市の翌朝。水車の杵の件の2000文を職人に渡すように頼む。別の兄たちに混ぜ飯を交互に隣の市へ行くように指示。母上は漬物教室。
市の翌朝。
まだ朝飯を食べ終わったばかりの頃、八郎は小さな銭袋を持ってきた。
「一郎兄様、二郎兄様」
「ん?」
「これお願いします」
ずしり。
一郎が受け取った瞬間、眉をひそめた。
「……重いな」
「二千文あります」
「は?」
二郎が声を上げた。
「二千文!?」
「はい」
「いやいや、待て八郎」
一郎が慌てる。
「まだ職人に話しただけやぞ。作れるとも言うてへんぞ」
「知ってます」
八郎は平然とうなずいた。
「じゃあなんで先に渡すんや」
「銭を見たら本気になりますから」
「……」
二人が黙った。
「職人さんも仕事です。『面白そうやな』だけでは生活できません。でも二千文置かれたら、
これは仕事になります」
「まあ……そうやけど」
「それに」
八郎は笑う。
「どうせ一発でできません」
「おい」
「水車の力で杵を上げるとか、石臼を回すとか、考えることいっぱいあります。失敗して当たり前です」
「失敗前提で二千文出すんか」
「はい」
即答だった。
「失敗して分かることがありますから」
一郎と二郎は顔を見合わせる。
「ほんま三歳児の言葉ちゃうな」
「でも、秋に間に合えば村中楽になります」
八郎は水車の方角を見た。
「米つきが楽になったら、その時間で漬物できます。魚の加工できます。別の仕事できます」
「またそこか」
「はい」
「銭を回す、やろ」
「そうです」
二郎は銭袋を握り直した。
「分かった。渡してくるわ」
「お願いします」
「しかし職人も驚くやろな」
「驚いた方が考えてくれます」
「怖い三歳児や」
二人は笑いながら出ていった。
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次に呼ばれたのは四郎と五郎だった。
「兄様方」
「今度は俺らか」
「はい」
「嫌な予感するな」
「良い話ですよ」
「八郎の良い話はだいたい忙しくなる」
五郎が笑う。
「隣の市、お願いします」
「ああ、混ぜ飯か」
「はい」
八郎は説明する。
「ただ、うちで作りません」
「ん?」
「いつもの市に寄って、混ぜ飯屋の人たちから受け取ってください」
「ああ」
四郎が手を叩いた。
「そういうことか」
「はい」
「母上に作らせへんためか」
「そうです」
八郎はうなずく。
「母上が全部やったら意味ないです」
今までなら母が米を炊き、具を準備し、味を見る。
しかし、それでは店が増えるほど母だけが苦しくなる。
「混ぜ飯屋さんが作る」
「兄様たちが運ぶ」
「隣の市で売る」
役割を分ける。
「そうしないと広げられません」
「なるほどなあ」
五郎が感心する。
「お前、店増やすことより、人に仕事覚えさせること考えとるんやな」
「はい」
八郎は当たり前のように答える。
「僕一人ではできませんから」
「三歳児が言うことちゃうな」
「三歳児です」
「そこだけ押すな」
笑いが起きた。
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その横で母が話を聞いていた。
「でも八郎」
「はい?」
「あんた、母の仕事減らす言うけど」
「はい」
「結局また何かさせようとしてへん?」
「……」
一瞬、八郎が目をそらした。
「何考えてるん?」
「……漬物教室」
「あ」
母が固まった。
「忘れてましたよね?」
「……」
「忘れてましたね」
「忙しかったんや」
「知ってます」
八郎は笑った。
「だから人を増やしてるんです」
「え?」
「母上が魚を全部見る必要はありません。混ぜ飯も全部作る必要ありません」
そして続ける。
「母上にしかできないことをしてください」
「私にしか?」
「はい」
「漬物を教えることです」
母は少し黙った。
「村の女衆に?」
「はい」
「家で食べる保存食になります。上手な人が出たら買います」
「……また銭回しか」
「はい」
「ほんま好きやな」
「大事ですから」
母はため息をついた。
「三歳の息子に仕事整理されるとは思わんかったわ」
周りは笑う。
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「ただ」
八郎は最後に言った。
「次は人を増やしません」
「ほんまか?」
父が疑う。
「ほんまです」
「信用ならんなあ」
「今回は整える時期です」
八郎は指を折る。
「炒め飯屋」
「つみれ汁」
「混ぜ飯」
「うん」
「湯あみ」
「うん」
「全部、人を増やしました」
「そうやな」
「だから次は覚える時間です」
父は少し驚いた。
「分かっとるんやな」
「はい」
「増やすだけ増やしたら崩れるって」
「そうです」
八郎は言う。
「まず炒め飯ですね」
「三郎か」
「はい。弟子の人がある程度できるようになれば、兄様が次を見ることができます」
「つみれ汁は?」
「まだ難しいです」
八郎は首を振る。
「味があります。魚を見る目もあります。焦ったら駄目です」
「珍しく慎重やな」
「いつも慎重です」
「どこがや」
全員が突っ込んだ。
八郎は苦笑する。
「まあ、とりあえず次の市です」
水車の試作。
隣の市への顔つなぎ。
混ぜ飯屋の安定。
弟子育成。
やることは山ほどある。
父は呆れたように笑った。
「ほんま、五万文返すだけの話やったはずなんやけどな」
「そうですね」
「なんで領地作りみたいになっとるんや」
「……」
「八郎?」
「たまたまです」
「絶対違うやろ」
笑い声の中、次の市への準備が始まっていった。




