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1028/1033

1537年。11月2週目。商人として死にたい男

十一月二週目。

 八郎は。

 主だった者たちを連れて。

 石山本願寺へ。

 やって来ていた。

「いやあ」

 町を眺めながら。

 八郎が言う。

「だいぶ」

「町になりましたね」

 以前は。

 寺と。

 その周囲に。

 人が集まる程度だった。

 今では。

 道。

 倉。

 店。

 飯屋。

 職人。

 商人。

 人の流れそのものが。

 増えている。

・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎が。

 石山へ来たと知ると。

 堺の商人。

 本願寺の僧。

 周辺の者たちも。

 ぼちぼち。

 挨拶へ来た。

 そして。

 その中に。

 一人。

 少しだけ。

 場違いな男がいた。

「この者でございます」

「例の?」

「はい」

 八郎商会の物資を。

 三好方へ。

 横流しした商人。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 男は。

 頭を下げる。

「八郎様」

「この度は――」

「そんな」

「びくびくせんでええですよ」

「いや」

「びくびくもします」

「まあ」

 八郎は笑った。

「遠いところ」

「来ていただいて」

「ありがとうございます」

 商人が。

 少し。

 不思議そうな顔をした。

「責められるものと」

「思うておりました」

「それも半分です」

「半分?」

「もう半分は」

 八郎が。

 前へ身を乗り出す。

「興味あります」

・・・・・・・・・・・・・・・

「処分するだけなら」

「いつでもできます」

 今の八郎商会なら。

 一商人を。

 取引から外すことなど。

 難しくない。

「それ」

「あなたも分かってたでしょう?」

「はい」

「それでも」

「やった」

 なら。

「何でやったんかなって」

「そこが」

「聞きたいんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「脅されてたのか」

「銭が欲しかったのか」

「三好さんに」

「何か恩があるのか」

「それとも」

「単純に」

「うちが嫌いやったのか」

 商人は。

 黙って聞いている。

「でも」

 八郎は続けた。

「ちょっと」

「引っ掛かったんですよ」

「何がでございます?」

「がめてないでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 自分の倉へ。

 隠したわけではない。

 横領して。

 蓄えたわけでもない。

 三好方へ。

 流した。

「自分のためだけなら」

「米抱え込んでも」

「ええでしょう」

「それを」

「わざわざ」

「向こうへ売った」

「そこに」

「なんかあるんちゃうかなって」

 商人が。

 少し笑った。

「八郎様」

「見ておられますな」

・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 商人は。

 手代に話したのと。

 同じ話をした。

「わしは」

「八郎商会の」

「丁稚になりとうないんです」

「丁稚?」

「はい」

 決められた品を。

 決められた値で。

 決められた場所へ。

 持っていく。

「それで」

「飯は食えます」

「八郎商会の看板も」

「強い」

「でも」

「それは」

「わしの商売やない」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「わしは」

「商人として」

「生きてきました」

 安く買う。

 高く売る。

 相手を見る。

 値切る。

 時には。

 危ない橋を渡る。

「今」

 三好方は。

 物が足りない。

「なら」

「高う売れる」

「そこに」

「商いがある」

「だからやった?」

「そうです」

「処分されても?」

「それは」

「受けます」

 商人は。

 八郎を見る。

「商人として」

「死ねるなら」

「その方がましです」

・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は。

 しばらく。

 黙っていた。

「……面白いですね」

「面白い?」

「はい」

 八郎は。

 少し笑った。

「僕」

「商人ちゃうんですよ」

 周囲が。

 八郎を見る。

「八郎商会なのに?」

「名前は」

「そうなんですけどね」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 始まりは。

 握り飯。

 混ぜ飯。

 農家の子だったから。

 米。

 野菜。

 仕入れる相手も。

 知っていた。

「売る時も」

「自分で」

「全部切った張ったして」

「売ってきたわけちゃいます」

 商人と。

 組む。

 寺社の市へ。

 持っていく。

 人がいるところへ。

 飯を運ぶ。

「それで」

「気付いたら」

「でかくなってました」

・・・・・・・・・・・・・・

「だから」

 八郎は。

 商人を見る。

「あなたの話」

「新鮮なんですよ」

「……」

「商人とは」

「何ぞやって」

「僕」

「ちゃんと」

「分かってないのかもしれません」

 今では。

 領地まで。

 経営している。

 だから。

 値段を。

 安定させる。

 物資を。

 広く回す。

 住民が。

 困らないようにする。

「それは」

「領主としては」

「ええでしょう」

「でも」

「商人からしたら」

「邪魔な時もある?」

「ありますな」

・・・・・・・・・・・・・・・

 横で聞いていた。

 堺の商人が。

 小さく笑った。

「そら」

「ございますわ」

「ですよね」

 八郎が。

 そちらを見る。

「その辺」

「僕」

「もっと知った方が」

「ええ気してきました」

 本願寺の僧も。

 面白そうに。

 二人を見る。

「なら」

「今日は」

「その話を肴に」

「飯でもどうです?」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 横流しした商人が。

 目を丸くした。

「わしも?」

「あなたの話でしょう」

「よろしいので?」

「罰の話は」

「またします」

「今日は」

「話聞きたいです」

「……懐が広いのか」

「変わっておられるのか」

「七歳ですから」

「人生経験少ないんですよ」

「その七歳に」

「日の本の半分ほど」

「持たれてますがな」

「そこなんですよねえ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は。

 少し。

 困ったように笑った。

「それで」

「もう一個」

「頼みたいことあります」

「わしに?」

「はい」

「八郎商会」

「しばき上げてもらえません?」

「……は?」

 今度は。

 周囲まで。

 静かになった。

・・・・・・・・・・・・・・・

「先週」

 八郎がいない。

 帳面合わせ。

 そこで。

 少し。

 空気が緩んだ。

 その報告を。

 八郎も。

 すでに聞いていた。

「これ」

「結構まずいでしょう」

「八郎様がおらんと」

「締まらん?」

「そうです」

「それは」

 商人が。

 少し笑った。

「商会として」

「怖いですな」

「でしょう?」

・・・・・・・・・・・・

「だから」

 八郎商会の中の者を。

 外へ。

 出す。

 値段交渉。

 仕入れ。

 売り先。

 競争。

「丸八の看板なしで」

「飯食えるか」

「試した方が」

「ええんちゃうかなって」

「それを」

「わしにやれと?」

「銭払いますよ」

「銭まで?」

「仕事ですから」

・・・・・・・・・・・・・・・

 商人は。

 しばらく。

 八郎を見つめた。

「八郎様」

「はい?」

「自分の商会の者を」

「他所の商人に」

「揉ませようというんですか?」

「はい」

「逃げられるかもしれませんぞ」

「それなら」

「それだけの商会やったってことでしょう」

「……」

「この船」

「泥船になる時」

「あるかもしれません」

 その時。

 丸八の看板しか。

 知らない者は。

 船と一緒に。

 沈む。

「それ」

「嫌なんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・

「自分で」

「飯食える人に」

「なってもらいたい」

 商人は。

 少し。

 黙った。

 そして。

 ゆっくり。

 笑った。

「いや」

「懐が広いと言うたら」

「ええのか」

「何と言うたらええのか」

「変わってます?」

「変わっております」

「やっぱり」

「でも」

 商人は。

 八郎へ。

 深く。

 頭を下げた。

「大した御方ですわ」

・・・・・・・・・・・・・・

 十一月二週目。

 横流しの。

 罪を問いただすはずだった席は。

 いつの間にか。

「商人とは何か」

 そんな話をする。

 食事会へ。

 変わろうとしていた。

 巨大になった。

 八郎商会。

 そして。

 巨大になったからこそ。

 失いかけているもの。

 八郎は。

 それを。

 自分へ。

 噛みついた商人から。

 学ぼうとしていた。

「ほな」

「飯にしましょう」

「何が出ます?」

「そこ気になります?」

「一番気になります」

 商人は。

 思わず。

 笑った。

「やっぱり」

「変わった御方ですな」

 石山本願寺の夜は。

 少しだけ。

 賑やかになろうとしていた。

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