「知りたいです」
「そうか」
和尚様は茶を飲んだ。
「殿にも事情がある」
「兵ですか」
「そうじゃ」
やはり。
「今の薩摩は静かな国ではない」
和尚様は続けた。
「島津と言っても、一枚岩ではない」
同じ島津。
同じ血。
それでも争う。
「家同士の争いがある」
「はい」
「さらに肥後南部、薩摩との境にも国人衆がおる」
「国人衆」
「自分の土地と兵を持つ者たちじゃ」
領主は領主で守らなければならない。
弱ければ奪われる。
兵を持つ。
武具を揃える。
城を守る。
それには米と銭がいる。
「だから取るんですね」
「そうじゃ」
「でも」
俺は考える。
「取りすぎれば民が減ります」
和尚様の目が細くなる。
「続けろ」
「民が減れば田が荒れます」
「うむ」
「田が荒れれば米が減ります」
「そうじゃな」
「米が減れば、もっと取らないといけなくなります」
悪循環。
前世でも見た。
数字だけ合わせても、土台が壊れれば終わる。
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「では八郎ならどうする」
和尚様が聞いた。
俺は少し考えた。
「今できることは少ないです」
俺は二歳半。
兵もない。
土地もない。
力もない。
できることは限られている。
「でも」
「でも?」
「争いを減らすこと」
「ほう」
「収入を増やすこと」
「それから?」
「役務を楽にすること」
和尚様が首を傾げる。
「役務を?」
「はい」
道を直す。
荷を運ぶ。
何かを作る。
同じことをするなら、少ない力でできる方がいい。
道具。
やり方。
人数の分け方。
改善できるものはあるはず。
「民を楽にする、か」
「はい」
「そして?」
「離散した人を雇います」
「雇う?」
「はい」
「土地を失った人でも、働けるなら力になります」
飯を作る。
魚を加工する。
畑を作る。
物を運ぶ。
できる仕事はいくらでもある。
「商いを広げるには人が必要です」
和尚様は黙った。
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「八郎」
「はい」
「お前は、逃げた民まで使うつもりか」
「使うというより」
少し考えた。
「一緒に稼ぎたいです」
和尚様は目を閉じた。
「……」
そして小さく笑った。
「本当に変わった童じゃ」
よく言われる。
「でも、まだ考えているだけです」
「そうか」
「まずは次の市です」
夢だけ語っても意味がない。
一歩ずつ。
できることから。
「もう一度成功させます」
「何を売る」
「混ぜ飯は続けます」
そして。
「次は魚の汁です」
「例の団子か」
「はい」
「それから?」
「油が欲しいです」
「油?」
「揚げたり、焼いたりできます」
料理の幅が広がる。
「鶏も欲しいです」
「鶏?」
「肉もですが、卵です」
毎日生まれる食材。
貴重なたんぱく源。
「あと椎茸」
「山の?」
「はい。干せば保存できます」
保存できる食べ物。
飢えに備える物。
売れる物。
そういうものを増やさなければならない。
「米だけでは詰みます」
俺は言った。
「米が取れない年でも、食えるものと稼げるものが必要です」
和尚様は、しばらく俺を見ていた。
「八郎」
「はい」
「お前、本当に二歳半か」
まただった。
「最近よく言われます」
「当たり前じゃ」
和尚様は笑う。
「普通の二歳は、卵と椎茸で国を救おうとはせん」
俺も少し笑った。
確かにそうだ。
でも。
(まず飯)
(次に銭)
(そして人)
やることは見えている。
戦国の世。
力だけでは生き残れない。
豊かになる仕組みを作らなければならない。
八郎は、小さな寺の片隅で、少しずつ国の形を考え始めていた。




