1537年11月3週目。丸八の旗を外した10人。
十一月三週目。
石山本願寺で。
話を終えた。
例の商人は。
そのまま。
八郎商会から。
十人ほど。
若手と。
中堅どころを。
連れて帰ることになった。
「……ほんまに」
「連れていくんですか?」
「そら」
商人が。
にやりと笑う。
「八郎様から」
「しばき倒してくれ言われたからな」
「言い方!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず」
「掃除からや」
「掃除?」
「店先」
「倉」
「便所」
「全部やってもらう」
「僕ら」
「八郎商会では」
「商人として働いて――」
「知らん」
「え?」
「うちでは」
「今日から丁稚や」
十人の顔が。
一気に。
青くなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「旦那」
「さすがにそれは」
「何や」
「八郎商会で」
「それなりに商売してきた者も」
「おりますよ?」
「ほな」
「なおさらええやないか」
商人が。
腕を組む。
「八郎様と」
「わしが話したん」
「聞いとったやろ」
「はい」
「丸八の看板なしで」
「商人として働くんや」
・・・・・・・・・・・・・・
「何日かで」
「終わりません?」
「知らん」
「……」
「合う合わんなんて」
「一月ぐらい見んと」
「分からんやろ」
「一月?」
「短いぐらいや」
朝。
店を開ける。
掃除する。
荷を運ぶ。
品を見る。
客へ頭を下げる。
値を聞く。
断られる。
「全部」
「一からやってもらう」
・・・・・・・・・・・・・・
「まあ」
商人は。
少し笑った。
「こんだけでかい商会で」
「働いとったんや」
「何もできんとは」
「思ってへんよ」
帳面。
荷の管理。
遠方とのやり取り。
その辺は。
むしろ。
八郎商会の者の方が。
詳しいかもしれない。
「せやから」
「気付いたことあったら」
「こっちにも教えてくれ」
「よろしいので?」
「当たり前や」
「商売は」
「こっちだけが」
「教えるもんちゃう」
・・・・・・・・・・・・
「でも」
商人は。
さらに。
笑みを深くした。
「お前らが」
「こっちから」
「学ぶ方が」
「多いと思うで」
「……」
「丸八の旗」
「なくなったら」
「どんだけ大変か」
「見せたるわ」
十人は。
誰一人。
笑わなかった。
・・・・・・・・・・・・・
そして。
本当に。
その日から。
雑用が始まった。
「荷運べ!」
「はい!」
「そこ掃除!」
「はい!」
「客来たぞ!」
「いらっしゃ――」
「声小さい!」
「はい!」
「丸八ちゃうぞ!」
「はい!」
今まで。
「八郎商会です」
と言えば。
相手が。
姿勢を正した。
ここでは。
誰も。
そんなことをしてくれない。
・・・・・・・・・・・・・
そんな中。
数日後。
商人のところへ。
別の客が来た。
「旦那」
「三好方からです」
「……何やろ」
話を聞けば。
以前と同じ。
「八郎商会の物資」
「また回してくれへんか」
というものだった。
「いや」
商人が。
即答する。
「無理ですわ」
「何?」
「ばれました」
「……ばれた?」
「八郎様に」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほな」
「もう商売できんのか?」
「いやいや」
「物は」
「流れてきますよ」
「なら」
「こっちへ回せ」
「それが」
「できんのですわ」
「何でや」
「罰も」
「払いましたし」
「もう一回やったら」
「さすがにあきません」
・・・・・・・・・・・
三好方の男が。
少し。
声を落とす。
「なら」
「八郎との縁」
「切ったらええやないか」
「……」
「こっちへ来い」
「前に」
「便宜図ってくれたやろ」
「今度は」
「こっちが」
「便宜図ってやる」
商人は。
少しだけ。
黙った。
・・・・・・・・・・・・・
「それは」
「ありがたい話です」
「なら」
「でも」
商人は。
首を振った。
「今」
「八郎様との縁」
「切りとうないんです」
「何?」
「実際」
「会うてきましてな」
「……」
「変な御方ですわ」
「変?」
「横流ししたわしに」
「罰金払わせたあと」
「その倍の銭払って」
「自分の商人鍛えろ言うんです」
・・・・・・・・・・・・・・
三好方の男が。
黙る。
「何を考えておる」
「わしも」
「よう分かりません」
「でも」
商人は。
少し笑った。
「懐は」
「広い御方やと思いました」
不義理を。
なかったことにはしない。
だが。
それだけで。
切り捨てもしない。
「せやから」
「今度は」
「その縁」
「大事にしたいんです」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「なら」
「もう我らとは」
「商売せんと?」
「いやいや」
「そんなこと」
「言うてませんやん」
商人は。
すぐ笑顔になる。
「また」
「何かええ商いがあったら」
「持ってきます」
「……」
「今日は」
「ご勘弁を」
・・・・・・・・・・・・・
そして。
帰り際。
「そうそう」
「何だ」
「石山で」
「面白い飯」
「食いましてな」
包みを。
一つ。
差し出す。
「皆さんで」
「食べてください」
「我らに?」
「はい」
「何で」
「何でって」
「商人ですから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三好方の者が。
帰ったあと。
八郎商会から来た。
若手の一人が。
呆れた顔をした。
「旦那」
「いいんです?」
「何が?」
「八郎様と」
「あれだけ話したあとに」
「三好方にも」
「そんな愛想して」
商人が。
振り返る。
「ほら」
「これや」
「何がです?」
「看板ある奴は」
「これやから困るねん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「わしは」
「今」
「八郎方でも」
「三好方でもない」
「ただの商人や」
なら。
どちらかへ。
必要以上に。
喧嘩を売る必要はない。
「昨日の敵が」
「明日の客になるかもしれん」
「昨日の客が」
「明日」
「敵になるかもしれん」
「そんなもんです?」
「そんなもんや」
・・・・・・・・・・・・・・
「無下にしたら」
「あかん」
「頭下げて」
「笑ろて」
「飯でも渡して」
「またお願いします」
「言うとくんや」
「そこまで?」
「そこまでや」
商人は。
十人を見る。
「わしらみたいな」
「何の後ろ盾もない商人はな」
大きな家。
大きな軍。
大きな寺。
その間で。
食われないように。
生きている。
「草鞋なめる以外は」
「何でもします」
「ぐらいで」
「ちょうどええ」
・・・・・・・・・・・・・・・
「それ」
「誇りないんですか?」
一人が聞く。
商人は。
笑った。
「あるで」
「あるから」
「頭下げるんや」
「……?」
「店潰れたら」
「誇りも何も」
「あらへん」
生き残る。
商売を続ける。
「そのために」
「腰低くするんや」
・・・・・・・・・・・・・・・
八郎商会の。
若手たちは。
黙った。
丸八の看板があれば。
そんなことを。
考えたこともなかった。
「さあ」
商人が。
手を叩く。
「明日から」
「もっと」
「しばいたるからな」
「まだですか?」
「始まったばっかりや」
「……」
「まず」
「頭下げるところから」
「覚えようか」
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十一月三週目。
丸八の旗を。
外した十人は。
初めて。
大きな看板の外にある。
商売の世界へ。
放り込まれた。
そこには。
決められた値段も。
守ってくれる名前も。
必ず売れる品もない。
あるのは。
相手を見て。
頭を下げ。
時には。
意地を飲み込み。
それでも。
店を続ける。
ただの。
商人の世界だった。




