1533年2月。市の翌日。3つ目の湯あみの購入。その際に母親の漬物教室を宣伝しましょう。和尚様とのやり取り
市の翌日。
八郎は朝飯のあと、父と母を前に座らせた。
「父上」
「なんや」
「釜、三つ目を買ってきてください」
父は箸を止めた。
「……もう驚かんと思っとったけど、やっぱり驚くな」
「話をつけるだけでいいです。職人さんにも順番がありますから」
「買う前提やないか」
「はい」
「はい、ちゃうわ」
父はため息をついたが、もう止める気はなかった。
「わかった。行ってくる」
「お願いします」
八郎は今度は母を見る。
「母上」
「今度は私かい」
「はい。母上には大事なお願いがあります」
「漬物やろ」
「あ、覚えてましたか」
「忘れてたけど、あんたが何回も言うから思い出したわ」
母が苦笑する。
「三つ目の湯あみを作るとなると、また働きたい人が集まります」
「そうやろね」
「その人たちに、漬物教室をやると伝えてください」
「教室ねえ」
「はい。銭は取らなくていいです。代わりに大根とか、紫蘇とか、家にある野菜を
持ってきてもらいます」
「それを一緒に漬けるんやね」
「そうです」
八郎は続ける。
「家の保存食になります」
「はいはい」
「うまく漬かったものは、うちが買い取ります」
「店で使うんやね」
「はい。混ぜ飯、炒め飯、つみれ汁の添え物。いくらあっても困りません」
母は少し考えた。
「なるほどねえ」
「それに、母上が全部漬ける必要がなくなります」
「そこもあるんやろ」
「大きいです」
八郎は正直に言った。
「あと一郎兄様、二郎兄様にも関係あります」
「農の方か」
「はい。大根や野菜を多めに作っても、買い先ができるかもしれません」
母は笑った。
「ほんま、あんたは食べ物を銭にするのが上手いね」
「食べ物が一番大事ですから」
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その話はすぐに広がった。
三つ目の湯あみの噂で人が集まり、そこへ母が声をかけた。
「漬物教室をやります」
「漬物?」
「家の大根や紫蘇を持ってきてください。一緒に漬けましょう」
「銭はいらんの?」
「いりません。うまく漬かったら、うちの店で買い取るかもしれません」
その言葉で、女衆の目の色が変わった。
「買い取る?」
「ええ。混ぜ飯に使うからね」
「うちの大根でも?」
「うまく漬かればね」
気づけば、女衆が八人ほど集まっていた。
庭先に桶や笊が並ぶ。
母は少し照れながらも、手際よく教え始めた。
「まず大根はこう切るんよ」
「塩は入れすぎたらあかん」
「水が出るから、重しをして置く」
そこへ八郎が顔を出す。
「あ、この子が噂の八郎さん?」
「ほんまや、小さいなあ」
「三歳やもんな」
女衆が一斉に笑う。
「八郎様、うちの娘どうです?」
「まだ早いです」
「あら、大人みたいな返しするわ」
「許嫁とかまだ言いませんよ」
「いや、もう言うてるやん」
女衆はきゃあきゃあと騒ぐ。
八郎は困った顔で母を見た。
「母上、微妙な顔しないでください」
「いや、あんたが変に慣れてるからや」
「今は漬物教室です」
「はいはい」
母は笑いながら手を叩いた。
「ほら、八郎をからかうのはそこまで。大根漬けるよ」
「僕は寺へ行ってきます」
「逃げた」
「逃げてません」
八郎はそう言い残して、そそくさと寺へ向かった。
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寺では和尚が茶を飲んでいた。
「おう、来たか」
「はい」
「今日は何の大騒ぎや」
「大騒ぎ前提なんですね」
「お前が来る日は、だいたい何かある」
和尚は笑った。
「で?」
「今回の一と、三郎兄様の店と、湯あみ二つの半月分を合わせて、だいたい四千五百文ほど見えました」
和尚の手が止まる。
「四千五百文」
「はい」
「一回の動きでか」
「はい」
「……」
和尚は深く息を吐いた。
「もう驚くのも疲れたわ」
「それで、三つ目の湯あみを作ります」
「やっぱりな」
「やっぱりですか」
「お前ならそうすると思った」
「それと」
「まだあるんか」
「漬物教室を始めました」
「ほう」
「湯あみの採用で人が集まるので、その場で母上に宣伝してもらいました」
「うまいな」
「保存食にもなりますし、うちが買い取れば銭も回ります」
「……」
和尚は八郎をじっと見た。
「着々やな」
「はい」
「ただな」
「はい?」
「着々の進み方がおかしい」
「そうですか?」
「そうや」
和尚は笑った。
「お前、ここをどこやと思っとる」
「薩摩です」
「そうや」
「川内です」
「そうや」
「小さな領地です」
「そうや!」
和尚は声を上げた。
「京でも大坂でもない」
「はい」
「大大名の城下でもない」
「はい」
「辺境の小さな村々や」
「はい」
「そこで毎日のように、飯屋が増え、湯あみが増え、職人が動き、漬物教室が始まり、殿に証文を出す」
「……」
「事件が多すぎるわ!」
八郎は少し考えた。
「でも、必要なので」
「そう言うと思ったわ」
和尚は腹を抱えて笑った。
「ほんま、見てて飽きん」
「僕は見せ物じゃないです」
「もう半分見世物や」
「ひどいですね」
和尚は茶をすすりながら、楽しそうに言った。
「この小さな村で、毎日毎日こんだけ動くんや。そら隣の庄屋衆も見に来るわ」
八郎は少し困った顔をした。
「僕としては、まだ全然足りません」
「五万文か」
「それもあります」
「他にも?」
「借金と、仕事と、農作業と、食べ物です」
和尚は目を細める。
「ほらまた増えた」
「減らしたいんですけどね」
「お前が増やしとるんや」
寺の中に、和尚の笑い声がしばらく響いていた。




