1537年。10月1週目。領地を取るのではなく預かりましょう。
将軍家の使者が。
姫路を出たあと。
八郎は。
しばらく。
書状を眺めていた。
「……ややこしくなりましたね」
三郎が。
横から言う。
「京都に近づけば」
「もっとややこしくなるぞ」
「でしょうねえ」
八郎は。
地図を広げた。
摂津。
和泉。
河内。
丹波。
そして。
京都。
・・・・・・・・・・・・・
「ほな」
八郎は。
しばらく考えてから。
指を一本立てた。
「一個」
「段階を増やしましょう」
「段階?」
「村とか町が」
八郎家へ。
入りたい。
面倒を見ほしい。
そう言ってきた時。
「今までは」
「割とそのまま受けてたでしょう?」
「そうやな」
「これからは」
正式に。
一筆。
もらう。
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「嘆願書みたいなもんですか?」
「そんな感じですね」
ただし。
一人の名だけでは。
困る。
村長。
有力者。
寺。
商人。
百姓。
「代表一人やと」
「後で」
「あいつが勝手に決めたとか」
「言われるでしょう」
「それはあるな」
「ほな」
連判にする。
誰が。
一番偉いのか。
分からないように。
「円形に名前書いてもらうとか」
「傘連判みたいに?」
「やり方は向こうに任せましょう」
◇
大事なのは。
形ではない。
「村や町の人たちが」
「自分らで」
「八郎家に面倒見てほしい」
そう。
意思を示したという。
記録である。
「それがあったら」
「少なくとも」
「こっちから勝手に土地取った」
「だけにはならんでしょう?」
三郎が。
少し考える。
「将軍家が納得するか?」
「しないと思います」
「即答かい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
八郎は続けた。
「住んでる人らは」
「納得するでしょう」
八郎家は。
領主の家を。
潰したいわけではない。
土地を。
何でも欲しいわけでもない。
「ただ」
細川。
三好。
あるいは。
将軍家の支配下にいるより。
「八郎領になった方が」
「まだ暮らしがましです」
そう。
現地の者たちが。
判断したなら。
「一旦」
「うちで預かりましょう」
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「預かる?」
夏姫が聞く。
「はい」
「領地にする、ではなく?」
「それやと」
また。
話がややこしい。
「民の嘆願があったので」
「治まるまで」
「八郎家が預かる」
道を直す。
借金を見る。
市を立てる。
飯を確保する。
治安を戻す。
「ほんで」
元の領主が。
ちゃんと治められるようになった。
あるいは。
将軍家が。
本当に。
現地を安定させられる。
「そうなったら」
「返す話もできますよ」
◇
三郎が。
八郎を。
じっと見た。
「ほんまに返すんか?」
「返す気はありますよ」
「条件付きやろ」
「そらそうでしょう」
返した途端。
また。
重い取り立て。
戦。
借金。
兵の徴発。
「元に戻ったら意味ないでしょう」
「……まあな」
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「京都の周りって」
八郎は。
以前の話を思い出した。
「比叡山と」
「周りの衆が揉めたり」
「いろいろあったでしょう」
「ありましたな」
「今」
あの頃より。
ずっと。
まともになっているなら。
「無理して」
「こちらが入り込む必要ないですよ」
地元で。
ちゃんと。
飯が食える。
商売できる。
治安が保たれている。
「それなら」
「そのままでええです」
・・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
相変わらず。
争い。
徴発。
借金。
取り立て。
町も村も。
荒れている。
そこへ。
八郎家が。
「面倒見ますよ」
「借金整理しますよ」
「仕事も作りますよ」
そう言って。
実際に。
銭まで出す。
「そら」
八郎は。
肩をすくめる。
「こっち来たいって」
「言う人も出るでしょう」
「でしょうな」
・・・・・・・・・・・・・・
「ほな」
尼子家の姫が聞いた。
「京都の町から」
「八郎家へ入りたいと」
「嘆願が来れば?」
「まず中身見ます」
「すぐ受けるのではなく?」
「さすがに京都ですよ」
八郎も。
苦笑した。
「気使いますよ」
「八郎様にも」
「そういうお気持ちが?」
「ありますよ」
「失礼しました」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず」
誰が。
困っているのか。
何に。
困っているのか。
どれくらい。
地元の合意があるのか。
「そこ見て」
「ほんまに必要なら」
「預かる」
そして。
領主家をどうするのか。
寺社をどう扱うのか。
将軍家と。
どう話をつけるのか。
「それは」
「後から考えましょう」
三郎が。
ため息をついた。
「一番面倒なん」
「後回しにしただけちゃうか?」
「そうとも言います」
・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
本願寺の僧が。
少し笑いながら言った。
「理屈としては」
「分からぬでもありませぬ」
「でしょう?」
「民が望んで」
「八郎家が一時預かる」
「はい」
「将軍家が」
「その理屈で納得されるかは」
「別でございますが」
「そこなんですよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は。
頭を抱えた。
「将軍側は」
「絶対納得せんでしょうね」
「でしょうな」
「でも」
「住民は納得する」
「おそらく」
「……」
「揉めますね」
三郎が。
笑った。
「絶対揉めるな」
・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は。
地図の。
京都周辺を。
じっと見る。
「まあ」
「最初から」
「全部取るとか考えんと」
一つずつ。
嘆願を確認する。
一つずつ。
帳面を見る。
一つずつ。
困っているところへ。
手を入れる。
「今まで通り」
「やりましょう」
「今まで通りやった結果」
三郎が言う。
「ここまで来たんやぞ」
「……」
八郎は。
少し黙ってから。
笑った。
「それ言われたら」
「何も言えませんね」
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十月一週目。
将軍家との話は。
まとまらなかった。
それでも。
八郎家の側では。
次の一手だけは。
少しずつ。
形になり始めていた。
土地を奪うのではない。
民が望むなら。
一旦。
預かる。
その理屈が。
日の本の権威に。
どこまで通じるのか。
それは。
まだ。
誰にも。
分からなかった。




