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1010/1033

1537年。十月一週目 勝っている時こそ、兵を回しましょう

 十月一週目。

 姫路。

 月が変わったところで。

 恒例の帳面合わせが始まっていた。

「九月四週目と」

「十月一週目」

「二週分を合わせます」

「はい」

 各地から届いた帳面を。

 一つずつ確認する。

 交易。

 市。

 宿。

 料理。

 旅。

 石見銀山。

 八大都市。

 そして。

 新しく広がりつつある摂津、和泉方面。

 まだ整理しきれていない部分もあるものの。

 二週分を。

 大きく合わせると。

「十二億文ほどになります」

「……」

 八郎が。

 帳面を見る。

「また増えましたね」

「その言い方で済ませる額ではございませんが」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「今回は」

 八郎が言う。

「全部積みましょう」

「全部?」

「はい」

 新しく八郎側へ入った村。

 降った砦。

 借金整理を始めた地域。

 細川・三好方との境目。

 まだ。

 どこからどこまでを。

 正式な八郎領として扱うのか。

 線引きが終わっていない。

「今使う先を無理に決めるより」

「いったん置いておく?」

「そうです」

「しかし」

 三郎が呆れる。

「もう積み上がりすぎて」

「何が何やら分からんぞ」

「帳面には書いてありますから」

「そういう話ちゃうねん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夏姫も。

 積み上がった数字を見ながら。

「そこまで銭を残されるのですか?」

「残しますよ」

「今は順調ですのに?」

「今が順調やからです」

 八郎は。

 少し真面目な顔になる。

「このままずっと」

「うまくいく保証ないでしょう」

 八郎領が。

 これからも増え続けるのか。

 どこかで。

 大きな戦になるのか。

 災害が来るのか。

 不作になるのか。

「何があるか分かりません」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「最悪」

 八郎は言う。

「領地経営で何かあっても」

 八郎商会として。

 商売を続けられるだけの。

 銭は持っておきたい。

「えらい慎重ですな」

 本願寺の僧が笑う。

「いやいや」

 八郎は首を振った。

「こういう時こそでしょう」

 勝っている。

 儲かっている。

 土地が増えている。

 だからこそ。

「一番怖いの、慢心ですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は。

 今度は。

 軍の帳面を見る。

「これ」

「はい?」

「遠いところに置いてる警備兵」

「どうかしました?」

「腑抜けてません?」

「……」

 三郎が。

 少し考え込んだ。

 鹿児島。

 熊本。

 博多。

 山口。

 出雲。

 高松。

 湯築。

 姫路。

 八大都市を中心に。

 当然。

 守りの兵は置かれている。

 だが。

 最近。

 大きな戦は。

 西ではほとんどない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「前は」

 八郎が言う。

「包囲網の時」

 二十万規模の兵を。

 各地で動かしていた。

「それに比べたら」

 今。

 実際に前へ出している兵は。

 かなり少ない。

「三万とか」

「地域ごとの兵ですからな」

「でしょう?」

「確かに」

 後方では。

 毎日。

 警備。

 訓練。

 巡回。

 それだけ。

「安心しすぎてる可能性はありますな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うち」

 八郎が。

 ぽつりと言った。

「仕組みで勝ってるだけですからね」

「仕組み?」

「飯」

「補給」

「銭」

「借金整理」

「人の流れ」

 兵そのものが。

 日の本一。

 異常に強いわけではない。

「そこ勘違いしたら」

 八郎は。

 地図を指差す。

「ほんまに強い相手と当たった時」

「崩れますよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 特に。

 守るものがある者は。

 強い。

 城。

 土地。

 家族。

 家。

「攻める側が」

「なんとなく勝てるやろで行くのが」

「一番怖いです」

「では」

 三郎が聞く。

「兵を定期的に前線へ?」

「それです」

 前線に近い場所へ。

 一定期間。

 兵を回す。

 実際に。

 夜番をする。

 補給を見る。

 砦を守る。

 敵の動きを見る。

「戦わせる必要はないんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「緊張感だけでも」

「全然違いますからね」

 八大都市を中心に。

 兵を少しずつ交代させる。

 一度に大量ではない。

 何百。

 何千。

 順番に。

「前線勤務ですか」

「そんな感じですね」

「また制度作るんですか?」

「制度にせんと回らんでしょう」

 三郎が笑った。

「結局また仕事増えたな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 八郎は。

 少し楽しそうに言う。

「兵にとっても悪ないですよ」

「何が?」

「いろんな土地行けるでしょう」

「……はい?」

 鹿児島の兵が。

 播磨を見る。

 博多の兵が。

 石山を見る。

 高松の兵が。

 小浜へ行く。

「この世の中」

 普通に生きてたら。

 生まれた村から。

 ほとんど出ない者も多い。

「前線勤務言うても」

 戦がなければ。

 別の国を。

 見ることができる。

 食べたことのない飯。

 違う言葉。

 違う町。

 違う商売。

「それ」

「一種のご褒美にもなりません?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 三郎が。

 八郎を見た。

「またずれてきたぞ」

「何がです?」

「兵の質の話してたんやろ」

「そうですよ」

「なんで旅行の話になっとんねん」

「いやいや」

 八郎は笑う。

「両方でええでしょう」

 兵として。

 経験を積む。

 同時に。

 外の世界を見る。

「帰ってきたら」

 その土地で。

 見たものを。

 話す。

「それだけでも」

「八郎領の中が」

「少し近くなると思うんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夏姫が。

 小さく笑った。

「結局」

「はい?」

「兵の話から」

「また旅と飯へ行きそうですね」

「飯までは言ってませんよ」

「今、食べたことのない飯と」

「言われました」

「……言いましたね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 十月一週目。

 二週で稼いだ。

 十二億文は。

 ひとまず。

 そのまま積み上げることになった。

 そして。

 領土が増え。

 勝ち戦が続く中で。

 八郎は。

 次に。

 兵をどう強く保つかを。

 考え始めていた。

「勝ってる時ほど」

 八郎が言う。

「ちゃんとやりましょう」

「負け始めてから」

「慌てても遅いですからね」

 七歳の領主は。

 大金を前にしても。

 浮かれるより先に。

 次に失敗する可能性を。

 帳面の余白へ。

 書き始めていた。

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