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1533年2月。2月3度目の市。混ぜ飯屋を増やし9500文売上2200文利益三郎兄様の店が2日で1000文。隣の市の状況を聞く

その日の市が終わり、夕暮れ前。

 荷車を引いて家へ戻る一行は、以前より明らかに足取りが軽かった。

「いやあ……楽やな」

 父がぽつりと言った。

「何がです?」

 八郎が聞くと、父は荷車を指差した。

「荷物や。前は米やら具材やら鍋やら、全部持って帰ってきとったやろ。

 今は三郎の店に置ける分がある。全然違うわ」

 四郎も笑った。

「ほんまやで。帰りの荷車、前より軽いもんな」

「だから言うたじゃないですか。兄さんを追い出したかったんじゃなくて、

 荷物置き場が欲しかったって」

「やっぱりそこが本音やないか!」

 みんなが笑う。

 家に戻ると、いつもの帳簿確認。

 ……なのだが。

「なんか……人増えてません?」

 八郎が部屋を見回した。

 父、母、一郎、二郎、三郎、四郎、五郎。

 そこに新しく働き始めた者たち。

 つみれ汁担当の奥方。

 混ぜ飯担当になる者。

 三郎の弟子候補。

 気づけば部屋いっぱいだった。

「集まった時だけですからね」

 八郎が言う。

「いやいやいや」

 父が即座に突っ込む。

「お前、この調子やったら来月もっと増えとるぞ」

「……否定できませんね」

 八郎が苦笑する。

 そして帳簿を広げた。

「では今回の市です」

 みんなが静かになる。

「売上、九千五百文です」

「増えとるやないか」

 父が目を丸くした。

「はい。理由は簡単です。酒ですね。それから混ぜ飯が少し余分に売れました。

 あと、つみれ汁も最初みたいに値引きしなくても買ってくれる人が増えました」

「なるほどな」

「ただ、人も増えてます。だから利益が倍になるとか、そんなことはありません」

 八郎は帳簿を指差した。

「利益は二千二百文ぐらいです」

「……いや」

 一郎が苦笑する。

「人増やして利益増えとる時点でおかしいんやけどな」

「そうですか?」

「そうや」

 二郎もうなずく。

「普通は人増やしたら最初は減るんや」

「でも母上が楽になりました」

 八郎はさらっと言った。

「そこ大事です」

 母が笑う。

「あんた、そういうところだけ子供みたいやな」

「三歳ですから」

「都合いい時だけ三歳になるな」

 笑いが起きる。

 そして八郎は次の帳簿を出した。

「あと、三郎兄様の方ですね」

「俺か」

 三郎が少し緊張する。

「炒め飯屋と、つみれ汁屋。市じゃない二日分です」

「うん」

「炒め飯屋で五百文ほど」

「おお」

「つみれ汁屋も五百文ほど」

「え?」

 三郎が驚いた。

「そんな出とるんか?」

「出てます」

 八郎はうなずく。

「合わせて千文です」

 部屋が静かになった。

「つまり今回、家として増えた銭はざっくり三千文です」

「……」

 父がため息をつく。

「どえらいな」

「でも大事なのはそこじゃないです」

「また始まった」

 三郎が笑う。

「何や?」

「市の日以外に銭が生まれたことです」

 八郎は言った。

「前は市がない日は何もなかった。でも今は違います。

 兄さんの店が開いてる。魚を買う。米を使う。人に給金を払う」

「銭が回る、か」

 父が言う。

「はい」

 八郎は笑った。

「それが一番大きいです」

 そして視線を四郎と五郎へ向ける。

「ところで兄様方」

「ん?」

「隣の市、どうでした?」

 二人は顔を見合わせた。

「まあ……正直言うとな」

 四郎が頭をかく。

「そんな簡単にはいかんな」

「売れませんでした?」

「いや、売れた」

 五郎が答える。

「二人で四十個持っていって、三十個ぐらいやな」

「十分じゃないですか」

「でも利益はほぼなしやぞ」

「いいです」

 八郎は即答した。

「え?」

「最初は顔売りです」

 みんなが八郎を見る。

「市の顔役さんには会えました?」

「ああ」

「何て?」

「話は聞いとるって」

「ほう」

「三歳児に五万文払わせるとか、大変らしいなって」

 その瞬間、父が顔をしかめた。

「もう広まっとるんか」

「広めてますから」

「お前なあ……」

「でもな」

 四郎が続けた。

「同情はしてくれたけど、店出すのは別やって言われた」

「でしょうね」

 八郎は納得した。

「え?」

「当たり前です」

 八郎は笑う。

「向こうの市にも商売してる人がいます。急に知らない人間が四店出しますって言ったら嫌でしょう」

「ああ」

「だから顔役さん正しいです」

「ほんま三歳児か」

「まず一店」

 八郎は指を一本立てる。

「混ぜ飯でも何でもいいです。小さく始めて、寄進して、約束守って、信用を作る」

「……」

「それで『あいつらなら大丈夫』って思ってもらってから二店目、三店目です」

 三郎が笑った。

「お前、本当に市を取る気やな」

「違いますよ」

「違うんか?」

「仲良くなるだけです」

「それを世間では取るって言うんや」

 みんな爆笑した。

 父はため息をつきながらも笑っていた。

「まあでも、向こうの顔役の言うことももっともや」

「はい」

「焦ったらあかんということやな」

「そうです」

 八郎はうなずく。

「今は銭より信用です」

 その言葉に、新しく来た者たちは顔を見合わせた。

 三歳の子供が、売上九千五百文を動かしながら。

 次に欲しいと言ったものが、銭ではなく信用だったからだ。

「八郎様って……」

 一人がぽつりと言った。

「本当に三歳なんですか?」

 家族全員が同時に答えた。

「そこは考えたら負けや」

 そしてまた、笑い声が家に響いた。

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