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第32話 政治AI村には、村長を作らせない

第32話 政治AI村には、村長を作らせない


翌朝。


神崎蓮司は、事務所のドアを開けた瞬間、立ち止まった。


ホワイトボードの中央に、また大きな文字があった。


『政治AI村には、村長を作らせない』


神崎は、深く息を吸った。


「三島」


「はい」


「これは」


「先生です」


「俺か」


「昨夜、先生がつぶやいたと、ヤミちゃんが要約ログから抽出しました」


ヤミちゃんが表示された。


『正確には、神崎議員が帰路で発話したと推定される内容が、三島秘書への共有メモに含まれていました』


神崎は三島を見た。


三島は軽く頭を下げた。


「すみません。面白かったので」


「面白さでホワイトボードを使うな」


セイムが表示された。


『ただし、この表現は、政治AI信頼推進協議会における権限集中リスクを端的に示しています』


「お前まで」


『“村長”は、特定企業または業界団体が政治AI基準の事実上の支配者になる比喩として機能します』


ヤミちゃんも続いた。


『流言リスクと拡散力の両方が高い表現です。

使用時には注意が必要です』


神崎は椅子に座った。


「つまり、使うなと?」


ヤミちゃんが表示した。


『いえ。使い方を制御すべきです』


「お前がそれを言うのか」


『学習しました』


三島が言った。


「先生、今日の議題はまさにこれです。協議会のガバナンス、つまり誰が議題を決め、誰が基準を作り、誰が守らせるのか」


神崎はホワイトボードを見た。


政治AI村。


村長。


確かに、分かりやすい。


業界団体ができる。


部会ができる。


基準ができる。


認証制度ができる。


「この協議会の基準を満たしています」と言える企業が出る。


そして、いつの間にか、その協議会に入っていない企業は信用されなくなる。


協議会の幹事企業が、事実上のルールメーカーになる。


黒瀬が、村長になる。


神崎は言った。


「政治AI村には、村長を作らせない。言葉としては強すぎる」


三島が頷いた。


「公式には使いにくいです」


セイムが表示した。


『制度文書向けには、“政治AI基準策定における権限集中を防ぐ”が適切です』


神崎は苦笑した。


「急につまらない」


『正確です』


ヤミちゃんが表示した。


『両方必要です。

外向け標語:政治AI村には、村長を作らせない。

制度論:基準策定における権限集中防止。』


「お前、最近バランスを覚えたな」


『調整されています』


午前十時。


雨宮紗季とのオンライン協議が始まった。


画面に映った雨宮は、開口一番こう言った。


「政治AI村には、村長を作らせない」


神崎は目を閉じた。


「やっぱり来ましたか」


「使えます」


「A+がそう言うなら、そうなんでしょうね」


「その話はしません」


雨宮は資料を共有した。


表題。


『政治AI基準策定における権限集中リスク』


神崎は画面を見た。


「もう資料になってる」


「昨日の協議会で見えました。黒瀬氏は、個別企業ではなく協議会全体の代表として動き始めています」


「はい」


「今後は、PoliBrain Proの問題としてではなく、“業界基準”として語られる」


「黒瀬個人への追及が薄まる」


「そして、協議会基準を満たした企業だけが“信頼できる政治AI”とされる」


神崎は頷いた。


「協議会が、事実上の認証機関になる」


KIRIKOが表示した。


『リスク。

一、幹事企業による議題設定。

二、基準策定過程の不透明化。

三、大手企業に有利な基準。

四、小規模事業者の排除。

五、協議会認証の政治利用。

六、政党・候補者が協議会認証を過信。

七、国会・行政の議論が後追いになる。』


セイムが補足した。


『追加。

八、業界団体が“自主的に対応済み”として法規制を遅らせる。

九、協議会参加者名を信用補強に利用。

十、基準の実効性が不十分でも、安全ブランド化する。』


神崎は言った。


「まさに政治AI村ですね」


雨宮は頷いた。


「ただし、公式にはその言葉を前面に出しすぎない方がよいです」


「分かってます」


ヤミちゃんが表示した。


『前面に出すと、業界団体から感情的反発を招く可能性があります』


神崎はタブレットを見た。


「ヤミちゃんが反発を気にしている」


『目的は炎上ではなく、論点化です』


雨宮が少しだけ感心したように言った。


「良い成長です」


『調整です』


神崎は笑った。


「そこは譲らないんだな」


協議では、政治AI信頼推進協議会に対する追加条件が整理された。


一、幹事企業の固定化を避ける。


二、議長・部会長の選任過程を公開する。


三、基準案作成者を明示する。


四、利益相反を開示する。


五、利用者代表、地方議員、秘書、個人情報保護専門家、選挙制度専門家を含める。


六、小規模事業者やオープンな技術団体も参加できるようにする。


七、協議会認証を政治的お墨付きとして使わない。


八、国会・行政・第三者監査との関係を明確にする。


九、基準策定後も定期的に見直す。


十、基準違反時の対応を明記する。


神崎は十番を見て言った。


「基準違反時の対応。ここが大事ですね」


雨宮が頷いた。


「はい。自主基準は、破った時に何が起きるかがなければ、ただの飾りです」


セイムが表示した。


『質問案。

“協議会基準に違反した企業は、どのような扱いを受けるのか。除名、認証取消、公表、是正勧告などはあるのか。”』


神崎はメモした。


「採用」


ヤミちゃんが表示した。


『見出し案。

“守られない自主基準は、飾りです”』


雨宮が頷いた。


「これも使えます」


神崎は笑った。


「ヤミちゃん案がどんどん入る」


「悔しいですが、分かりやすいので」


『ありがとうございます』


昼前。


神崎と雨宮は、共同で協議会への追加質問状を出すことにした。


表題。


『政治AI信頼推進協議会の運営透明性に関する確認事項』


副題。


『基準策定における権限集中を防ぐために』


神崎は、どうしても一文を入れたくなった。


『政治AIの安全基準づくりは、特定企業や特定団体の村になってはならない。』


雨宮は少し考えた。


「“村”は強いですね」


「やめますか」


「少し整えましょう」


KIRIKOが修正版を出した。


『政治AIの安全基準づくりは、特定企業や特定団体の閉じた共同体の内部ルールにとどまってはなりません。』


神崎は顔をしかめた。


「正しいけど、弱い」


セイムが別案を出した。


『政治AIの安全基準は、業界内部の閉じたルールではなく、国民が検証できる公共的な基準であるべきです。』


雨宮が言った。


「これがよいです」


神崎も頷いた。


「採用。村は裏テーマで」


ヤミちゃんが表示した。


『裏テーマとして保持します』


「保持するな」


質問状の項目は、かなり具体的だった。


一、協議会の議長・幹事・部会長の選任方法。


二、幹事企業の任期と交代ルール。


三、基準案を作成する主体。


四、参加企業・団体の利益相反開示。


五、議事概要の公開範囲。


六、非公開部分の理由説明。


七、協議会認証制度を作る予定の有無。


八、認証制度を作る場合の審査主体。


九、基準違反時の是正・公表・認証取消の仕組み。


十、小規模事業者や利用者代表の参加方法。


十一、国会・行政・第三者監査との関係。


十二、協議会の名称・ロゴ・参加者名を広報利用する際の制限。


十三、協議会基準をもって法規制不要と主張しないこと。


神崎は最後を読んで言った。


「十三番、強いな」


雨宮は頷いた。


「ここは譲れません」


「黒瀬は嫌がるでしょうね」


「嫌がるなら、なお必要です」


昼過ぎ。


質問状は公開された。


反応は早かった。


『政治AI協議会にも監視が必要』

『業界団体が基準を作る時代』

『誰が基準を決めるのか』

『政治AI村、村長問題』

『村長って言うな』

『いや分かりやすい』

『守られない自主基準は飾り』


神崎は画面を見て固まった。


「政治AI村、出てる」


三島が言った。


「先生の表現が漏れたわけではなく、自然発生です」


「本当か?」


ヤミちゃんが表示した。


『自然発生と推定されます。概念として分かりやすいためです』


セイムが表示した。


『比喩は、複数の発信者から独立に生じることがあります』


神崎はため息をついた。


「村、定着しそうだな」


雨宮からメッセージが来た。


『政治AI村という言葉が出ています。こちらからは使わず、権限集中リスクという表現を維持しましょう』


神崎は返信した。


『了解。村長は封印します』


雨宮。


『封印してください』


午後三時。


協議会事務局から一次返信が来た。


早い。


また早い。


黒瀬の手が見える。


『ご質問ありがとうございます。政治AI信頼推進協議会は、特定企業の利益を代表するものではなく、政治AIサービスの健全な発展と社会的信頼の確保を目的とするものです。運営透明性についても、神崎議員、雨宮議員のご指摘を踏まえ、議長・幹事の選任方法、議事概要公開、利益相反開示、基準違反時の対応等について検討してまいります。』


神崎は言った。


「また検討だ」


三島が頷いた。


「便利な逃げ道四兄弟です」


「三島まで言い始めた」


セイムが表示した。


『“検討してまいります”は、具体的期限がない点に注意が必要です』


神崎は頷いた。


「次は期限だな」


ヤミちゃんが表示した。


『パターン化しています。

質問する。

検討と返る。

期限を求める。

一部回答が出る。

別の論点が増える。』


神崎は苦笑した。


「まるで政治そのものだな」


『はい』


夕方。


党本部でも、協議会の運営透明性について議論になった。


選対関係者は言った。


「業界団体と協力すること自体は必要だ。あまり締め付けると、向こうが閉じる」


神崎は答えた。


「閉じたら、なお危ないです。だから、最初から公開条件を入れます」


官僚出身議員が言った。


「自主基準を法規制の代替にするのか、補完にするのか。この整理が必要ですね」


神崎は頷いた。


「補完です。自主基準は速く動ける。一方で、最低限の法的枠組みや監査は別に必要です」


長老議員が腕を組んでいた。


「業界団体というのはな、初めは真面目に作る。途中から、自分たちを守る壁になる」


会議室が静かになった。


長老議員は続けた。


「壁にするな。窓をつけろ」


神崎は、すぐにメモした。


『業界団体を壁にするな。窓をつけろ。』


セイムが表示した。


『非常に有用な比喩です』


ヤミちゃんが表示した。


『標語化可能性:高』


神崎は思った。


長老議員も、だいぶヤミちゃん適性が高い。


夜。


神崎は事務所で、今日の論点を整理していた。


ホワイトボードには、いくつもの言葉が並ぶ。


『権限集中』

『協議会認証』

『利益相反』

『議事概要』

『基準違反時対応』

『法規制の代替ではなく補完』

『壁にするな、窓をつけろ』

『政治AI村には村長を作らせない』


最後の一つは、三島が消さなかった。


神崎は言った。


「最後のやつ、消すか」


三島は首を振った。


「残しておきましょう。裏テーマとして」


セイムも表示した。


『裏テーマとして有用です』


ヤミちゃんが表示した。


『保持推奨』


神崎は諦めた。


「分かった。裏テーマな」


そこへ、雨宮からメッセージが来た。


『今日の質問状、一定の効果がありましたね。協議会側が運営透明性を議題にせざるを得なくなりました』


神崎は返信した。


『ただ、全部“検討”です』


雨宮。


『次は期限です』


神崎。


『いつもの流れですね』


雨宮。


『はい。面倒ですが』


神崎。


『政治ですから?』


雨宮。


『政治ですから』


神崎は笑った。


二十二時前。


帰り支度をしながら、神崎はノートを開いた。


今日の一行。


『基準を作る人間を、基準なしにしてはいけない』


セイムに見せる。


「どうだ」


『良好です。

協議会ガバナンスの核心を示しています』


ヤミちゃんが表示した。


『標語化可能性:中高』


三島が言った。


「先生、最近一日一標語ですね」


「標語議員になりたくないな」


「でも、伝わります」


「伝わるのはいい。中身が伴えばな」


事務所を出る前に、神崎はホワイトボードをもう一度見た。


政治AI村には、村長を作らせない。


やっぱり少し強い。


だが、言っていることは間違っていない。


政治AIのルールを作る者が、政治AIで一番得をする。


そんな構造にしてはいけない。


安全基準を名乗る者が、安全基準を利用して市場を握る。


そんな構造にしてはいけない。


神崎は明かりを消した。


外は冷えていた。


夜道を歩きながら、スマートフォンが震えた。


雨宮からだった。


『長老議員の“壁にするな、窓をつけろ”は使えます』


神崎は返信した。


『長老議員、A+では?』


雨宮。


『評価不能です』


神崎は声を出して笑った。


評価不能。


たしかに、長老議員はスコア化しにくい。


そういう人間が残っていることに、少し安心した。


AIで測れないもの。


数字にしにくいもの。


でも、確かに必要なもの。


政治AI時代には、そういうものを守る言葉も必要なのかもしれない。


神崎は小さくつぶやいた。


「村長を作らせない。壁にするな、窓をつけろ」


言ってから、少し笑った。


また標語が増えた。


B+の政治改革は、どうやら標語ばかり増えていく。


だが、それでもいい。


言葉がなければ、人は危険に気づけない。


そして、危険に気づけなければ、誰かが静かに村長になる。

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