1537年。10月3週目。兵より先に飯が京都に入る。
十月三週目。
八郎が。
相も変わらず。
食品の研究に。
余念がない頃。
その裏では。
八郎家の軍も。
静かに。
動き続けていた。
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八大都市を中心に。
集められた兵。
およそ十万。
戦を始めるためではない。
兵を。
平和ぼけさせないため。
警備。
前線勤務。
補給。
街道の守り。
それらを。
経験させるため。
順番に。
各地へ回している。
「丹後」
「丹波の一部」
「摂津」
「和泉」
「それから河内方面」
少しずつ。
兵が。
東へ寄り始める。
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当然。
細川・三好方には。
緊張が走った。
「また兵が増えたぞ」
「どこへ向かう?」
「分からぬ」
「分からぬでは困る!」
摂津方面では。
八郎軍が。
細川・三好勢を。
少しずつ。
北東へ押し上げる。
一方。
和泉は。
ほぼ。
八郎側へ。
切り取られようとしていた。
「次は河内か」
「いや」
「紀伊かもしれぬ」
「大和もあるぞ」
どちらへ向かうのか。
読めない。
それが。
余計に。
不気味だった。
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だが。
京都へ。
先に入り始めたものは。
兵ではなかった。
「これ」
「丸八の印やないか?」
京都の町。
商人が。
荷を開く。
そこから出てきたのは。
味噌。
菓子。
乾物。
新しい調味料。
そして。
各地で。
試され始めた。
食べ方の帳面だった。
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八郎領では。
すでに。
ただ。
腹を満たすだけの飯から。
「どう食べれば」
「もっと旨いか」
そんな話へ。
進み始めていた。
治安が。
以前より安定した。
街道も。
船も。
動く。
八大都市から。
物が集まる。
「食えるだけでありがたい」
そこから。
「今日は何食おう」
へ。
変わり始めている。
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その象徴のように。
丸八印の品が。
京都へ流れ込んだ。
「胡麻だれ?」
「何やそれ」
「胡麻を擦って」
「昆布のだしと垂味噌を混ぜるらしい」
さらに。
少し。
柑橘。
「青菜につけると旨いらしいぞ」
「豆腐にも?」
「石山では」
「豆腐に掛けて食うてるらしい」
「贅沢な話やな」
「いや」
「豆腐と菜っ葉やぞ」
◇
高価な食材ではない。
いつもの。
豆腐。
青菜。
茸。
そこへ。
調味料を。
一つ加えるだけ。
「それで」
「飯の楽しみが増えるんか」
「そういう考えらしい」
京都の町衆には。
それが。
少しずつ。
受け始めていた。
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別の店では。
また。
妙なものが。
出ていた。
「これは?」
「卵黄に」
「酢と油を合わせたたれや」
「卵と油?」
「それを」
胡瓜。
浅く漬けた野菜。
茹でたもの。
「少しつけて食う」
「……」
一口。
「なんやこれ」
「変やろ?」
「変やけど」
もう一口。
「旨いな」
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そんな話は。
当然。
寺社にも。
入っていった。
特に。
石山本願寺では。
胡麻だれが。
ちょっとした話題になっていた。
「肉も魚も」
「使っておらぬそうです」
「なら」
「精進にも使えるのか」
「左様で」
「青菜にも合うとか」
「豆腐にも」
僧たちが。
興味を持つ。
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そして。
その噂は。
さらに。
京都。
そして。
比叡山方面へも。
少しずつ。
流れていく。
もちろん。
比叡山が。
八郎家を。
警戒していないわけではない。
むしろ。
警戒は。
強い。
かつて。
比叡山と。
法華宗たちとの間で。
争いが起きた。
追われた者たちを。
八郎側が。
保護したこともある。
「八郎家を」
「信用してはならぬ」
そう言う者もいる。
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だが。
一方で。
「しかし」
別の僧が言う。
「あの者ら」
「何をしておるのだ?」
「兵を増やしております」
「それだけではない」
飯。
旅。
市。
宿。
借金。
町。
そして。
調味料。
「……調味料?」
「左様で」
敵か。
味方か。
それ以前に。
よく分からない。
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「普通」
土地を取れば。
年貢を取る。
兵を置く。
城を作る。
それが。
世の常。
「八郎家も」
「当然それはやっておろう」
「やっております」
「だが」
「それだけではないらしい」
農民の借金を整理する。
働き口を作る。
宿を作る。
旅をさせる。
飯を。
旨くする。
「何のために?」
「さあ」
「儲けるためでは?」
「それもあるでしょう」
「……」
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だが。
結果として。
八郎領では。
人が。
以前より。
銭を使う。
旅をする。
飯を選ぶ。
「戦で」
「土地を取るだけとは」
「少し違うな」
一人の僧が。
ぽつりと言った。
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まだ。
比叡山が。
八郎側へ。
寄ったわけではない。
六角も。
警戒している。
細川・三好とも。
争いは続いている。
それでも。
「胡麻だれというもの」
「一度」
「食うてみたいものですな」
「そこですか」
「食わずに悪く言うのも」
「どうかと思うてな」
僧たちの間に。
小さな笑いが起こった。
◇
十月三週目。
八郎家の。
十万の兵が。
ゆっくりと。
畿内へ近づいていた。
細川。
三好。
六角。
比叡山。
周辺勢力は。
その動きを。
警戒する。
だが。
兵より先に。
京都へ入り込んでいたものがある。
丸八印。
胡麻だれ。
味噌。
新しい飯。
そして。
「八郎領では」
「暮らし方そのものが」
「少し変わっているらしい」
という噂だった。
城を取るより。
先に。
飯が入る。
兵を進めるより。
先に。
人の興味が動く。
それが。
これから。
畿内をどう変えていくのか。
まだ。
誰にも。
分からなかった。




