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1019/1033

1537年。10月3週目。兵より先に飯が京都に入る。

十月三週目。

 八郎が。

 相も変わらず。

 食品の研究に。

 余念がない頃。

 その裏では。

 八郎家の軍も。

 静かに。

 動き続けていた。

・・・・・・・・・・・・・・

 八大都市を中心に。

 集められた兵。

 およそ十万。

 戦を始めるためではない。

 兵を。

 平和ぼけさせないため。

 警備。

 前線勤務。

 補給。

 街道の守り。

 それらを。

 経験させるため。

 順番に。

 各地へ回している。

「丹後」

「丹波の一部」

「摂津」

「和泉」

「それから河内方面」

 少しずつ。

 兵が。

 東へ寄り始める。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 当然。

 細川・三好方には。

 緊張が走った。

「また兵が増えたぞ」

「どこへ向かう?」

「分からぬ」

「分からぬでは困る!」

 摂津方面では。

 八郎軍が。

 細川・三好勢を。

 少しずつ。

 北東へ押し上げる。

 一方。

 和泉は。

 ほぼ。

 八郎側へ。

 切り取られようとしていた。

「次は河内か」

「いや」

「紀伊かもしれぬ」

「大和もあるぞ」

 どちらへ向かうのか。

 読めない。

 それが。

 余計に。

 不気味だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 だが。

 京都へ。

 先に入り始めたものは。

 兵ではなかった。

「これ」

「丸八の印やないか?」

 京都の町。

 商人が。

 荷を開く。

 そこから出てきたのは。

 味噌。

 菓子。

 乾物。

 新しい調味料。

 そして。

 各地で。

 試され始めた。

 食べ方の帳面だった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎領では。

 すでに。

 ただ。

 腹を満たすだけの飯から。

「どう食べれば」

「もっと旨いか」

 そんな話へ。

 進み始めていた。

 治安が。

 以前より安定した。

 街道も。

 船も。

 動く。

 八大都市から。

 物が集まる。

「食えるだけでありがたい」

 そこから。

「今日は何食おう」

 へ。

 変わり始めている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その象徴のように。

 丸八印の品が。

 京都へ流れ込んだ。

「胡麻だれ?」

「何やそれ」

「胡麻を擦って」

「昆布のだしと垂味噌を混ぜるらしい」

 さらに。

 少し。

 柑橘。

「青菜につけると旨いらしいぞ」

「豆腐にも?」

「石山では」

「豆腐に掛けて食うてるらしい」

「贅沢な話やな」

「いや」

「豆腐と菜っ葉やぞ」

     ◇

 高価な食材ではない。

 いつもの。

 豆腐。

 青菜。

 茸。

 そこへ。

 調味料を。

 一つ加えるだけ。

「それで」

「飯の楽しみが増えるんか」

「そういう考えらしい」

 京都の町衆には。

 それが。

 少しずつ。

 受け始めていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 別の店では。

 また。

 妙なものが。

 出ていた。

「これは?」

「卵黄に」

「酢と油を合わせたたれや」

「卵と油?」

「それを」

 胡瓜。

 浅く漬けた野菜。

 茹でたもの。

「少しつけて食う」

「……」

 一口。

「なんやこれ」

「変やろ?」

「変やけど」

 もう一口。

「旨いな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんな話は。

 当然。

 寺社にも。

 入っていった。

 特に。

 石山本願寺では。

 胡麻だれが。

 ちょっとした話題になっていた。

「肉も魚も」

「使っておらぬそうです」

「なら」

「精進にも使えるのか」

「左様で」

「青菜にも合うとか」

「豆腐にも」

 僧たちが。

 興味を持つ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 その噂は。

 さらに。

 京都。

 そして。

 比叡山方面へも。

 少しずつ。

 流れていく。

 もちろん。

 比叡山が。

 八郎家を。

 警戒していないわけではない。

 むしろ。

 警戒は。

 強い。

 かつて。

 比叡山と。

 法華宗たちとの間で。

 争いが起きた。

 追われた者たちを。

 八郎側が。

 保護したこともある。

「八郎家を」

「信用してはならぬ」

 そう言う者もいる。

・・・・・・・・・・・・・・・

 だが。

 一方で。

「しかし」

 別の僧が言う。

「あの者ら」

「何をしておるのだ?」

「兵を増やしております」

「それだけではない」

 飯。

 旅。

 市。

 宿。

 借金。

 町。

 そして。

 調味料。

「……調味料?」

「左様で」

 敵か。

 味方か。

 それ以前に。

 よく分からない。

・・・・・・・・・・・・・

「普通」

 土地を取れば。

 年貢を取る。

 兵を置く。

 城を作る。

 それが。

 世の常。

「八郎家も」

「当然それはやっておろう」

「やっております」

「だが」

「それだけではないらしい」

 農民の借金を整理する。

 働き口を作る。

 宿を作る。

 旅をさせる。

 飯を。

 旨くする。

「何のために?」

「さあ」

「儲けるためでは?」

「それもあるでしょう」

「……」

・・・・・・・・・・・・・・・

 だが。

 結果として。

 八郎領では。

 人が。

 以前より。

 銭を使う。

 旅をする。

 飯を選ぶ。

「戦で」

「土地を取るだけとは」

「少し違うな」

 一人の僧が。

 ぽつりと言った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 まだ。

 比叡山が。

 八郎側へ。

 寄ったわけではない。

 六角も。

 警戒している。

 細川・三好とも。

 争いは続いている。

 それでも。

「胡麻だれというもの」

「一度」

「食うてみたいものですな」

「そこですか」

「食わずに悪く言うのも」

「どうかと思うてな」

 僧たちの間に。

 小さな笑いが起こった。

     ◇

 十月三週目。

 八郎家の。

 十万の兵が。

 ゆっくりと。

 畿内へ近づいていた。

 細川。

 三好。

 六角。

 比叡山。

 周辺勢力は。

 その動きを。

 警戒する。

 だが。

 兵より先に。

 京都へ入り込んでいたものがある。

 丸八印。

 胡麻だれ。

 味噌。

 新しい飯。

 そして。

「八郎領では」

「暮らし方そのものが」

「少し変わっているらしい」

 という噂だった。

 城を取るより。

 先に。

 飯が入る。

 兵を進めるより。

 先に。

 人の興味が動く。

 それが。

 これから。

 畿内をどう変えていくのか。

 まだ。

 誰にも。

 分からなかった。

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