1533年2月。2月7度目の市の日。親鳥の味噌煮込みを試す。味はいいが母上が大変すぎる問題www
七度目の市の日。
朝早くから八郎の店は、いつも通り騒がしかった。
混ぜ飯。
炒め飯。
つみれ汁。
マグロの味噌煮。
酒。
もうすっかり市の名物になりつつある。
ただ――。
「おい坊主」
「はい?」
「なんや、また鍋増えとるぞ」
常連の男が笑いながら指差した。
大きな鍋から湯気が立っている。
「ああ、あれですか」
「また新しい店か?」
「違います」
「嘘つけ」
「本当に違いますって」
八郎は笑う。
「今回は実験です」
「出た」
「坊主の実験は怖いんや」
周りの客も笑った。
「今度は何を銭に変える気や」
「失礼ですね」
「今まで全部そうやろ」
「……まあ」
否定できなかった。
「今回は親鳥です」
「親鳥?」
「はい」
「卵産まんようになったやつか?」
「そうです」
「硬いやろ」
「だから煮ます」
八郎は鍋を見る。
「酒と味噌でじっくり」
「ほう」
「あと蜂蜜を少し」
「蜂蜜!?」
「少しですよ」
「贅沢やな」
「でも元の鳥が安いですから」
その一言で常連たちは顔を見合わせた。
「またや」
「また何ですか」
「坊主はそこや」
「?」
「普通は『硬いからいらん』って考える」
「はい」
「お前は『硬いから安い』って考える」
八郎は首をかしげる。
「悪いことです?」
「いや」
男は笑った。
「それで儲けてるから何も言えん」
鍋の中では細かく切った野菜も一緒に煮込まれていた。
「その野菜は?」
「余りものです」
「またか」
「形が悪かったり、小さかったりするものですね」
「ほんま好きやな」
「何がです?」
「誰も見てへんものを見ることや」
八郎は苦笑した。
「もったいないじゃないですか」
「三歳児の言葉ちゃうぞ」
そんな話をしながら、いつものように客たちは酒を飲み、飯を食う。
そして当然、話題は別にも移る。
「そういや坊主」
「はい?」
「布団買ったらしいな」
「ああ、買いました」
「十枚やって?」
「はい」
「豪勢やなあ」
「家族みんな働いてますから」
「で、坊主も新しい布団か?」
「はい」
「一人で寝とるんか?」
「……母上と寝てます」
一瞬、沈黙。
そして――。
「はははは!」
「そこは三歳児なんやな!」
「安心したわ!」
大笑いになった。
「何ですか」
「いや、お前が銭の話しとる時、完全に庄屋より上やからな」
「そんなことないです」
「でも寝る時は母ちゃんか」
「いいじゃないですか」
「ええええ」
常連たちは嬉しそうに笑う。
「安心したわ」
「坊主にも子供のところ残ってた」
「ひどいですね」
そんな中。
鍋から濃い香りが漂い始める。
「……おい」
「なんです?」
「その鳥、ええ匂いやぞ」
母が味を見る。
「八郎」
「はい」
「悪くない」
「本当ですか?」
「少し硬いけど、味はええ」
小皿に分ける。
常連たちにも試してもらう。
「ど、どうです?」
一人が口に入れる。
噛む。
また噛む。
「……」
「硬いですか?」
「硬い」
「ああ……」
「でも」
「?」
「酒欲しくなる」
別の男も頷いた。
「ああ、これは飯にも合う」
「濃い味やからな」
「噛んでると味が出る」
「若い鶏とは違うな」
八郎の顔が明るくなる。
「いけます?」
「いける」
「ただ」
「はい?」
「お前の母ちゃん大変やぞ」
「あー」
八郎も苦笑する。
母は今、
・マグロ味噌煮
・味付け指導
・弟子育成
で手いっぱいだ。
「だから考えてます」
「またか」
「今、下処理してくれてる奥様方いますよね」
「いるな」
「その人たちがマグロを見られるようになったら」
「うん」
「母上にはこっちを見てもらえたらな、と」
「結局増やすんやないか!」
全員笑う。
「違いますよ」
「違わん」
「人を育てるだけです」
「それを増やすって言うんや」
母も呆れる。
「八郎」
「はい」
「私、いつ休むん?」
「……」
「考えてなかった顔やな」
「すみません」
また笑いが起きた。
夕方。
市が終わり、帰り道。
父が言った。
「しかし意外やったな」
「何がです?」
「親鳥や」
「ああ」
「正直、もっとあかんと思っとった」
「僕もです」
「お前もかい」
「やってみないと分かりませんから」
父は笑う。
「でも、これは仕入れできるぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
「村々に声かけたら?」
「出ると思う」
「卵産まん鳥って、やっぱり困るんです?」
「まあな」
父は説明する。
「卵産んでる間は大事や」
「はい」
「卵から雛も増える」
「はい」
「でも歳取ったら餌だけ食う」
「なるほど」
「食べるにしても硬い」
「だから値がつかない」
「そういうことや」
八郎は考える。
「なら、買いますって言ったら」
「喜ぶ家はある」
「よかった」
「また銭を回すんやな」
「はい」
「鶏を売った家に銭が入る」
「はい」
「その銭で市で買い物する」
「はい」
「また回る」
父がため息をついた。
「ほんま、お前の考えることは全部そこに戻るな」
「銭は止めたらダメです」
「三歳児が言うことちゃう」
八郎は笑った。
「でもまだ商品になるかわかりませんよ」
「なると思うぞ」
「なんでです?」
「今日の客見てたら分かる」
「?」
「みんな笑いながら食っとった」
父は続ける。
「珍しいもの」
「はい」
「安いもの」
「はい」
「うまいもの」
「はい」
「市では強い」
八郎は少し嬉しそうに頷いた。
「じゃあ次の商家衆の集まりで話します」
「また話増えるな」
「少しだけです」
「お前の少しは信用ならん」
兄たちも笑う。
「下魚」
「湯浴み」
「漬物」
「親鳥」
「次は何や」
八郎は考える。
「うなぎですかね」
「まだあるんかい!」
帰り道に大きな笑い声が響いた。




