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1533年2月。庄屋衆との会話終わり。四郎兄様、五郎兄様に隣の店で混ぜ飯を売りながら顔を売ってほしいとお願いする。

八郎の説明が終わると、しばらく誰も口を開かなかった。

 隣の庄屋衆も、元からいた庄屋衆も考え込んでいる。

 やがて一人が大きく息を吐いた。

「なるほどな」

「はい」

「つまり、すぐ借金が消える魔法はないんやな」

「ないです」

 八郎は即答した。

「そこはありません」

「そうか」

「はい」

「でも」

 庄屋は笑った。

「錬金術はあるんやな」

「いやいや」

 八郎は慌てて手を振る。

「そんな大層なものじゃないです」

「大層なものや」

「違いますよ」

「違わん」

 別の庄屋も笑う。

「三歳児が、銭のない村に仕事作って、飯屋作って、湯あみ作って、職人まで動かしとる」

「……」

「普通、一生かけても五万文なんて返せん額やぞ」

「そうなんですか?」

「そうや」

 父も苦笑した。

「八郎」

「はい」

「お前、最近銭の感覚おかしいぞ」

「そうですか?」

「普通は五千文でも大金や」

「……」

「五万文なんか家一つ潰れる話や」

 八郎は少し考えてから言った。

「でも、だからこそです」

「ん?」

「皆さんが今日ここに来てくれてる理由って、僕が三歳だからじゃないですよね」

「……」

「三歳児の話を普通は聞きません」

 周りが苦笑する。

「まあ、聞かんな」

「でも来てくれてます」

「うむ」

「それは、数字があるからです」

 八郎は続ける。

「市で利益が出た」

「うむ」

「湯あみで仕事ができた」

「うむ」

「魚に値段がついた」

「うむ」

「人が動いた」

「……」

「だから聞いてもらえてるんです」

 隣の庄屋衆が感心したように見る。

「そこまで分かっとるんか」

「はい」

「だから次の市」

「うむ」

「その次の市」

「うむ」

「一つずつ数字を作ります」

「数字を?」

「はい」

「それを信用に変えます」

 場が静かになる。

「信用か」

「はい」

「銭より大事かもしれません」

「……」

「今、隣の庄屋衆の皆様が来てくれました」

「そうやな」

「でも、もっと結果が出れば」

「うむ」

「隣の隣も来るかもしれません」

「……」

「そうしたら、全部出してもらいます」

「借金をか」

「はい」

「税不足も」

「はい」

「そうしたら、本当に百六十万文なのか分かります」

 八郎は静かに言った。

「分からないものは直せません」

 その言葉に、年長の庄屋たちは深くうなずいた。

「そこからですね」

「……」

「それぞれの村で何ができるか考える」

「うむ」

「魚があるところ」

「山があるところ」

「職人がいるところ」

「人手が余っているところ」

「うむ」

「少しずつです」

 すると、一人が苦笑した。

「三歳児が一番焦ってないな」

「焦ってますよ」

「そう見えん」

「五万文ありますから」

「そうやった」

 みんな笑った。

 ただ、八郎は少し困った顔になる。

「でも」

「ん?」

「一つ問題があります」

「なんや」

「その輪の中に」

 少し間を置く。

「殿様がいないことです」

 笑っていた空気が止まった。

「……そこも分かっとるんか」

「はい」

「三歳なのに」

「三歳関係あります?」

「あるわ」

 父がため息をついた。

「ほんま、どこまで見とるんや」

「見えてるだけです」

「それが怖いんや」

 そんな話をしながら、その日の集まりは終わった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 翌日。

 八郎は四郎兄と五郎兄を呼んだ。

「兄様方」

「なんや?」

「お願いがあります」

「またか」

 二人は笑う。

「最近のお前のお願いは怖いんや」

「そんなことないですよ」

「絶対ある」

 八郎は気にせず話す。

「混ぜ飯屋を作ろうと思っています」

「また店増やすんか」

「少し違います」

「違う?」

「はい」

「混ぜ飯を売るだけが目的じゃないです」

「じゃあ何や」

「飯の拠点です」

「拠点?」

「はい」

 八郎は説明する。

「三郎兄様の炒め飯」

「うむ」

「つみれ汁屋につける飯」

「うむ」

「市で売る飯玉」

「うむ」

「全部必要です」

「まあな」

「だから作る場所を分けます」

「なるほど」

「そこで作ったものを兄様方に運んでほしいんです」

「どこへ?」

「隣の市です」

 二人が顔を見合わせる。

「もう行くんか」

「はい」

「売れるんか?」

「分かりません」

「分からんのかい」

「はい」

 八郎は笑った。

「四十個持っていって、全部売れるとは思ってません」

「なら何でや」

「顔を売るためです」

「顔?」

「はい」

「この飯を売る家がある」

「うむ」

「この人たちはちゃんと寄進する」

「うむ」

「信用できる」

「……」

「そう思ってもらうためです」

 二人は黙った。

「売れたら」

「うむ」

「その市にも寄進してください」

「寄進?」

「はい」

「まず受け入れてもらうことが大事です」

「なるほどな」

「あと」

「まだあるんか」

「はい」

 八郎は少し笑った。

「五万文を払うために、みんなで頑張ってるという話も少ししてください」

「殿様の話か」

「はい」

「言うてええんか?」

「悪口じゃないです」

「……」

「約束した五万文を払うために頑張ってます、です」

 二人は笑った。

「言い方やな」

「はい」

「でも聞いた人は思うやろな」

「何をです?」

「三歳児に五万文払わせるんかって」

「それは勝手に思うことです」

「お前、怖いな」

 五郎兄が笑った。

「違いますよ」

「いや、怖い」

「ただ」

 八郎は言う。

「隣の市でも、あいつら頑張ってるから少し場所貸してやろう、って空気になれば」

「うむ」

「次につながります」

 四郎兄はため息をついた。

「飯売りに行くだけやと思ったら」

「市を取りに行く準備やないか」

「違います」

「違わん」

 兄二人は笑う。

「ほんま八郎のお願いは怖いわ」

 でも、その顔は楽しそうだった。

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