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1006/1033

1537年。九月四週目 城を落とす前に、人が離れていました

 九月四週目。

 和泉方面。

 八郎軍。

 およそ三万。

 その兵が。

 いよいよ。

 南側へ大きく展開し始めていた。

「この村も、八郎家へ入りたいと?」

「はい」

「こちらも?」

「左様でございます」

 地図を見れば。

 城や砦は。

 まだ細川・三好方。

 だが。

 その周囲にある村々は。

 すでに。

 八郎家へ心を寄せていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほな」

 八郎方の武将が言う。

「村を押さえてる砦から囲みましょう」

「攻めますか?」

「急がんでええでしょう」

 砦。

 小城。

 街道を押さえる館。

 そこを。

 三万の兵で。

 一つずつ。

 包囲する。

 すでに。

 周囲の村から。

 米も。

 水も。

 薪も。

 入ってこない。

「後詰めが来ん限り」

「長くはもちませぬな」

「でしょうね」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎軍も。

 無理な突撃はしない。

 七割ほどを前に置き。

 残りを休ませる。

 時間を置いて。

 入れ替える。

「こっちは寝られますからね」

 対して。

 城内には。

 なかなか眠らせない。

 夜になると。

 八郎軍の陣では。

 火が焚かれる。

 そして。

 最近。

 各地から集め。

 備蓄を増やしていた硫黄。

 それを使った。

 火矢。

「また来るぞ!」

 夜。

 一本。

 二本。

 時には。

 まとまって。

 城内へ飛び込む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大火を起こすことが。

 目的ではない。

「消せ!」

「屋根を見ろ!」

「次来るぞ!」

 眠らせない。

 休ませない。

 火が上がれば。

 兵を起こす。

 見張りを増やす。

 そして。

 朝になれば。

 八郎軍は。

 交代した兵が。

 元気な顔で。

 城を囲んでいる。

「……嫌な戦い方をしよる」

 城内の三好兵が。

 吐き捨てる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに。

 八郎側は。

 妙なことを始めた。

「捕虜を返す?」

「はい」

 これまで捕らえていた。

 三好方の兵。

 特に。

 和泉近辺の者たち。

「もう全部返してええでしょう」

「よろしいので?」

「はい」

 八郎は。

 あっさり言った。

「もう分かってるでしょうから」

「何を?」

「どっちで働いた方が、暮らし楽か」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以前。

 捕虜になった兵たちは。

 八郎領で。

 飯を食った。

 怪我を治してもらった。

 そして。

 借金の相談までしている。

「武具代残ってるんです」

「帳面持ってきてください」

「家にも借金が」

「それも見ましょう」

 そんなやり取りを。

 実際に経験している。

 そこへ。

「帰ってええですよ」

 と言われる。

「……ほんまに?」

「はい」

「身代金は?」

「要りません」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 帰った兵たちは。

 当然。

 仲間へ話した。

「八郎軍、飯ええぞ」

「知っとる」

「借金も見てくれる」

「ほんまか」

「わし実際に帳面見てもろた」

 そして。

 目の前では。

 三好方の給金が。

 十分に出ない。

 武具の借金も残る。

「……また戦うんか?」

「そう言われとる」

「八郎軍相手に?」

「そうや」

「それ」

 一人が。

 小さな声で言った。

「向こう行った方がよないか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 細川・三好側にとって。

 これほど。

 腹立たしいことはなかった。

「捕虜を全部返しただと!」

「左様で」

「舐めておるのか!」

「おそらく」

「何だ!」

「返しても問題ないと思われております」

 その言葉に。

 場が静まる。

 敵兵を。

 返しても。

 また敵として働くとは。

 限らない。

 それどころか。

 八郎領の暮らしを知った者を。

 わざわざ。

 こちらへ戻している。

「……見せつけておるのか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 怒って。

 軍を出そうにも。

 八郎軍は。

 三万。

 さらに。

 石山。

 播磨。

 明石。

 兵庫津。

 後ろには。

 巨大な補給線がある。

 兵を集めようとすれば。

 今度は。

 別の場所が薄くなる。

「三好が組んだ包囲が」

 一人の家臣が。

 苦々しく言った。

「崩れた時点で」

「こうなることは」

「分かっておったはずでございます」

「……」

 八郎を。

 包囲する。

 そのはずだった。

 だが。

 失敗した。

 その後。

 八郎は。

 播磨を取り。

 摂津へ入り。

 本願寺を傘下に入れ。

 今では。

 和泉まで。

 押し始めている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「全部守ろうとするのは」

「無理ですな」

 重い言葉だった。

「和泉の一部は」

「捨てるしかない、と?」

「兵を残して」

「一つ一つ潰されるよりは」

 まだ。

 力の残っているうちに。

 京都方面へ。

 軍を引く。

 そして。

 別の勢力へ。

 八郎の危険を訴える。

「七歳だからと」

「笑っている場合ではない」

 朝廷。

 幕府。

 国人。

 寺社。

 周辺大名。

「八郎家がこのまま伸びれば」

「次は自分たちだと」

「そう知らせるしかございませぬ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 八郎方では。

 そんな細川・三好の焦りなど。

 どこ吹く風だった。

「今日も無理せんといてください」

「はっ」

「城一つ取るために」

 百人。

 二百人。

 死なせる必要はない。

「周りの村がもうこっち向いてるんでしょう?」

「左様でございます」

「ほな待ちましょう」

 米はある。

 銭もある。

 兵もいる。

「時間はこっちの味方ですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 数日。

 また数日。

 ついに。

 一つの砦から。

 白い布が上がった。

「降ります!」

 八郎軍から。

 歓声は。

 それほど上がらなかった。

「次ですね」

 その隣。

 さらに。

 その次。

 村が八郎側へ入る。

 補給が止まる。

 夜には。

 火矢。

 昼には。

 三万の兵。

 そして。

 元捕虜たちの。

 八郎領の噂。

 一つ。

 また一つ。

 城と砦が。

 落ちていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 九月四週目。

 和泉。

 細川・三好方の城は。

 まだ残っていた。

 だが。

 その周囲から。

 先に。

 人が離れ。

 村が離れ。

 兵が離れ始めていた。

 八郎軍は。

 急がない。

「丁寧にやりましょう」

 それだけだった。

 そして。

 その余裕こそが。

 細川と三好にとって。

 何より。

 腹立たしく。

 何より。

 恐ろしいものになり始めていた。

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― 新着の感想 ―
持久戦ができる軍がいて、村が離反していく状況は最悪でしょうね・・・
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