1537年。11月3週目。丸八の看板を外してみましょう。
十一月三週目。
石山本願寺。
例の。
横流しをした商人との話は。
ようやく。
一つの形に。
まとまり始めていた。
「では」
八郎が言う。
「罰は罰として」
「一定の銭は」
「納めてもらいます」
「承知しております」
商人が。
素直に。
頭を下げる。
「横流ししたんは」
「わしですからな」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「その代わり」
「はい?」
「その倍」
「僕から払います」
「……はい?」
商人が。
顔を上げた。
「何でございます?」
「仕事代です」
「罰金払った直後に」
「倍もらうんです?」
「そうです」
「それ」
「わし」
「儲かってません?」
「仕事してもらいますから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎が。
にっこり笑う。
「八郎商会の商人」
「しばき倒してください」
「……」
「え?」
「商いを」
「一から」
「叩き込んでください」
その場にいた。
八郎商会の幹部たちが。
一斉に。
嫌そうな顔をした。
・・・・・・・・・・・・・・・
「八郎様」
「はい?」
「それ」
「誰が対象で?」
「商人の人らです」
「どこの?」
「西日本全部」
「全部?」
「はい」
空気が。
さらに。
重くなる。
「丸八の看板なしで」
「商売させます」
「……」
「嫌です?」
「嫌です」
「即答ですやん」
・・・・・・・・・・・・・
「いやいや」
八郎は笑う。
「初心を」
「思い出してもらいたいんですよ」
「今さらでございます?」
「今さらやからですよ」
売る場所。
仕入れ先。
荷。
値段。
信用。
今は。
八郎商会の名前があれば。
かなりのものが。
最初から。
揃っている。
「それ」
「当たり前ちゃいますからね」
・・・・・・・・・・・・・・・
三郎が。
横から笑った。
「まあ」
「俺らは」
「何もないところから」
「始めたからな」
「そうですよ」
「お前が」
「握り飯売りたいとか」
「急に言い出したんやろ」
「売れましたやん」
「売れたけどな」
・・・・・・・・・・・・・・
「隣の店との付き合いとか」
「町役への銭とか」
「結構」
「面倒やったぞ」
「ありましたねえ」
「しかも」
三郎が。
八郎を指差す。
「お前」
「荷物運ぶん面倒やからいうて」
「俺を」
「店住まいみたいに」
「したやろ」
「そんな昔の話」
「昔言うても」
「お前」
「まだ七歳やぞ」
「……」
「そうでした」
周囲から。
笑いが起こった。
・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
八郎は。
平然と言う。
「あれがあるから」
「今があるんですよ」
「うまいこと」
「ごまかしやがって」
「兄さん」
「使いやすかったですから」
「兄貴使いが」
「荒いんやお前は」
・・・・・・・・・・・・・・・・
笑いながらも。
三郎は。
商会の者たちを見る。
「でも」
「八郎の言うことも」
「分かるで」
今。
八郎商会に。
入ってくる者は。
最初から。
巨大な丸八を知っている。
船がある。
倉がある。
店がある。
銭がある。
「良くも悪くも」
「ええ奴が」
「集まるようになったんや」
「看板が」
「でかなったからな」
・・・・・・・・・・・・・・・
「昔みたいな」
「切った張ったの商い」
「知っとる奴」
「もう少ないやろ」
安く仕入れる。
高く売る。
時には。
売れずに。
抱える。
相手に。
値切られる。
別の商人に。
出し抜かれる。
「そういう経験」
「ない奴も」
「増えたんちゃうか」
誰も。
強く。
否定できなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
横流しした商人も。
小さく頷く。
「丸八の看板は」
「強すぎます」
「強すぎる?」
「はい」
「丸八です」
それだけで。
話を聞いてもらえる。
宿も。
倉も。
借りやすい。
「そんな商人」
「普通はおりません」
「……」
「それを」
「自分の腕やと思ったら」
「危ないですな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎が。
ぱんと。
手を叩いた。
「ほら」
「これです」
「これを」
「覚えてほしいんですよ」
丸八を。
外す。
知らない土地へ。
行く。
「そこで」
「一から」
「商売してください」
「売れなかったら?」
「考えてください」
「騙されたら?」
「次は」
「騙されんようにしてください」
「厳しい……」
・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
八郎が言う。
「戻ってきても」
「ええですよ」
外で。
商売が。
合わなかった。
なら。
八郎商会へ戻る。
「それで」
「うちで働けるなら」
「それも能力でしょう」
「逆に」
外へ出て。
自分で。
やりたいことを。
見つけたなら。
「独立しても」
「ええですよ」
「競合になりますぞ?」
「それも」
「商売でしょう」
・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は。
少し。
真面目な顔になる。
「僕」
「八郎商会が」
「永遠にあるとは」
「思ってないんです」
その言葉に。
幹部たちが。
八郎を見る。
「なくすつもりは」
「ないですよ」
「でも」
「何があるか」
「分からんでしょう」
戦。
災害。
内紛。
八郎自身の死。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「もし」
「丸八がなくなった時」
「みんな」
「何もできません」
「ってなったら」
「嫌でしょう」
自分で。
飯を食う。
自分で。
仕事を探す。
自分で。
商売する。
「そういう力」
「持っといた方が」
「ええですよ」
◇
三郎も。
頷く。
「まあ」
「一回」
「荒波行ってこいや」
「兄上」
「簡単に言わないでください」
「俺ら」
「昔」
「それやってたんやぞ」
「今」
「生活できてるんやから」
「それぐらい」
「飲め」
「いや」
「それとこれとは」
「一緒や」
◇
八郎商会の幹部たちは。
完全に。
顔が引きつっていた。
「ほんまに」
「西日本全部で?」
「はい」
「順番に?」
「もちろん」
「我らも?」
「役目によりますけど」
「商売担当は」
「かなり」
「……」
「嫌そうですねえ」
「嫌です」
・・・・・・・・・・・・・・・
横流しをした商人が。
その様子を見て。
声を上げて笑った。
「これは」
「面白い仕事を」
「いただきましたな」
「でしょう?」
「罰金払って」
「その倍もろて」
「丸八の商人を」
「しばき回す」
「言い方」
「間違っておりますか?」
「だいたい合ってます」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
十一月三週目。
本来なら。
八郎商会を。
裏切った商人への。
処分だけで。
終わるはずだった話。
それが。
西日本一帯の。
商人育成へ。
話が。
広がり始めていた。
巨大な船に。
乗っているからこそ。
時々。
小舟へ。
乗せてみる。
丸八の旗を。
外してみる。
「これで」
「何人残りますかね」
八郎が。
楽しそうに言う。
「八郎様」
「はい?」
「楽しんでおられません?」
「ちょっとだけ」
幹部たちは。
ますます。
嫌そうな顔をした。




