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1537年。11月2週目。ぬるま湯の商会

十一月二週目。

 石山本願寺。

 八郎たちは。

 交渉や客人を迎えるために。

 整えた一角で。

 夕餉を囲んでいた。

 横流しをした商人。

 堺から来た商人たち。

 本願寺の僧。

 八郎側の者たち。

 なかなか。

 妙な顔ぶれである。

「いやあ」

 例の商人が。

 周囲を見回す。

「場違い感が」

「すごいですな」

「そうです?」

・・・・・・・・・・・・・・・

「ここ」

 本願寺の僧が笑う。

「なかなかのものでございますぞ」

 客へ出す飯も。

 石山で取れるものだけではない。

 播磨。

 明石。

 山口。

 高松。

 八郎商会の物流に乗せて。

 色々な食材が入ってくる。

「寺とは思えませぬな」

「いやいや」

 八郎が笑う。

「飯ぐらい」

「旨い方がええでしょう」

 しかも。

 少し離れたところには。

 宿。

 飯屋。

 そして。

 遊興の場まで。

 整い始めている。

・・・・・・・・・・・・・・・

「隣に遊ぶところまで」

「作られたとか」

「僕が遊ぶんちゃいますよ」

「七歳ですからな」

 男たちが。

 笑う。

「でも」

 八郎が。

 ため息をつく。

「最近」

「そっちの売上」

「上がりすぎなんですよ」

「ほう」

「姫君たちから」

「男とは何なのですかって」

「呆れられてます」

「そんなもんです!」

 誰かが。

 即答した。

 男衆から。

 大きな笑いが起こる。

・・・・・・・・・・・・・・・

「それで」

 八郎は。

 焼いた魚を。

 箸でほぐしながら続けた。

「旅の冊子まで」

「作ってますからね」

 八大都市を。

 どう回るか。

 どこで。

 何を食うか。

 どこへ泊まるか。

 何を見るか。

「漫遊記みたいなもんです」

「ほう」

「旅行の手配まで?」

「始めてます」

 船。

 宿。

 食事。

 目的地。

 それらを。

 まとめて。

 手配する。

「もう」

「僕一人では」

「全然収まりません」

・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ」

 八郎は。

 例の商人を見る。

「うまく回ってるところは」

「それでええんです」

「問題は」

「商売の根っこですよね」

 自分の場合。

 始まりは。

 大したものではなかった。

「握り飯ですよ」

「混ぜ飯も」

「売りました」

「今の八郎商会からは」

「想像できませぬな」

「ほんまですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎の家は。

 庄屋。

 米。

 野菜。

 農家との付き合い。

 そういうものが。

 元から。

 身近にあった。

「だから」

「仕入れも」

「全く知らん人から」

「始めたわけちゃうんです」

 農家の事情も。

 ある程度。

 分かる。

 借金で。

 首が回らない家も。

 見てきた。

「それで」

「借金の整理を」

「やり始めたんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 農家の借金を。

 返せる形へ。

 組み直す。

 働く場所を作る。

 飯を売る。

 市を作る。

 それが。

 受けた。

「気付いたら」

「領地経営まで」

「やってました」

 堺商人が。

 苦笑する。

「普通は」

「そうはなりませぬ」

「僕も」

「そう思います」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「だから」

 八郎は。

 横流しした商人を見る。

「僕」

「生粋の商人では」

「ないんですよ」

 値を読む。

 相手の懐を見る。

 仕入れ先を奪い合う。

 わずかな。

 相場の違いから。

 利を抜く。

「そういう」

「切った張ったを」

「ずっとやってきたわけちゃう」

「確かに」

 商人が。

 頷く。

・・・・・・・・・・・・・・

「今」

 八郎商会が。

 遠国との交易を。

 大きくできるのも。

 船があるから。

 港があるから。

 領地があるから。

「軍を運ぶために」

「船増やしましたしね」

「それを」

「商売にも使ってるだけです」

「だけ、という規模では」

「ございませぬが」

「そこなんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大きくなれば。

 周りは。

 勝手に。

 八郎商会を。

 強い商会だと思う。

「実際」

「強いでしょう」

「まあ」

「今は」

「でも」

 八郎は。

 少しだけ。

 真面目な顔になった。

「僕が死んだら」

「危ないと思います」

 有馬で。

 夏姫たちから。

 言われた話。

 八郎自身が。

 この巨大な傘の。

 中心になっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎様が」

「そこまで分かっておられるなら」

 商人が言う。

「まだ」

「大丈夫でしょう」

「ほんまです?」

「問題は」

「八郎様ではない」

 商会の。

 中にいる者たち。

「飯は食える」

「給金も出る」

「船もある」

「仕入れ先もある」

「売る場所まである」

 それは。

 商人にとって。

 とんでもなく。

 恵まれている。

・・・・・・・・・・・・・・・

「ですが」

「ぬるま湯にも」

「なります」

「ですよね」

「個々の者が」

「そこまで考えてるとは」

「思わん方がええです」

 丸八の看板を。

 出せば。

 相手が。

 話を聞いてくれる。

「それが」

「当たり前になった者は」

「丸八がなくなった時」

「何もできませぬ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほな」

 八郎が言う。

「時々」

「外に出した方がええです?」

「そうですな」

 丸八の看板を。

 使わせない。

 小さな町。

 知らない土地。

 少ない銭。

「そこで」

「自分で仕入れて」

「自分で売らせる」

「値切られる?」

「もちろん」

「騙される?」

「それも勉強です」

 三郎が。

 横から笑う。

「えらい厳しいな」

「商売なんて」

「本来そんなもんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「それで」

 失敗して。

 八郎商会へ。

 戻ってくる。

「その時」

「今のありがたさ」

「分かるでしょう」

「なるほど」

「逆に」

 そこで。

 自分の商売を。

 見つける者もいる。

「独立したいと言うたら?」

「させたらええです」

「人減りますよ?」

「でも」

 商人は。

 酒を一口飲んで。

 笑った。

「八郎商会の血が」

「別のところへ」

「流れるだけでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎が。

 目を丸くした。

「それ」

「ええですね」

「でしょう?」

 丸八から。

 一人。

 商人が出る。

 その者が。

 別の町で。

 店を開く。

 八郎商会とは。

 競うこともある。

 取引することもある。

「全部」

「抱え込まんでも」

「ええんですよ」

「……なるほどなあ」

・・・・・・・・・・・・・・

 本願寺の僧も。

 面白そうに。

 話を聞いていた。

「人も」

「銭と同じように」

「回した方がよいのですな」

「そういうことです」

「寺も」

「同じかもしれませぬ」

 若い僧を。

 外へ出す。

 別の寺を。

 見る。

 違う考えに。

 触れる。

「帰ってきた時」

「また違うものを」

「持ち帰りますからな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほら」

 八郎が。

 嬉しそうに言う。

「飯食うただけで」

「新しい話」

「出ましたやん」

「そこですか」

「そこですよ」

 魚。

 豆腐。

 青菜。

 胡麻だれ。

 大人たちは。

 酒を飲む。

 八郎は。

 汁を飲む。

 話は。

 次々と。

 横へ広がっていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「しかし」

 横流しした商人が。

 八郎を見ながら。

 苦笑した。

「わし」

「怒られるために」

「来たんですけどな」

「怒る話も」

「ちゃんとしますよ」

「忘れてません?」

「覚えてます」

「ほんまです?」

「多分」

 皆が。

 また笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 十一月二週目。

 石山本願寺。

 本来なら。

 横流しをした。

 一人の商人を。

 処分するだけの席だった。

 それが。

 いつの間にか。

 八郎商会を。

 どう育てるか。

 そんな話に。

 変わっていた。

 巨大になった船ほど。

 中にいる者は。

 揺れを感じなくなる。

 だから。

 時には。

 小さな船へ。

 乗り換えさせる。

 荒波を。

 思い出させる。

 そして。

 その中から。

 新しい商人が。

 生まれるなら。

 それも。

 悪くない。

「これ」

 八郎は。

 少し考えてから言った。

「ほんまに」

「やってみましょうか」

 商人は。

 酒を置き。

 笑った。

「その方が」

「八郎商会」

「長生きすると思いますよ」

 八郎は。

 ゆっくり。

 頷いた。

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