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1537年。9月4週目。7日に1度味噌を変えましょう。旅行気分を味わう。

九月四週目。

 姫路城。

「最近」

 三郎が。

 八郎の顔を見ながら言った。

「領地のことより、飯のこと考えてへんか?」

「いやいや」

 八郎は首を振る。

「領地のことも考えてますよ」

「ほんまか?」

「もちろんです」

 少し間を置いて。

「ただ、ごまのことが頭から離れんだけです」

「やっぱ飯やないか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ごまって」

 八郎は。

 小さな鉢に入ったごまを見る。

「もっと使えると思うんですよ」

 炒ったごまを。

 すり鉢で。

 ごりごり。

 細かく潰していく。

「味噌みたいになるまで擦ってみてください」

「結構大変ですぞ」

「そこは頑張って」

「八郎様は簡単に申されますな」

 そこへ。

 だし。

 少しの味噌。

 ほんの少し蜂蜜。

 塩気を整える。

「これ」

 八郎が。

 青菜へ絡める。

「食べてみてください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……お」

 三郎が。

 一口。

「香り強いな」

「でも旨いでしょう?」

「甘じょっぱい」

 別の者も。

 青菜を食べる。

「いつもの味噌和えとも違いますな」

「でしょう?」

 豆腐にも。

 少し乗せてみる。

「これも合いますね」

「豆腐にごまですか」

「豆腐自体、味淡いでしょう」

 そこへ。

 濃いごまの香り。

「酒の肴にもなるんちゃいます?」

「また酒飲まれへん人が酒の肴考えとる」

「売れたらええんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「しかし」

 夏姫が。

 呆れたように笑う。

「また調味料が増えましたね」

「増えた方が楽しいでしょう」

「まだ増やすおつもりで?」

「味噌もありますしね」

 三郎が。

 頭を抱えた。

「まだ味噌やるんか」

「味噌こそやりますよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最近。

 八郎商会では。

 各地の味噌を。

 少しずつ集め始めている。

 九州。

 山口。

 出雲。

 高松。

 播磨。

 摂津。

 土地によって。

 甘み。

 塩気。

 香り。

 使う穀物まで。

 少しずつ違う。

「これ」

 八郎が言った。

「七日に一度ぐらい」

「はい?」

「味噌替えの日、作りません?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「味噌替え?」

「普段は姫路の味噌汁でしょう」

「そうですな」

「七日に一回だけ」

 例えば。

 九州の味噌。

 次は。

 山口。

 その次は。

 高松。

「今日は九州の味ですよ、みたいにするんです」

「それだけ?」

「それだけです」

 三郎が首を傾げる。

「何が面白いんや?」

「旅行気分ですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎領は。

 広い。

 だが。

 全員が。

 九州へ行けるわけではない。

 出雲にも。

 山口にも。

 高松にも。

 簡単には行けない。

「でも飯なら」

 その土地の味を。

 持ってこられる。

「今日は博多の味噌」

「来週は鹿児島」

「その次は出雲」

「なるほど」

 姫君たちも。

 少し興味を持ち始める。

「それなら」

 大友家の三女が言う。

「その土地の料理も一つ添えてはいかがです?」

「それです」

 八郎が。

 すぐ食いついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「酒も変えましょう」

「酒まで?」

「八大都市や小浜に」

 各地の酒が。

 少しずつ集まっている。

 普段は。

 地元の酒。

 だが。

 味噌替えの日だけ。

「今日は山口の酒」

「次は高松」

「その次は九州」

 珍しい。

 遠くの酒。

「ちょっと高くても売れるでしょう」

「結局そこですか」

「いやいや」

 八郎は笑う。

「日常に彩りを添えるんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 毎日。

 珍しいものを出せば。

 珍しくなくなる。

 銭もかかる。

「七日に一回ぐらいがええんです」

 今日は。

 いつもと違う。

「それだけで」

 食事が。

 少し楽しみになる。

「次はどこの味やろって」

 八郎は笑った。

「待つ楽しみもできるでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「食べるための飯から」

 夏姫が言う。

「楽しむための飯へ、でございますか?」

「そうそう」

 八郎は頷く。

「衣食住って」

 まず。

 足りることが大事。

 だが。

 足り始めたなら。

「次は楽しくしたいでしょう」

 住むところも。

 長屋がある。

 布団も。

 最初に銭がなくても。

 帳面へ付けて買える。

「働いて返したらええんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「着るものは」

 尼子家の姫が聞く。

「そこはまだまだですね」

「では次は衣でございますね」

「待ってください」

 八郎が。

 慌てて止める。

「これ以上仕事増やさんといてください」

「八郎様がおっしゃいます?」

 三郎が笑う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 試しに。

 姫路の八郎商会の店で。

 最初の。

 味噌替えの日をやってみた。

 本日は。

 九州の味。

 少し甘めの味噌汁。

 魚。

 ごまを使った青菜。

 酒も。

 西から運んできたもの。

「何やこれ」

「いつもの汁とちゃうな」

「甘いな」

「でも旨いぞ」

 客たちは。

 思った以上に。

 楽しんでいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「次どこや?」

「来週?」

「出雲らしいぞ」

「蕎麦も出るんか?」

 そんな声まで。

 聞こえ始めた。

「……当たりましたね」

 三郎が。

 少し呆れる。

「当たりましたねえ」

 八郎も。

 嬉しそうだった。

「最近」

 夏姫が言う。

「何でも当たりますね」

「それ」

 八郎が。

 少し嫌そうな顔をする。

「僕も思ってるんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ここまで当たると」

「はい?」

「そろそろ何か」

 ものすごく。

 悪いことでも。

 降ってきそうで。

「怖いんですよね」

「八郎様」

「はい?」

「縁起でもないことを申さないでくださいませ」

「いやいや」

 八郎は笑う。

「僕かて」

 全部。

 適当にやっているわけではない。

「一個ずつ考えて」

 試して。

 帳面を取って。

 駄目なら止める。

「それだけですよ」

・・・・・・・・・・・・

 九月四週目。

 和泉では。

 まだ。

 細川・三好との戦が続いている。

 城も。

 砦も。

 一つずつ。

 八郎側へ傾いていた。

 その一方。

 姫路では。

 新しいごまだれが生まれ。

 七日に一度。

 遠くの味を楽しむ日まで。

 始まろうとしていた。

 戦。

 交易。

 町。

 飯。

 八郎の頭の中では。

 相変わらず。

 全部が。

 同じ速さで動いている。

「次、どこの味噌にします?」

「八郎」

「はい?」

「ほんま飯のことばっかりやな」

「楽しいんやから、ええでしょう」

 七歳の八郎は。

 そう言って。

 また。

 ごまの入った鉢を。

 覗き込んでいた。

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