1533年2月。ある朝、給金をどうしているか家族に尋ねる。貯金していると話され、ある程度市で使うよう提案する。とりあえず布団買いましょう!
ある朝。
いつものように家族そろって朝飯を食べている時だった。
八郎がふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば父上、母上、兄様方」
「なんじゃ?」
「私から渡しているお給金、どうされてます?」
その言葉に兄たちは顔を見合わせる。
一郎が答えた。
「いや、そりゃ貯めとるぞ」
「そうじゃな」
二郎もうなずく。
「今まで銭なんてそんな持ったことなかったからな。何かあった時のために置いてある」
母も笑う。
「八郎が頑張って稼いだ銭じゃから、大事にせんとな」
それを聞いて八郎は少し困った顔をした。
「ありがたいんですけど……」
「なんじゃ?」
「貯めるだけじゃ駄目なんです」
「え?」
全員が首をかしげる。
「銭は使わないと回らないんです」
「回る?」
「はい」
八郎は箸を置いた。
「例えばですよ。うちが市で飯を売ります」
「ああ」
「銭が入ります」
「そうじゃな」
「でもその銭を全部うちが抱え込んだらどうなります?」
「……」
「市から銭がなくなるんです」
父が眉を寄せる。
「なるほどな」
「うちは仕入れで魚を買います。野菜を買います。人を雇います。だからまだいいんです」
「うむ」
「でも、もっと回した方がいいと思うんです」
「どういうことじゃ?」
「兄様方も市に行った時、少し使ってください」
「使う?」
「はい」
「全部使えって話じゃないですよ」
八郎は慌てて手を振る。
「でも少し珍しいものを買うとか、道具を買うとか」
「ほう」
「小物でもいいです」
「なるほど」
「そうしたら市の人は思います」
八郎は笑った。
「八郎の家は店で稼ぐけど、ちゃんと銭を落としてくれるって」
父が感心したように息を吐く。
「そこまで考えとるのか」
「大事です」
八郎は真面目な顔をする。
「うちだけ大きくなったら嫌われます」
「……」
「でも、うちが大きくなることで周りも豊かになるなら、応援してくれます」
「三歳児の言葉ちゃうな」
一郎がぼそっと言った。
「もう慣れました」
「慣れるな」
みんな笑った。
そこで八郎が続ける。
「あとは湯あみですね」
「湯あみ?」
「はい」
「うちが作ったものですけど、ちゃんと使ってください」
「いや、身内が使うのもな」
「違います」
八郎は首を振る。
「使ってる姿を見せるのも大事なんです」
「姿?」
「はい」
「父上や兄様方が湯あみに入って、茶でも飲みながら話して帰る」
「うん」
「そうすると他の人も入りやすくなります」
「ああ」
「それに銭も回ります」
二郎が笑った。
「お前、本当に全部銭の流れで見るな」
「大事なんです」
八郎は真顔だった。
「銭は血と同じです」
「血?」
「止まったら体が悪くなります」
父が黙る。
「流れているから元気なんです」
「……」
「村も同じです」
その場が少し静かになった。
だが次の瞬間、八郎は普通の顔に戻った。
「あと、もし貯まりすぎてるなら」
「なら?」
「布団買いません?」
「布団?」
母の目が輝いた。
「布団か」
「はい」
「ええ布団はいいですよ」
「なんでじゃ」
「寝心地が良くなります」
「まあそうじゃな」
「よく寝られる」
「うむ」
「元気になる」
「ほう」
「元気なら、また働ける」
一郎が吹き出した。
「結局そこか」
「もちろんです」
八郎は胸を張る。
「体は大事です」
「まあ確かにな」
「今すぐ浴槽に浸かるような贅沢な湯あみは無理です」
「そりゃそうじゃ」
「今は簡易の湯あみを三つ目作っているところですから」
「三つ作ってる時点で普通じゃないけどな」
「でも布団なら買えます」
八郎は指を折る。
「みんな少しずつ貯めて」
「うむ」
「市でまとめて買えば、安くしてもらえるかもしれません」
「交渉する気か?」
「しますよ」
当然のように答える八郎。
「頼もしい三歳じゃな」
父が笑う。
母も笑った。
「じゃあ暖かい布団買ったら、八郎も母ちゃんと一緒に寝るか?」
八郎は一瞬止まる。
そして首を振った。
「いえ、一人で寝ます」
「なんでじゃ」
「もう大きいですから」
一瞬、沈黙。
そして家中が笑いに包まれた。
「三歳じゃ!」
「三歳が何言うとる!」
「普段は領主みたいなこと言うくせに、そこだけ子供らしくないんか!」
八郎は少しむくれる。
「いや、本当に一人で寝られますから」
「そういうところじゃ」
母は笑いながら頭を撫でる。
「銭の流れも大事じゃけどな」
「はい?」
「たまには甘えることも覚えなさい」
「……考えておきます」
「考えるな」
また家族みんなが笑った。
こうして次の市の目標が一つ決まった。
飯でも魚でも釜でもない。
家族みんなの、少し良い布団。
それもまた、八郎の言う「銭を回す」という小さな一歩だった。




