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1533年2月。2月6度目の市。時間の合間をぬい父親と布団を買いに行く。5000文を4500文にまけてもらう。

六回目の市の日。

 朝から荷車を押して市へ向かう一行は、もうすっかり慣れたものだった。

 三郎兄さんの炒め飯屋。

 魚のつみれ汁。

 混ぜ飯。

 母上のマグロの味噌煮。

 酒。

 前なら大騒ぎしながら準備していたものが、今ではそれぞれが自分の役目を分かって動いている。

「八郎、今日は人増えてへんな」

 常連のおっちゃんが笑いながら声をかけてきた。

「毎回増やしてたら、家が人だらけになりますよ」

 そう返すと、周りから笑いが起きた。

「いやいや、お前ならやりそうやから怖いんや」

「今回は整える日です。人を増やすだけ増やしても、味が落ちたり、回らなくなったら

 意味ありませんから」

「……ほんまに三歳児か?」

「三歳児です」

「三歳児はそんなこと言わん」

 そんなやり取りをしながら、市は順調に進んでいく。

 ただ、今日の八郎には別の目的があった。

「父上、少し時間ください」

「なんや?」

「布団屋に行きます」

「……布団?」

「はい。家族分買います」

「家族分?」

「十組です」

 父は足を止めた。

「八郎、お前な。布団十組いうたら子供の買い物ちゃうぞ」

「知ってます」

「ほんまに分かっとるんか?」

「だから父上についてきてもらうんです」

 そう言われ、父は苦笑した。

「ほんま、どっちが親かわからんな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 布団屋に着くと、店主が二人を見る。

「おう、何探しとるんや?」

「布団ください」

「ほう。何枚や?」

「十組です」

 店主の手が止まった。

「……十?」

「はい」

「坊主、十って数分かっとるか?」

「分かってます」

「子供の使いやないんやぞ。十組なら五千文くらいするぞ」

 店主は笑いながら言う。

 普通なら三歳児が言う話ではない。

 だが八郎は普通に返した。

「十組まとめて買いますから、四千文になりません?」

「……」

 店主が父を見る。

「おい、この坊主ほんまに交渉しとるぞ」

 父はため息をついた。

「いつものことです」

「いつものこと?」

「こいつが八郎です」

 その瞬間、店主の顔が変わった。

「ああ……お前か」

「はい?」

「市で店四つ動かしとる三歳児って」

「そんな呼ばれ方してるんですか」

「しとるわ。魚に値をつけたとか、湯あみ作ったとか、変な噂ばっか聞くぞ」

「変ではないです」

「十分変や」

 店主は笑った。

「しかし四千はきついな。布もいるし、人の手もいる」

「では?」

「四千五百文」

 八郎は少し考える。

「十組で?」

「そうや」

「一組四百五十文ですね」

「即計算か」

「分かりました。それでお願いします」

 即答だった。

 逆に店主が驚く。

「えらい早いな」

「良いものなら払います」

「三歳児の言葉ちゃうな」

 店主は笑う。

 八郎は続けた。

「それに、また買うかもしれません」

「まだ買うんか?」

「はい。これは家用です。でも湯あみの休憩所とか、もっと良い布団とか、

 先々必要になるかもしれません」

「……」

 店主は父を見る。

「父ちゃん」

「はい」

「この子、ほんまに三歳か?」

「一応」

「一応ってなんや」

 周りが笑う。

「まあええわ。八郎」

「はい」

「長い付き合いになりそうやな」

「よろしくお願いします」

「三歳児相手に商売の挨拶する日が来るとは思わんかったわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 帰り道。

 荷車には十組の布団。

 いつもは米や魚や材料を積む荷車が、今日はふかふかした荷物でいっぱいだった。

 家に帰ると兄たちが驚く。

「なんやこれ!」

「布団です」

「見たら分かるわ!」

「十組買いました」

「十!?」

 母も出てくる。

「八郎?」

「母上。今日から少し暖かく寝られます」

「……」

 母は布団を触る。

「これ、ええ布やないの」

「はい」

「いくらしたん?」

「四千五百文です」

 空気が止まった。

「よんせ……」

 兄たちも固まる。

「八郎、お前、市で稼いだ銭吹っ飛ばしたんちゃうか?」

「吹っ飛ばしてません」

「いや吹っ飛んどるやろ」

「皆さんのお給金から半分出してもらいます」

「え?」

「十人で二千文くらいです。一人二百文ほどですね」

 兄たちは顔を見合わせる。

「……それなら出せるな」

「貯めてましたし」

「そうです」

 八郎は頷いた。

「銭は貯めるだけでは意味ありません」

「また始まったぞ」

「使うことで布団屋さんも儲かります。布団屋さんが儲かれば布を買います。布を作る人も儲かります」

 父が笑った。

「また銭回しか」

「はい」

「布団買う話までそこにつながるんか」

「つながります」

 母は布団を抱えて笑った。

「でも、これは嬉しいわ」

「でしょう?」

「冬寒かったからね」

「睡眠は大事です。よく寝たら、次の日よく働けます」

「ほんま、おっさんみたいなこと言うな」

 兄たちが笑う。

 すると母が冗談っぽく言った。

「八郎、新しい布団やし、今日は母ちゃんと寝る?」

 みんなが笑う。

 いつもの八郎なら大人びた返事をする。

 そう思っていた。

 しかし。

「……しばらく母上と寝ます」

 一瞬静かになった。

 そして。

「おお!」

「そこは三歳児なんや!」

 兄たちが大笑いした。

「なんですか」

「いや安心したわ」

「普段がおかしいだけや」

「ひどいですね」

 母は嬉しそうに八郎を抱き寄せた。

「そうそう。まだ三歳なんやから」

「……」

 八郎は少し照れながら言う。

「三歳児ですから」

 父が笑った。

「三歳児は五万文返済計画立てへんけどな」

 家中が笑いに包まれた。

 布団十組。

 ただの贅沢ではない。

 家族が暖かく眠るため。

 銭を市へ戻すため。

 そしてまた、人との縁を作るため。

 八郎の小さな一手は、また村の中で新しい噂になっていくのだった。

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