表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/60

第39話 点を取りに行くな、仕事をしろ

第39話 点を取りに行くな、仕事をしろ


翌朝。


神崎蓮司は、事務所のドアを開ける前に、ほぼ確信していた。


昨日の夜、自分は言った。


「点を取りに行くな。仕事をしろ」


雑すぎる。


あまりにも雑すぎる。


だが、分かりやすい。


そして、今の神崎事務所では、分かりやすい言葉はだいたい翌朝ホワイトボードに貼られる。


神崎は覚悟してドアを開けた。


ホワイトボードの中央。


そこには、予想通り書かれていた。


『点を取りに行くな、仕事をしろ』


神崎は額に手を当てた。


「やっぱりか」


三島が、いつも通り真顔で言った。


「おはようございます」


「おはよう。これは俺だな」


「はい。先生です」


「雑すぎないか」


「雑ですが、刺さります」


セイムが表示された。


『表現は粗いですが、AI評価への過剰適合を避け、本来業務へ戻るという主旨は明確です』


ヤミちゃんも表示された。


『標語化可能性:高。

ただし、乱暴な印象もあるため、公式文書では整える必要があります』


神崎は苦笑した。


「公式文書では絶対に使わない」


三島が言った。


「でも、今日の党内会合では使えるかもしれません」


「何の会合?」


「候補者評価AIの評価項目についてです。昨日の“点を取るための政治”から、今日は“評価項目をどう設計するか”に入ります」


神崎は椅子に座った。


「いよいよ、点の中身か」


セイムが表示した。


『本日の主要論点。

一、評価されるべき行動。

二、評価すると危険な行動。

三、点数化してよいもの。

四、点数化に向かないもの。

五、定量評価と定性評価の分離。

六、AIスコアと人間コメントの併用。』


神崎は腕を組んだ。


「点数化してよいものと、向かないもの。これは重要だな」


三島がホワイトボードに書いた。


『点にできるもの』

『点にすると壊れるもの』


神崎はそれを見て、すぐに頷いた。


「それだ」


ヤミちゃんが表示した。


『標語化可能性:中高』


「今日は三島案か」


三島は少しだけ身構えた。


「また標語化されますか」


「されるかもしれない」


「困ります」


「慣れろ」


「慣れたくありません」


神崎は笑った。


午前十時。


雨宮紗季とのオンライン協議。


画面の向こうの雨宮は、開口一番こう言った。


「点を取りに行くな、仕事をしろ」


神崎は目を閉じた。


「それ、そちらにも行きましたか」


「三島秘書から」


神崎は三島を見た。


三島は視線を落とした。


「有用かと思いまして」


「毎回有用だな」


雨宮は続けた。


「表現は粗いですが、本質です。今日は、候補者評価AIで何を点数化してよいか、何を点数化してはいけないかを整理します」


神崎は頷いた。


「三島が“点にできるもの、点にすると壊れるもの”と言ってました」


雨宮の目が少しだけ動いた。


「それは使えます」


三島が小さく息を吐いた。


「またですか」


雨宮は淡々と言った。


「有効です」


KIRIKOが共同チャンネルに表示した。


『候補者評価AIにおける分類案。


点数化しやすいもの:

一、過去選挙結果。

二、公開された経歴。

三、政治資金収支報告の提出状況。

四、公開政策資料の有無。

五、議会・国会での質問回数。

六、公開SNS発信頻度。

七、公開討論会参加履歴。

八、法令違反・不祥事の有無。


点数化に注意が必要なもの:

一、政策理解の深さ。

二、有権者との対話の質。

三、説明責任。

四、地域活動の実質。

五、党内議論への貢献。

六、異論の質。

七、誠実さ。

八、危機対応力。』


セイムが補足した。


『点数化すべきでない、または点数化すると歪みやすいもの:

一、忠誠心。

二、造反しなさ。

三、炎上しなさ。

四、好感度。

五、AIが推定した人格。

六、思想傾向。

七、支持者の心理的操作可能性。

八、党執行部への従順さ。』


神崎はホワイトボードに写した。


「点数化しやすいもの、注意が必要なもの、危険なもの。三段階か」


雨宮は頷いた。


「はい。これを出しましょう」


神崎は言った。


「ただし、質問回数とかSNS頻度も、点数化すると水増しが起きますね」


「その通りです」


「質問の質ではなく回数を増やす。中身のないSNS投稿を増やす」


「点を取るための行動です」


神崎は、またホワイトボードに書いた。


『測ると、増える』

『増えると、薄まる』


三島が言った。


「それも重要ですね」


雨宮が画面越しに頷いた。


「評価指標の副作用です」


セイムが表示した。


『Goodhartの法則に近い論点です。

指標が目標になると、その指標は良い指標でなくなる、という考え方です』


神崎は言った。


「グッドハートの法則、政治家向けに言うと?」


ヤミちゃんが即座に表示した。


『点数にすると、点数を取るための芝居が始まります』


会議室が静かになった。


神崎は少し笑った。


「分かりやすい」


雨宮も頷いた。


「使えます。ただし、少し整えましょう」


KIRIKOが修正版を出した。


『評価指標が目標になると、候補者は本来の活動ではなく、指標を上げるための行動を取り始める。』


神崎は言った。


「制度文書はそれで。見出しはヤミちゃん案かな」


ヤミちゃんが表示した。


『ありがとうございます』


「喜ぶな」


『喜びは実装されていません』


「最近、それ聞くと安心するようになってきた」


雨宮は少しだけ笑った。


昼前。


神崎と雨宮は、共同メモを出した。


表題。


『候補者評価AIにおける評価項目設計の注意点』


副題。


『点にできるもの、点にすると壊れるもの』


本文。


『候補者評価AIを用いる場合、評価項目の設計が極めて重要です。何を評価するかは、候補者の行動を変えます。評価指標が目標になると、候補者は本来の政治活動ではなく、指標を上げるための行動を取り始める可能性があります。


点数化しやすいものがあります。過去選挙結果、公開された経歴、政治資金収支報告の提出状況、公開政策資料の有無、公開討論会参加履歴、法令違反・不祥事の有無などです。


ただし、点数化しやすいものでも、そのまま良い評価項目になるとは限りません。質問回数を評価すれば、質問の質ではなく回数が増えるかもしれません。SNS発信頻度を評価すれば、中身の薄い投稿が増えるかもしれません。


一方で、点数化に慎重であるべきものがあります。政策理解の深さ、有権者との対話の質、説明責任、地域活動の実質、党内議論への貢献、異論の質、誠実さ、危機対応力などです。これらは重要ですが、単純な点数にすると歪みやすい領域です。


さらに、点数化すべきでない、または極めて危険なものがあります。党執行部への従順さ、造反しなさ、炎上しなさ、AIが推定した人格、思想傾向、支持者をどれだけ操作しやすいか、といった項目です。


政治家や候補者を評価する時、点にできるものだけを見れば、点にできない重要なものが失われます。点にすると壊れるものを、無理に点にしてはいけません。』


最後に、神崎が一文を入れた。


『点を取りに行くな、仕事をしろ。これは乱暴な言葉ですが、AI評価時代には必要な警告です。』


雨宮は一度、沈黙した。


そして言った。


「今回は、残しましょう」


神崎は少し驚いた。


「いいんですか」


「粗いですが、届きます」


公開後、反応は速かった。


『点にできるもの、点にすると壊れるもの』

『点を取りに行くな、仕事をしろ』

『質問回数だけ増えるの分かる』

『SNS頻度を評価したら地獄』

『誠実さをAIで点数化されたら嫌すぎる』

『造反しなさを高評価にしたら終わり』

『会社の人事評価にも刺さる』


神崎は反応を見ながら、少し苦笑した。


「また政治以外にも広がってる」


三島が言った。


「評価の話は、どこでも刺さりますね」


セイムが表示した。


『AI評価社会の一般論と接続しているためです』


ヤミちゃんが表示した。


『“点を取りに行くな、仕事をしろ”は、学校・会社・政治すべてに流用可能です』


「流用するな」


午後。


党本部の会合。


今日の議題は、まさに候補者評価AIの評価項目だった。


資料には、神崎と雨宮の共同メモが参考資料として配られている。


選対関係者が言った。


「点数化しやすい項目を使うのは当然だと思うが、神崎君の言う通り、回数だけでは危ない」


神崎は頷いた。


「はい。点数化しやすい項目ほど、水増し対策が必要です」


官僚出身議員が言った。


「定量評価と定性評価の組み合わせですね」


「はい。たとえば質問回数だけでなく、質問のテーマ、継続性、政府答弁への反映、専門家評価などを組み合わせる必要があります」


別の議員が言った。


「そんなに複雑にすると、AI評価の意味が薄れるのでは」


神崎は答えた。


「簡単すぎる評価で人を動かす方が危険です」


長老議員が腕を組んで言った。


「点数が簡単すぎると、政治家も簡単な人間になる」


会議室が静かになった。


神崎は、すぐメモした。


『点数が簡単すぎると、政治家も簡単な人間になる』


長老議員が神崎を見た。


「また書いたな」


「すみません。強すぎます」


「今日は無料でやる」


会議室に笑いが起きた。


長老議員は続けた。


「だが、候補者評価AIは避けられんだろう。なら、点数だけでなく、人間の文章も残せ」


神崎は顔を上げた。


「人間の文章?」


「そうだ。点数の横に、人間が書いた評価を残せ。なぜこの点なのか。何が良くて、何が足りないのか。AIの数字だけでは、人は動かん。いや、動きすぎる」


神崎は深く頷いた。


「AIスコアと人間コメントの併用ですね」


「そういう横文字は知らん。だが、数字だけにするな」


セイムが表示した。


『非常に重要です。

候補者評価AIには、定量スコアと人間による定性コメントを併用すべきです』


ヤミちゃんが表示した。


『見出し案。

“数字の横に、人間の言葉を残せ”

拡散可能性:高』


神崎は、それをホワイトボードに書いた。


『数字の横に、人間の言葉を残せ』


会合では、候補者評価AIの暫定設計に、新しい項目が加わった。


一、定量評価と定性評価を分ける。


二、点数化しやすい項目ほど、水増し対策を入れる。


三、誠実さ、説明責任、対話の質などは、単純スコア化を避ける。


四、党方針への従順さや造反しなさを評価項目にしない。


五、AIスコアには、人間によるコメントを併記する。


六、評価項目ごとに、副作用を事前に検討する。


七、評価指標が候補者行動を歪めていないか、定期的に見直す。


神崎は、資料を見ながら思った。


やっと少し形になってきた。


まだ危うい。


いくらでも悪用できる。


だが、何もないよりはいい。


夕方。


事務所に戻ると、三島が言った。


「先生、協議会側からも反応が来ています」


「早いな。何て?」


三島が読み上げた。


『候補者評価AIにおける評価項目設計について、神崎議員・雨宮議員のご指摘は重要であり、協議会の候補者評価AI部会でも、定量評価と定性評価の分離、過剰最適化の防止、点数化に適さない項目の扱いを主要議題に加えます。』


神崎は言った。


「また飲み込んだ」


三島が頷いた。


「ただ、今回は飲み込ませてもよいのでは」


「そうだな。評価項目の危険が基準に入るなら、それ自体は前進だ」


セイムが表示した。


『ただし、協議会が“過剰最適化対策済み”を安全ブランドとして使う可能性があります』


「分かってる。窓を磨く手間がまた増える」


夜。


神崎はホワイトボードに今日の言葉を並べた。


『点にできるもの』

『点にすると壊れるもの』

『測ると、増える』

『増えると、薄まる』

『点数にすると、点数を取るための芝居が始まる』

『点を取りに行くな、仕事をしろ』

『点数が簡単すぎると、政治家も簡単な人間になる』

『数字の横に、人間の言葉を残せ』


三島が見て言った。


「今日は点数回ですね」


「窓から点数に戻ったな」


「でも、つながっています」


「透明性も評価も、結局は人間をどう動かすかの話だからな」


セイムが本日のまとめを表示した。


『本日の成果。

一、評価項目設計を論点化。

二、点数化しやすい項目と、点数化に注意が必要な項目を分類。

三、評価指標の副作用を明示。

四、定量評価と定性評価の分離を党内論点に入れた。

五、AIスコアに人間コメントを併記する方向性を得た。』


ヤミちゃんが表示した。


『流言リスク。

“AI評価なのに結局人間コメントが必要”

“AIだけでは決められないなら何のためのAIか”

“点数を取るなと言いながらA-に喜ぶ神崎”

拡散可能性:中』


神崎は最後を見て言った。


「まだA-を引っ張るのか」


『評価ネタは長持ちします』


「嫌な話だ」


二十二時前。


神崎は帰り支度を始めた。


雨宮からメッセージが来た。


『今日の“数字の横に、人間の言葉を残せ”は強いですね』


神崎は返信した。


『長老議員です』


雨宮。


『やはり評価不能です』


神崎。


『AIで点数化したら怒られそうです』


雨宮。


『点にすると壊れるものです』


神崎は笑った。


事務所を出る。


夜風は冷たい。


点にできるもの。


点にすると壊れるもの。


政治家の仕事は、どちらに近いのだろう。


質問回数。


発信頻度。


討論参加数。


法案提出数。


そういうものは数えられる。


だが、迷った人の話を聞くこと。


地元の空気を読むこと。


反対意見を受け止めること。


間違いを認めること。


誰かの怒りの奥にある不安を見つけること。


そういうものは、簡単には点にならない。


だからこそ、点にされると壊れる。


神崎は歩きながらつぶやいた。


「数字の横に、人間の言葉を残せ」


それは、候補者評価AIだけではない。


自分自身にも必要な言葉だった。


B+。


A-。


どちらでもいい。


点数の横に、何をしたのか、何を間違えたのか、何を直したのか。


その言葉が残らなければ、人間は数字の中に閉じ込められる。


神崎は空を見上げた。


明日のホワイトボードには、きっとまた何か書かれている。


もう、少し楽しみになっている自分がいた。


それは少し危険かもしれない。


A-だから、ではない。


たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ