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1009/1033

1537年。九月四週目 堺は堺のままでよろしいですよ

 九月四週目。

 和泉の戦線では。

 細川・三好方が。

 少しずつ。

 南から押し込まれていた。

 城や砦は。

 まだ残っている。

 だが。

 周囲の村が。

 先に八郎方へ寄る。

 商人も。

 人足も。

 元三好兵も。

 少しずつ。

 西側へ流れている。

 その様子を。

 じっと見ていた者たちがいた。

 堺の商人衆である。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「……これ」

 一人が地図を見ながら言う。

「ほんまに堺まで来るんちゃうか?」

「来るやろな」

「ほな」

「八郎家との付き合い、どうする?」

 当然。

 考えなければならない。

 ただ。

 商人たちの空気は。

 そこまで暗くなかった。

「三好殿と話するより」

「八郎家の方が商売はしやすそうやけどな」

「それは思う」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎家には。

 八郎商会がある。

 飯。

 宿。

 交易。

 船。

 市。

 旅。

 焼き物。

 職人。

 扱うものは。

 とんでもなく多い。

「八郎様自身」

「商売の話は早いらしいからな」

「儲かるならやる」

「駄目なら止める」

「分かりやすいわ」

 それに。

 全部を独占しようとはしない。

「同じもん売ったら競うやろけど」

「別のもん持っていったらええんちゃうか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 堺には。

 堺の強みがある。

 反物。

 細工物。

 遠国の珍しい品。

 高級な道具。

 舶来品。

「八郎様、珍しいもん好きやろ」

「好きやろな」

「飯でも何でも新しいもん試しとる」

「ほな」

 丸八と。

 真正面から競わず。

「こっちはこっちの品を売る」

「向こうの交易にも乗る」

「それなら」

「一緒に栄えられるかもしれんな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ただし。

 一つだけ。

 問題がある。

「支配されるとなると話は別や」

 堺の自治。

 これは。

 簡単に手放せるものではない。

「八郎家が」

「城下町みたいに堺を治める言うたら」

「それは揉めるな」

「聞くだけ聞きに行こう」

 こうして。

 堺の商人たちから。

 数人が。

 姫路へ向かうことになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「遠いところ、ありがとうございます」

 姫路。

 八郎は。

 いつもの調子で。

 堺商人を迎えた。

「八郎様」

「はい」

「単刀直入に伺っても?」

「どうぞ」

「今の戦の進み方を見ますと」

 和泉。

 そして。

 堺の周辺まで。

 八郎家の力が。

 近いうちに届く可能性がある。

「その時」

「はい」

「堺は、どうされるおつもりで?」

 八郎は。

 少し考えた。

「別に」

「はい?」

「好きにしてもらったらええですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 商人たちが。

 顔を見合わせる。

「……好きに?」

「はい」

「自治については?」

「今まで通りでええんちゃいます?」

「よろしいので?」

「堺のこと」

 八郎は笑う。

「堺の人が一番分かってるでしょう」

 無理に。

 八郎家の役人を大量に入れる。

 そんなつもりはない。

「取引増えたら」

「僕としては、なおええです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ」

 八郎は続ける。

「堺の外の村は別ですよ」

「と申されますと?」

「借金ありますでしょう」

 農民。

 小さな商人。

 職人。

 戦で困っている家。

「そこは整理します」

「八郎家で?」

「はい」

 借金を減らす。

 仕事を増やす。

 生活を立て直す。

「でも」

 八郎は。

 堺商人を見る。

「それ、皆さんにも悪い話ちゃうでしょう?」

「……確かに」

 借金で。

 何も買えない農民より。

 少し余裕がある農民の方が。

 商人にとっても。

 客になる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「購買する人が増えますからね」

 八郎が言う。

「なるほど」

「あと」

「はい?」

「寺社市」

 八郎家では。

 寺や神社で。

 市を開くことがある。

 商人。

 八郎商会。

 寺社。

 利益を分ける。

「堺の商人さんも」

「そこへ入ってもらったらええですよ」

「我らも?」

「はい」

「利益は?」

「三分の一ぐらい取ってもらったら」

 商人の目が。

 少し変わった。

「……それ」

「はい」

「参加する意味、十分ありますな」

「でしょう?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「勉強させてもらいますわ」

「ぜひぜひ」

 八郎は。

 あっさりしていた。

「まあ」

「はい?」

「今すぐ堺をどうこうする話でもないですけどね」

 和泉でも。

 まだ。

 三好方の城は残っている。

「一個ずつ」

 村。

 砦。

 城。

「丁寧にやってるところですから」

「確かに」

「皆さんも」

 八郎は。

 少し声を落とした。

「今は三好さんとの付き合いあるでしょう」

 急に。

 態度を変えれば。

 堺側も困る。

「そこまで無理して」

「今すぐこっち向かんでもええですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 堺商人たちは。

 また。

 顔を見合わせた。

「そこまで」

 一人が。

 苦笑しながら言う。

「こちらの立場まで考えていただけるとは」

「いやいや」

 八郎も笑う。

「商売相手に無理させたら」

「長続きせんでしょう」

「……なるほど」

「もし」

 いつか。

 八郎家が。

 本当に堺のすぐそばまで来たなら。

「その時」

「改めて話しましょう」

「自治を残したまま?」

「ええですよ」

「交易は?」

「どんどんしてください」

「市への参加も?」

「ぜひ」

・・・・・・・・・・・・・・・

 帰り道。

 堺の商人たちは。

 少し拍子抜けしていた。

「もっと」

「堺を寄越せとか言われると思ったな」

「わしもや」

「でも」

 一人が笑う。

「商売の話しかせんかったな」

「そこが八郎様らしいんやろ」

 三好。

 細川。

 八郎。

 誰が。

 この先。

 畿内を押さえるのか。

 それは。

 まだ分からない。

 だが。

 堺の商人たちにとって。

 一つだけ。

 分かったことがある。

「少なくとも」

「八郎家とは」

「商売できそうやな」

 九月四週目。

 八郎軍は。

 まだ堺へ入っていない。

 それでも。

 城や砦より先に。

 商人たちとの道だけは。

 もう。

 静かにつながり始めていた。

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