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1532年11月中旬。八郎2歳11か月。市での商いが成功したのち、父親の帳面の数字を見て税が5000文分足らないという。原因を知りたい八郎

市での商いが成功してから数日。

 俺は父の膝の上で、いつものように帳面を見ていた。

 米。

 野菜。

 納める物。

 残す物。

 何度見ても気になる。

(やっぱり足らんな……)

 計算違いではない。

 今年すぐ飢えるわけではない。

 でも余裕がなさすぎる。

「父上」

「なんじゃ八郎」

「やっぱり足りません」

 父は手を止めた。

「何がじゃ」

「今年納めるものです」

 俺は帳面を指す。

「米だけなら何とかなるかもしれません」

「うむ」

「でも、野菜、その他の納め物、役務を考えると厳しいです」

 父は小さく息を吐いた。

 どうやら父も気づいていたらしい。

「どれほどじゃ」

「全部合わせると……銭なら五千文ほど余裕が欲しいです」

「五貫か」

「はい」

 五千文。

 大金だ。

 だが、不可能ではない。

 混ぜ飯の商いなら道筋はある。

 ただ。

 俺が気になっているのはそこではなかった。

「父上」

「なんじゃ」

「なぜ、こんなに苦しいのですか」

 父は俺を見る。

「どういう意味じゃ」

「米を作っています」

「そうじゃな」

「働いています」

「そうじゃ」

「でも毎年苦しい」

「……」

「なぜですか」

 父は答えなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 前世の知識で考える。

 収入。

 支出。

 税。

 単純な話だ。

 出ていくものが多すぎる。

 でも疑問だった。

「税を下げてもらうことはできないんですか」

 そう聞いた瞬間、父が苦笑した。

「簡単に言うな」

「できませんか」

「できんな」

「なぜです」

 父は少し考えて答えた。

「殿にも必要だからじゃ」

「必要?」

「兵を養う」

「はい」

「城を守る」

「はい」

「道や橋を直す」

「はい」

「戦になれば米も武具もいる」

 なるほど。

 ただ奪っているだけではない。

 領主にも支出がある。

 この時代に国を守るには金がいる。

「それに」

 父は続ける。

「殿も上の者や周りとの付き合いがある」

「……」

「弱ければ攻められる」

 そうか。

 ここは戦国時代。

 税を下げて兵を減らした結果、隣に攻められたら終わり。

 領主にも事情がある。

(単純な悪者じゃないんやな)

 俺はそう思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「では、足りなかったらどうなりますか」

「何がじゃ」

「年貢です」

 父の表情が少し曇った。

「場合による」

「土地を取られますか」

「あり得る」

 やっぱりか。

「他には?」

「借りることもある」

「誰からですか」

「余裕のある家や商人じゃな」

 借金。

 前世でも嫌というほど知っている。

 借りれば返さないといけない。

「返せなかったら?」

「田を手放す者もおる」

「……」

「奉公に出る者もおる」

「奉公」

「口減らしじゃ」

 その言葉で理解した。

 土地。

 家。

 家族。

 失う可能性がある。

「逃げる人もいますか」

「いる」

「逃散ですか」

 父が驚いた顔をした。

「そんな言葉まで知っとるのか」

「和尚様です」

 いつもの答え。

 父は苦笑した。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 でも一つ分かった。

 問題は今年の五千文だけではない。

 今年払う。

 来年また苦しい。

 再来年も同じ。

 これでは意味がない。

「父上」

「なんじゃ」

「五千文は稼ぎます」

 父は笑った。

「簡単に言う」

「できます」

 混ぜ飯。

 魚の団子汁。

 保存食。

 まだ手はある。

「でも」

「でも?」

「それだけでは駄目です」

 父を見る。

「なぜ毎年苦しいのか調べたいです」




「……」

「税が悪いのか」

「作る量が少ないのか」

「無駄が多いのか」

「商いが足りないのか」

 原因を知らなければ直せない。

 前世でも同じだった。

 数字を見ない改革は失敗する。

 父はしばらく黙っていた。

「八郎」

「はい」

「お前は、本当に二つ半なのか」

 またそれだ。

「たぶん」

「たぶんとは何じゃ」

「私にも分かりません」

 父は笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まず五千文」

 俺は言った。

「家を守ります」

「その後は?」

「村を見ます」

「村?」

「はい」

「うちだけ稼いでも、周りが苦しければ続きません」

 商いは人がいて初めてできる。

 客が貧しければ物は売れない。

 村が弱れば、店も消える。

「みんなが少し余裕を持てる形を探したいです」

 父は俺の頭を撫でた。

「大きいことを言う」

「すみません」

「いや」

 父は首を振った。

「面白い」

 そう言って笑った。

 俺はもう一度帳面を見る。

 米。

 税。

 役務。

 人。

 この数字の向こうには生活がある。

(まずは五千文)

 家を守る。

 そして。

(なぜ苦しいのか)

 そこを知らなければ、この土地は変わらない。

 八郎は初めて、商いだけではなく、政というものを考え始めていた。

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