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1012/1033

1537年。10月1週目。領地を取るのではなく預かりましょう。

将軍家の使者が。

 姫路を出たあと。

 八郎は。

 しばらく。

 書状を眺めていた。

「……ややこしくなりましたね」

 三郎が。

 横から言う。

「京都に近づけば」

「もっとややこしくなるぞ」

「でしょうねえ」

 八郎は。

 地図を広げた。

 摂津。

 和泉。

 河内。

 丹波。

 そして。

 京都。

・・・・・・・・・・・・・

「ほな」

 八郎は。

 しばらく考えてから。

 指を一本立てた。

「一個」

「段階を増やしましょう」

「段階?」

「村とか町が」

 八郎家へ。

 入りたい。

 面倒を見ほしい。

 そう言ってきた時。

「今までは」

「割とそのまま受けてたでしょう?」

「そうやな」

「これからは」

 正式に。

 一筆。

 もらう。

・・・・・・・・・・・・・・・

「嘆願書みたいなもんですか?」

「そんな感じですね」

 ただし。

 一人の名だけでは。

 困る。

 村長。

 有力者。

 寺。

 商人。

 百姓。

「代表一人やと」

「後で」

「あいつが勝手に決めたとか」

「言われるでしょう」

「それはあるな」

「ほな」

 連判にする。

 誰が。

 一番偉いのか。

 分からないように。

「円形に名前書いてもらうとか」

「傘連判みたいに?」

「やり方は向こうに任せましょう」

     ◇

 大事なのは。

 形ではない。

「村や町の人たちが」

「自分らで」

「八郎家に面倒見てほしい」

 そう。

 意思を示したという。

 記録である。

「それがあったら」

「少なくとも」

「こっちから勝手に土地取った」

「だけにはならんでしょう?」

 三郎が。

 少し考える。

「将軍家が納得するか?」

「しないと思います」

「即答かい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 八郎は続けた。

「住んでる人らは」

「納得するでしょう」

 八郎家は。

 領主の家を。

 潰したいわけではない。

 土地を。

 何でも欲しいわけでもない。

「ただ」

 細川。

 三好。

 あるいは。

 将軍家の支配下にいるより。

「八郎領になった方が」

「まだ暮らしがましです」

 そう。

 現地の者たちが。

 判断したなら。

「一旦」

「うちで預かりましょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「預かる?」

 夏姫が聞く。

「はい」

「領地にする、ではなく?」

「それやと」

 また。

 話がややこしい。

「民の嘆願があったので」

「治まるまで」

「八郎家が預かる」

 道を直す。

 借金を見る。

 市を立てる。

 飯を確保する。

 治安を戻す。

「ほんで」

 元の領主が。

 ちゃんと治められるようになった。

 あるいは。

 将軍家が。

 本当に。

 現地を安定させられる。

「そうなったら」

「返す話もできますよ」

     ◇

 三郎が。

 八郎を。

 じっと見た。

「ほんまに返すんか?」

「返す気はありますよ」

「条件付きやろ」

「そらそうでしょう」

 返した途端。

 また。

 重い取り立て。

 戦。

 借金。

 兵の徴発。

「元に戻ったら意味ないでしょう」

「……まあな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「京都の周りって」

 八郎は。

 以前の話を思い出した。

「比叡山と」

「周りの衆が揉めたり」

「いろいろあったでしょう」

「ありましたな」

「今」

 あの頃より。

 ずっと。

 まともになっているなら。

「無理して」

「こちらが入り込む必要ないですよ」

 地元で。

 ちゃんと。

 飯が食える。

 商売できる。

 治安が保たれている。

「それなら」

「そのままでええです」

・・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 相変わらず。

 争い。

 徴発。

 借金。

 取り立て。

 町も村も。

 荒れている。

 そこへ。

 八郎家が。

「面倒見ますよ」

「借金整理しますよ」

「仕事も作りますよ」

 そう言って。

 実際に。

 銭まで出す。

「そら」

 八郎は。

 肩をすくめる。

「こっち来たいって」

「言う人も出るでしょう」

「でしょうな」

・・・・・・・・・・・・・・

「ほな」

 尼子家の姫が聞いた。

「京都の町から」

「八郎家へ入りたいと」

「嘆願が来れば?」

「まず中身見ます」

「すぐ受けるのではなく?」

「さすがに京都ですよ」

 八郎も。

 苦笑した。

「気使いますよ」

「八郎様にも」

「そういうお気持ちが?」

「ありますよ」

「失礼しました」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「まず」

 誰が。

 困っているのか。

 何に。

 困っているのか。

 どれくらい。

 地元の合意があるのか。

「そこ見て」

「ほんまに必要なら」

「預かる」

 そして。

 領主家をどうするのか。

 寺社をどう扱うのか。

 将軍家と。

 どう話をつけるのか。

「それは」

「後から考えましょう」

 三郎が。

 ため息をついた。

「一番面倒なん」

「後回しにしただけちゃうか?」

「そうとも言います」

・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 本願寺の僧が。

 少し笑いながら言った。

「理屈としては」

「分からぬでもありませぬ」

「でしょう?」

「民が望んで」

「八郎家が一時預かる」

「はい」

「将軍家が」

「その理屈で納得されるかは」

「別でございますが」

「そこなんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は。

 頭を抱えた。

「将軍側は」

「絶対納得せんでしょうね」

「でしょうな」

「でも」

「住民は納得する」

「おそらく」

「……」

「揉めますね」

 三郎が。

 笑った。

「絶対揉めるな」

・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は。

 地図の。

 京都周辺を。

 じっと見る。

「まあ」

「最初から」

「全部取るとか考えんと」

 一つずつ。

 嘆願を確認する。

 一つずつ。

 帳面を見る。

 一つずつ。

 困っているところへ。

 手を入れる。

「今まで通り」

「やりましょう」

「今まで通りやった結果」

 三郎が言う。

「ここまで来たんやぞ」

「……」

 八郎は。

 少し黙ってから。

 笑った。

「それ言われたら」

「何も言えませんね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 十月一週目。

 将軍家との話は。

 まとまらなかった。

 それでも。

 八郎家の側では。

 次の一手だけは。

 少しずつ。

 形になり始めていた。

 土地を奪うのではない。

 民が望むなら。

 一旦。

 預かる。

 その理屈が。

 日の本の権威に。

 どこまで通じるのか。

 それは。

 まだ。

 誰にも。

 分からなかった。

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