1533年2月。今の市と隣の市に店を出す。炒め飯屋の弟子を送り出す八郎www。隣の市の店は次回もできそう(笑)
数日後。
夕方、五郎兄が八郎のところへやってきた。
「八郎」
「はい、五郎兄様」
「ちょっと話あるんやけどな」
「隣の市ですか?」
言う前に当てられて、五郎は苦笑した。
「ほんま、お前怖いな」
「四郎兄様と五郎兄様に交互に行ってもらってましたから」
「そうや。毎日な」
「ありがとうございます」
「いや、それはええねん」
五郎は座る。
「最初は混ぜ飯持って行っても、まあ珍しいなぐらいやったんやけど」
「はい」
「毎日行って、顔役さんにも挨拶して、寄進も少しして、事情も話してたらな」
「はい」
「次の市、一軒ぐらいやったら店出してええって」
八郎の顔が明るくなる。
「本当ですか」
「ああ」
「ありがたいですね」
「で、どうするんや?」
「混ぜ飯屋は出します」
「まあそうやな」
「でも混ぜ飯は、四郎兄様と五郎兄様が手売りでもできます」
「ほう」
「なので店として出すなら……炒め飯屋ですね」
「三郎兄のやつか」
「はい」
八郎は即答する。
「今、三郎兄様のところで覚えている弟子二人を、そのまま横に移します」
「もう独り立ちさせるんか?」
「はい」
「早ない?」
「早いです」
「認めるんかい」
五郎が笑う。
「でも、全部完璧になってからでは遅いです」
八郎は続ける。
「材料はこちらで準備します」
「米とか卵か」
「はい。最初は手持ちで運んでもらいます」
「遠いぞ?」
「だから、うまくいき始めたら台車です」
「ああ」
「うち、五百文で買いましたから」
「あれ使うんか」
「はい」
「ほんま無駄がないな」
「高かったですから」
八郎は真顔で言った。
「ただ問題があります」
「なんや?」
「人が抜けます」
「また雇う話か」
「はい」
五郎は額を押さえる。
「何人や」
「二人か三人」
「……」
「あと、つみれ汁を見る人も増やしたいです」
「結局?」
「四人ぐらいですかね」
「また増えとるやんけ!」
五郎の声に父も振り返る。
「今度はなんや」
「八郎がまた人増やす言うてる」
父はため息をついた。
「もう驚かん」
「父上、諦め早いですね」
「お前相手やからな」
八郎は説明する。
「本当は、隣の市にはつみれ汁を出したいんです」
「なんでや」
「下魚だからです」
「ああ」
「今まで値段がつかなかったものに銭がつく」
「漁師が喜ぶな」
「はい。でも、まだ三郎兄様のところでも味が安定してません」
「確かにな」
「だから先に炒め飯です」
「なるほど」
「マグロの煮付けも広げたいですけど、あれは母上の味を見る力が大きいので」
「簡単には任せられへんか」
「はい」
「天ぷらは?」
「油が高いです」
「ああ」
「だから順番です」
八郎は指折り数える。
「混ぜ飯」
「炒め飯」
「つみれ汁」
「そこまで隣の市で回れば満点です」
「満点?」
「はい。百点満点です」
「そこまで見るか」
五郎は笑った。
「ほな、俺らも頑張らなあかんな」
そして次の市の日。
いつもの市。
常連客が来るなり笑った。
「坊主」
「はい」
「また人増えてへんか?」
「……増えてます」
「やっぱりやんけ!」
周りが笑う。
「違います。今回は理由があります」
「毎回理由あるやろ」
「あります」
「そこは認めるんか」
八郎は説明する。
「今回は隣の市に出すためです」
「ほう」
「混ぜ飯屋で多めに作った飯を、四郎兄様と五郎兄様が持って行きます」
「なるほど」
「それと炒め飯屋の弟子二人が向こうで店を出します」
「弟子がもう店持つんか」
「はい」
「早すぎるやろ」
その弟子二人は横で青い顔をしていた。
「八郎様……」
「はい?」
「ほんまに私らだけで大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「失敗したら……」
「失敗しますよ」
「えっ」
八郎は普通に言った。
「最初から全部うまくいく人なんていません」
「……」
「味が少し違ってもいいです」
「はい」
「銭勘定を間違えない」
「食べた人のお腹を壊さない」
「また来てもらえるようにする」
「はい」
「それだけ守れば十分です」
「でも利益が……」
「最初は差し引きゼロでいいです」
二人が目を丸くする。
「いいんですか?」
「はい」
「怒られません?」
「怒りません」
八郎は笑う。
「次につながれば勝ちです」
「……」
「四郎兄様、五郎兄様もいます」
「はい」
「無理しないでください」
二人は頭を下げた。
「頑張ります」
それを見ていた三郎兄が笑った。
「八郎」
「はい」
「お前、鬼師匠やな」
「え?」
「三歳児が弟子送り出してるんやぞ」
「優しく言ってます」
「いや、優しいけど怖いねん」
父もうなずく。
「鬼教官やな」
「違います」
八郎は不満そうに言った。
「僕ほど優しい人はいません」
その場にいた全員が笑った。
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夕方。
市が終わり、荷物を片付ける。
八郎は戻ってきた四郎、五郎、弟子二人を見る。
「お疲れ様でした」
「疲れたわ」
五郎が座り込む。
「どうでした?」
「まあ……」
四郎が笑う。
「思ったより売れた」
「本当ですか」
「混ぜ飯は顔を覚えてくれてる人が買ってくれた」
「はい」
「炒め飯も珍しいって」
弟子の一人が言う。
「ただ……三郎様ほど早く作れませんでした」
「当たり前です」
八郎は笑った。
「三郎兄様は毎日やってます」
「はい」
「帳面は?」
「あります」
差し出された帳面を見る。
「……」
八郎は頷いた。
「いいですね」
「いいんですか?」
「はい」
「利益少ないですよ?」
「いいんです」
八郎は顔を上げる。
「今日一番大事なのは」
「はい」
「隣の市で、うちの飯を食べてもらったことです」
みんな黙る。
「次につながりました」
「……」
「それで勝ちです」
父が笑う。
「ほんま商人みたいやな」
「農家の八男です」
「誰も信じへんわ」
そして家の中に、また笑い声が響いた。




