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1031/1033

1537年11月3週目。丸八の旗を外した10人。

 十一月三週目。

 石山本願寺で。

 話を終えた。

 例の商人は。

 そのまま。

 八郎商会から。

 十人ほど。

 若手と。

 中堅どころを。

 連れて帰ることになった。

「……ほんまに」

「連れていくんですか?」

「そら」

 商人が。

 にやりと笑う。

「八郎様から」

「しばき倒してくれ言われたからな」

「言い方!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まず」

「掃除からや」

「掃除?」

「店先」

「倉」

「便所」

「全部やってもらう」

「僕ら」

「八郎商会では」

「商人として働いて――」

「知らん」

「え?」

「うちでは」

「今日から丁稚や」

 十人の顔が。

 一気に。

 青くなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「旦那」

「さすがにそれは」

「何や」

「八郎商会で」

「それなりに商売してきた者も」

「おりますよ?」

「ほな」

「なおさらええやないか」

 商人が。

 腕を組む。

「八郎様と」

「わしが話したん」

「聞いとったやろ」

「はい」

「丸八の看板なしで」

「商人として働くんや」

・・・・・・・・・・・・・・

「何日かで」

「終わりません?」

「知らん」

「……」

「合う合わんなんて」

「一月ぐらい見んと」

「分からんやろ」

「一月?」

「短いぐらいや」

 朝。

 店を開ける。

 掃除する。

 荷を運ぶ。

 品を見る。

 客へ頭を下げる。

 値を聞く。

 断られる。

「全部」

「一からやってもらう」

・・・・・・・・・・・・・・

「まあ」

 商人は。

 少し笑った。

「こんだけでかい商会で」

「働いとったんや」

「何もできんとは」

「思ってへんよ」

 帳面。

 荷の管理。

 遠方とのやり取り。

 その辺は。

 むしろ。

 八郎商会の者の方が。

 詳しいかもしれない。

「せやから」

「気付いたことあったら」

「こっちにも教えてくれ」

「よろしいので?」

「当たり前や」

「商売は」

「こっちだけが」

「教えるもんちゃう」

・・・・・・・・・・・・

「でも」

 商人は。

 さらに。

 笑みを深くした。

「お前らが」

「こっちから」

「学ぶ方が」

「多いと思うで」

「……」

「丸八の旗」

「なくなったら」

「どんだけ大変か」

「見せたるわ」

 十人は。

 誰一人。

 笑わなかった。

・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 本当に。

 その日から。

 雑用が始まった。

「荷運べ!」

「はい!」

「そこ掃除!」

「はい!」

「客来たぞ!」

「いらっしゃ――」

「声小さい!」

「はい!」

「丸八ちゃうぞ!」

「はい!」

 今まで。

「八郎商会です」

 と言えば。

 相手が。

 姿勢を正した。

 ここでは。

 誰も。

 そんなことをしてくれない。

・・・・・・・・・・・・・

 そんな中。

 数日後。

 商人のところへ。

 別の客が来た。

「旦那」

「三好方からです」

「……何やろ」

 話を聞けば。

 以前と同じ。

「八郎商会の物資」

「また回してくれへんか」

 というものだった。

「いや」

 商人が。

 即答する。

「無理ですわ」

「何?」

「ばれました」

「……ばれた?」

「八郎様に」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほな」

「もう商売できんのか?」

「いやいや」

「物は」

「流れてきますよ」

「なら」

「こっちへ回せ」

「それが」

「できんのですわ」

「何でや」

「罰も」

「払いましたし」

「もう一回やったら」

「さすがにあきません」

・・・・・・・・・・・

 三好方の男が。

 少し。

 声を落とす。

「なら」

「八郎との縁」

「切ったらええやないか」

「……」

「こっちへ来い」

「前に」

「便宜図ってくれたやろ」

「今度は」

「こっちが」

「便宜図ってやる」

 商人は。

 少しだけ。

 黙った。

・・・・・・・・・・・・・

「それは」

「ありがたい話です」

「なら」

「でも」

 商人は。

 首を振った。

「今」

「八郎様との縁」

「切りとうないんです」

「何?」

「実際」

「会うてきましてな」

「……」

「変な御方ですわ」

「変?」

「横流ししたわしに」

「罰金払わせたあと」

「その倍の銭払って」

「自分の商人鍛えろ言うんです」

・・・・・・・・・・・・・・

 三好方の男が。

 黙る。

「何を考えておる」

「わしも」

「よう分かりません」

「でも」

 商人は。

 少し笑った。

「懐は」

「広い御方やと思いました」

 不義理を。

 なかったことにはしない。

 だが。

 それだけで。

 切り捨てもしない。

「せやから」

「今度は」

「その縁」

「大事にしたいんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「なら」

「もう我らとは」

「商売せんと?」

「いやいや」

「そんなこと」

「言うてませんやん」

 商人は。

 すぐ笑顔になる。

「また」

「何かええ商いがあったら」

「持ってきます」

「……」

「今日は」

「ご勘弁を」

・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 帰り際。

「そうそう」

「何だ」

「石山で」

「面白い飯」

「食いましてな」

 包みを。

 一つ。

 差し出す。

「皆さんで」

「食べてください」

「我らに?」

「はい」

「何で」

「何でって」

「商人ですから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 三好方の者が。

 帰ったあと。

 八郎商会から来た。

 若手の一人が。

 呆れた顔をした。

「旦那」

「いいんです?」

「何が?」

「八郎様と」

「あれだけ話したあとに」

「三好方にも」

「そんな愛想して」

 商人が。

 振り返る。

「ほら」

「これや」

「何がです?」

「看板ある奴は」

「これやから困るねん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「わしは」

「今」

「八郎方でも」

「三好方でもない」

「ただの商人や」

 なら。

 どちらかへ。

 必要以上に。

 喧嘩を売る必要はない。

「昨日の敵が」

「明日の客になるかもしれん」

「昨日の客が」

「明日」

「敵になるかもしれん」

「そんなもんです?」

「そんなもんや」

・・・・・・・・・・・・・・

「無下にしたら」

「あかん」

「頭下げて」

「笑ろて」

「飯でも渡して」

「またお願いします」

「言うとくんや」

「そこまで?」

「そこまでや」

 商人は。

 十人を見る。

「わしらみたいな」

「何の後ろ盾もない商人はな」

 大きな家。

 大きな軍。

 大きな寺。

 その間で。

 食われないように。

 生きている。

「草鞋なめる以外は」

「何でもします」

「ぐらいで」

「ちょうどええ」

・・・・・・・・・・・・・・・

「それ」

「誇りないんですか?」

 一人が聞く。

 商人は。

 笑った。

「あるで」

「あるから」

「頭下げるんや」

「……?」

「店潰れたら」

「誇りも何も」

「あらへん」

 生き残る。

 商売を続ける。

「そのために」

「腰低くするんや」

・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎商会の。

 若手たちは。

 黙った。

 丸八の看板があれば。

 そんなことを。

 考えたこともなかった。

「さあ」

 商人が。

 手を叩く。

「明日から」

「もっと」

「しばいたるからな」

「まだですか?」

「始まったばっかりや」

「……」

「まず」

「頭下げるところから」

「覚えようか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 十一月三週目。

 丸八の旗を。

 外した十人は。

 初めて。

 大きな看板の外にある。

 商売の世界へ。

 放り込まれた。

 そこには。

 決められた値段も。

 守ってくれる名前も。

 必ず売れる品もない。

 あるのは。

 相手を見て。

 頭を下げ。

 時には。

 意地を飲み込み。

 それでも。

 店を続ける。

 ただの。

 商人の世界だった。

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