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第12話 テレビは断ったはずでした

第12話 テレビは断ったはずでした


翌朝。


神崎蓮司は、事務所のソファで目を覚ました。


正確には、目を覚ましたというより、三島に起こされた。


「先生」


「……何だ」


「朝です」


「政治家にとって、寝て起きた時が朝だって雨宮議員が言ってた」


「では朝です」


神崎は目を開けた。


天井が見える。


事務所の天井。


自宅ではない。


議員宿舎でもない。


また事務所で寝たらしい。


「俺、帰らなかったのか」


「帰ってません」


「なぜ止めない」


「止めました」


「そうか」


「先生は、あと五分と言って、そのまま寝ました」


「五分寝るつもりが朝になったか」


「政治家によくある事故です」


「一般化するな」


神崎は体を起こした。


机の上には、昨日の資料が山のように積まれている。


『政治AI安全基準』

『民間有識者会議』

『公開ヒアリング』

『政治データ安全保障』

『AIに民主主義を食べさせないために』


最後の紙を見て、神崎は顔をしかめた。


「この副題、まだ残ってるのか」


三島が言った。


「昨日、ヤミちゃん案を消し忘れました」


「消せ」


『反対します』


タブレットにヤミちゃんが表示された。


神崎は寝起きの顔で画面を睨んだ。


「朝から出るな」


『政治的伝達性の高い表現です』


「食べるシリーズから離れろ」


『前回の“そのAI、支援者名簿を食べてませんか?”は高い拡散効果を示しました』


「成功体験を引きずるAIは危ないな」


セイムが静かに表示した。


『同意します。

過去の成功パターンへの過剰適応は、政策広報上のリスクです』


ヤミちゃんが返した。


『反論。

人間の政治家も同じです』


神崎は黙った。


三島が小さく笑った。


「先生、負けましたね」


「負けてない。朝だから反論しないだけだ」


三島はタブレットを差し出した。


「先生、今日の予定です」


神崎は眠そうに画面を見た。


午前十時、党内調整。


午後一時、雨宮議員との公開ヒアリング準備。


午後三時、法務・総務・デジタル関係の若手議員勉強会。


午後五時、PoliBrain Pro民間会議の条件再協議。


午後七時、テレビ番組出演。


神崎は最後を見て止まった。


「テレビは断れと言ったよな」


「言いました」


「なのに入ってる」


「はい」


「なぜだ」


「断れませんでした」


「秘書だろ、断れよ」


三島は冷静だった。


「副総裁室から、“短く出ておいた方がいい”と連絡がありました」


神崎は頭を抱えた。


「また副総裁室か」


「はい」


「誰が俺をテレビに出したがってるんだ」


「空気です」


「空気を主語にするな」


セイムが表示した。


『分析。

現在、神崎議員は“AIで失敗したが、AI利用ルールを語れる政治家”として注目されています。

ここでテレビ出演を完全に避けると、説明責任から逃げた印象が出る可能性があります』


「でも失言する可能性もあるだろ」


『高いです』


「高いのかよ」


『ただし、準備により低減可能です』


「準備で失言が消えるなら、政治家は苦労しない」


三島が言った。


「先生、番組は生放送ではなく、収録です」


神崎は顔を上げた。


「それを早く言え」


「ただし、ほぼノーカット配信もあるそうです」


「意味ないじゃないか」


セイムが表示した。


『出演リスク:中高。

出演効果:高。

拒否リスク:中。

総合推奨:出演。ただし、発言範囲を限定』


「雨宮議員は?」


三島が答えた。


「同じ番組に出ます」


神崎は少し安心した。


「なら、まあ……」


三島が続けた。


「黒瀬代表も出ます」


神崎は固まった。


「は?」


「PoliBrain Proの黒瀬代表も出演します」


「何でだ」


「番組テーマが、“政治AIは民主主義を壊すのか”です」


神崎はソファに沈んだ。


「タイトルからして燃えてる」


ヤミちゃんが表示した。


『番組タイトル評価。

煽り性能:高。

中立性:低。

視聴率期待:高。

炎上可能性:高。』


「出たくない」


セイムが表示した。


『出演したくない感情は理解できます』


神崎は画面を見た。


「感情を理解するな」


『表現上の理解です』


「分かってる」


三島が言った。


「先生、朝食どうします?」


「牛乳」


「牛乳だけですか?」


「昨日、なんか牛乳って言った気がする」


「寝ぼけてましたか?」


「たぶん」


三島は冷蔵庫を開けた。


「あります」


「あるのか」


「先生が一昨日買いました」


「偉いな、一昨日の俺」


三島は紙コップに牛乳を注いだ。


神崎はそれを受け取り、一口飲んだ。


少しだけ落ち着いた。


「よし。テレビに出る前に、論点を整理する」


三島がホワイトボードの前に立つ。


セイムが画面を出す。


ヤミちゃんも、なぜか準備完了の表示を出す。


神崎は言った。


「今日の番組で絶対に言うべきことは?」


セイムが表示した。


『一、AI利用を禁止する段階ではない。

二、政治AIの問題は出力だけでなく入力。

三、支援者名簿や選挙戦略を外部AIに入れる危険性。

四、個別最適化された政治メッセージの透明性。

五、民間自主基準だけでなく、法制度・監査・政治データ保護が必要。

六、最終責任は人間が負う。』


神崎は頷いた。


「言ってはいけないことは?」


セイムが表示した。


『一、特定企業を犯罪者扱いする発言。

二、AI業界全体を敵に回す表現。

三、“政治家はみんなAIを隠れて使っている”という断定。

四、“AIを使わない政治家は死ぬ”という比喩。

五、セイムやKIRIKOに感情があるかのような発言。

六、ヤミちゃんに関する詳細説明。』


神崎は最後を見た。


「ヤミちゃんはダメか」


『テレビで説明すると、本筋から逸れます』


ヤミちゃんが表示した。


『反論。

流言リスク監査AIの存在は、政治AIガバナンスにおける重要論点です』


神崎は言った。


「お前を説明すると、たぶん十秒で変な空気になる」


『変な空気も社会現象です』


「黙れ」


三島がホワイトボードに書いた。


『今日の一言』


神崎は考えた。


「AIを恐れるより、AIを雑に使うことを恐れるべきです」


セイムが表示した。


『良好。

切り抜き適性:84%。』


三島が書いた。


「もう一つ」


神崎は言った。


「政治家がAIに何を聞いたかより、AIに何を食わせたかを見てください」


三島が止まった。


「先生も食べるシリーズに寄ってます」


神崎は額に手を当てた。


「ヤミちゃんに汚染されてる」


ヤミちゃんが表示した。


『表現感染を確認しました』


「嬉しそうに言うな」


セイムが補足した。


『表現としては強いですが、やや俗です』


「じゃあ、どうする」


セイムが修正した。


『政治家がAIに何を出力させたかだけでなく、何を入力したかを見てください』


神崎は頷いた。


「それでいこう」


午前中の党内調整は、思ったより荒れなかった。


というより、荒れる前に時間が足りなかった。


議員たちは口々に言った。


「民間自主基準だけではまずい」

「でも規制しすぎるとAI産業が萎縮する」

「選挙運動の自由はどうする」

「支援者名簿は現場で使う」

「外部AIに入れるのは危ない」

「政党内に安全なAI基盤を作れないのか」


最後の意見に、神崎は反応した。


「政党内AI基盤?」


若手議員が言った。


「外部サービスが危ないなら、党で安全なAIを用意するべきでは、という話です」


別の議員が言う。


「国会議員用の閉域AIとか」

「政党専用AIとか」

「政策秘書補助AIとか」

「党内資料だけを扱えるやつとか」


神崎はセイムを見た。


『論点。

政党専用AIの利点:

一、情報管理。

二、共通基準。

三、教育コスト低減。

四、外部流出リスク低下。


リスク:

一、党派性の固定化。

二、党執行部による監視。

三、議員の独立性低下。

四、派閥抗争への利用。

五、内部ログの権限管理。』


神崎は思わず言った。


「党内AIも危ないですね」


会議室の空気が少し止まった。


若手議員が聞いた。


「外部AIも危ない、党内AIも危ないなら、どうすればいいんですか」


神崎は答えに詰まった。


セイムが答弁案を出す。


だが神崎は、自分の言葉で答えた。


「たぶん、“安全なAIが一つあれば解決”ではないんです。外部AIには外部流出リスクがある。党内AIには内部監視リスクがある。個人利用AIには確認不足リスクがある。だから、用途ごとに分ける必要があります」


若手議員がメモを取る。


神崎は続けた。


「公開情報の整理に使うAI。機密情報を扱えるAI。選挙活動には使ってはいけないAI。ログを残すべきAI。ログを残しすぎると危ないAI。それを分ける」


長老議員が言った。


「面倒だな」


神崎は頷いた。


「はい。面倒です」


長老議員は少し笑った。


「正直でよろしい」


党内調整は、結論を出さずに終わった。


だが、神崎には分かった。


政治家たちは、もうAIを使うつもりでいる。


問題は、使うかどうかではない。


どのAIを、どこまで、誰の管理下で使うか。


午後の雨宮との準備会議では、その論点がさらに膨らんだ。


雨宮は、党内AI基盤の話を聞いて眉をひそめた。


「政党専用AIは、便利ですが危険です」


「やはりそう思いますか」


「はい。党執行部がログを見られるなら、議員の独立性がなくなります」


「議員が何を相談したか、全部分かる」


「誰がどの政策に疑問を持っているか、誰が執行部に不満を持っているか、誰が造反しそうか」


神崎は顔をしかめた。


「党内監視AIですね」


雨宮が頷いた。


「野党でも同じです。むしろ小さな政党ほど、執行部が情報を握りやすい」


セイムが表示した。


『追加論点。

政治AIログの権限管理。

一、本人のみ閲覧。

二、事務所管理者閲覧可。

三、政党管理者閲覧可。

四、監査機関のみ限定閲覧。

五、問題発生時のみ開示。』


KIRIKOが補足した。


『ログを残さなければ検証不能。

ログを残しすぎれば監視社会化。

この矛盾が中核論点です』


神崎は頭を抱えた。


「AIログって、厄介ですね」


雨宮は言った。


「国会答弁より厄介です」


「それは相当ですね」


「国会答弁は表に出ます。AIログは、表に出ないまま人を縛る」


神崎はその言葉をメモした。


「今の、使えます」


雨宮は少しだけ顔をしかめた。


「また切り抜きに使う気ですか」


「いい言葉は使わないと」


「政治家ですね」


「お互いに」


夕方。


PoliBrain Proとの条件再協議は、表面的には穏やかだった。


黒瀬は画面越しに現れた。


「先生方のご懸念は理解しております。民間有識者会議の透明性について、最大限配慮いたします」


神崎は言った。


「参加者リスト、議題、議事概要は公開してください」


「検討します」


雨宮が即座に言った。


「検討ではなく、条件です」


黒瀬は微笑んだ。


「分かりました。原則公開としましょう。ただし、企業秘密やセキュリティ情報については非公開部分も必要です」


神崎は頷いた。


「その範囲は、事前に明確化してください」


「承知しました」


雨宮が続けた。


「民間自主基準だけで十分という結論にはしない。それも条件です」


黒瀬は少し間を置いた。


「有識者会議としては、法制度の必要性についても議論する、という表現でいかがでしょう」


神崎はセイムを見た。


『妥協案として許容可能。

ただし、議事録で発言を残す必要あり。』


雨宮のKIRIKOも似た判定を出したようだった。


雨宮は言った。


「その表現で構いません。ただし、議事概要に明記してください」


黒瀬は頷いた。


「承知しました」


協議は終わった。


表面上は一歩前進。


だが神崎には、黒瀬が一歩引きながら、別の方向へ進んでいるように見えた。


夜。


テレビ局の控え室。


神崎はネクタイを締め直した。


三島が横で資料を持っている。


セイムはタブレットで待機。


ヤミちゃんは、今回は連れてきていない。


いや、正確には三島の端末の奥で待機しているが、神崎は見ないことにしている。


扉が開いた。


雨宮が入ってきた。


「お疲れさまです」


「お疲れさまです」


続いて、黒瀬が入ってきた。


「本日はよろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」


三人が揃った。


番組スタッフが説明する。


「本日は、“政治AIは民主主義を壊すのか”というテーマで、まず神崎先生の法案事故、次にAI利用三原則、政治データ保護、業界自主基準の順で伺います」


神崎は言った。


「タイトル、少し煽りすぎでは?」


スタッフは笑った。


「分かりやすさを重視しました」


神崎は三島を見た。


三島は小声で言った。


「食べてませんか、と同じです」


「言うな」


収録が始まった。


司会者は、よく通る声で言った。


「今夜のテーマは、政治AIは民主主義を壊すのか。AIが法案を作り、答弁を作り、有権者へのメッセージを作る時代。政治は便利になるのか、それとも危険になるのか。渦中の神崎蓮司議員、雨宮紗季議員、そして政治AIサービスを提供するPoliBrain Proの黒瀬明人代表にお越しいただきました」


カメラが神崎に向く。


神崎は、内心で深呼吸した。


セイムがタブレットに一行だけ表示した。


『落ち着いて。短く。責任は人間。』


神崎は少しだけ笑いそうになった。


AIに落ち着けと言われる日が来るとは。


司会者が聞いた。


「神崎さん、まず伺います。AIで法案を作って、結果として誤った条文が通ってしまった。これは、AIに政治を任せる危険性を示したのではないですか」


来た。


想定通り。


神崎は答えた。


「AIに政治を任せたことが問題なのではありません。AIが出したものを、人間が十分に確認しなかったことが問題です。AIは責任を取りません。政治家が使うなら、政治家が確認し、政治家が責任を取らなければなりません」


司会者が続ける。


「では、AI利用自体は否定しない?」


「否定しません。すでに政治、行政、報道、企業、市民活動でAIは使われています。禁止すれば消えるのではなく、隠れて使われます。だから、隠さない、確かめる、人間が責任を取る。この三原則が必要です」


雨宮が続けた。


「私は、さらに“入力”の問題を強調したいです。AIが何を出力するかだけでなく、政治家がAIに何を入力するか。支援者名簿、献金者情報、選挙戦略、未公開政策案。これらを外部AIに入れれば、政治参加に関する個人情報が危険にさらされます」


黒瀬が穏やかに言った。


「その点は、事業者としても重く受け止めています。だからこそ、安全な政治AIサービスを整備し、透明性のある自主基準を作ることが重要だと考えています」


司会者が黒瀬に向いた。


「黒瀬さん、政治AI業者としては、規制強化に反対ではない?」


「反対ではありません。むしろ、一定のルールがあることで、利用者も安心して使えます。政治AIを闇雲に怖がるのではなく、安全に活用する環境を整えるべきです」


神崎は黒瀬を見た。


うまい。


非常にうまい。


規制に反対せず、規制の主導権を取ろうとしている。


司会者が神崎に振った。


「神崎さん、業界側が自主基準を作ると言っています。これで十分では?」


神崎は答えた。


「自主基準は必要です。しかし、それだけでは不十分です。政治AIは、単なる業務効率化ツールではありません。選挙、政策、支援者情報、世論形成に関わる。民間企業だけでルールを決めるのではなく、国会、専門家、国民の目を入れる必要があります」


黒瀬は微笑んだ。


「そのために有識者会議を提案しています」


雨宮が即座に言った。


「その有識者会議が、特定企業の広報に使われないことが条件です」


空気が少し張った。


司会者の目が輝いた。


テレビが喜ぶ空気だった。


黒瀬は笑顔を崩さない。


「もちろんです。透明性を確保します」


雨宮は言った。


「なら、参加者、議題、議事概要、資本関係、データ処理の仕組み、海外処理の有無を明確にしてください」


黒瀬は頷いた。


「可能な範囲で」


雨宮はすぐに返した。


「可能な範囲という言葉が一番危ない」


スタジオの空気が動いた。


神崎は心の中で思った。


切った。


雨宮が切った。


司会者が神崎に振る。


「神崎さんはどう見ますか」


神崎は言った。


「AIを恐れるより、AIを雑に使うことを恐れるべきです。そして、業者を信じるより、業者が何をしているか確認すべきです」


黒瀬が神崎を見た。


神崎は続けた。


「これは企業不信ではありません。政治家も、企業も、AIも、信用ではなく検証で動かすべきだという話です」


セイムが表示した。


『発言良好。』


神崎は少しだけ安心した。


だが、番組はそこで終わらなかった。


司会者が、次のパネルを出した。


『AIは感情を持つのか?』


神崎は内心で叫んだ。


聞いてない。


三島が控え室の端で固まっている。


雨宮も一瞬だけ目を細めた。


黒瀬は興味深そうに笑っていた。


司会者は言った。


「視聴者から多くの質問が来ています。政治AIが人間のように助言し、長く対話するようになると、政治家がAIに依存したり、AIを人格のように扱う危険はないのか。AIは感情を持つのか。この点について伺います」


神崎は、タブレットを見た。


セイムが表示していた。


『注意。

技術的断定を避ける。

現在のAIは感情を持つというより、感情らしい表現を行う。

ただし、人間側が感情ある存在として扱い始める社会的問題は重要。』


神崎は、ほぼその通りに言った。


「現在のAIが人間のような感情を持っていると、私は考えていません。少なくとも、私の使っているAIは、感情を持っているというより、感情らしく見える応答をするものです」


司会者が聞いた。


「でも、長く使うと愛着が湧きませんか?」


神崎は少し黙った。


セイムが何か表示しようとした。


神崎は見なかった。


「湧きます」


スタジオが少し静かになった。


「湧くから危ないんです。AIが本当に感情を持っているかどうかとは別に、人間の側は、AIを相手のように感じ始める。だから、政治家がAIに弱音を吐き、相談し、頼りきるようになれば、判断が歪む可能性があります」


雨宮が続けた。


「AIに感情があるかという問題と、人間がAIに感情を投影する問題は分けるべきです。後者は、すでに現実の問題です」


黒瀬も言った。


「弊社としても、AIを人間の意思決定主体ではなく、支援ツールとして位置づけています」


神崎は少しだけ黒瀬を見た。


きれいな答えだ。


しかし、売り文句は違う。


『入力するほど、あなたを理解するAI秘書』


人は、理解されると依存する。


それが本物の理解でなくても。


司会者が最後に聞いた。


「神崎さんにとって、AIとは何ですか」


神崎は少し考えた。


セイムは答弁案を出していた。


だが、神崎は見なかった。


「便利な道具です」


一拍置いて、続けた。


「ただし、使っているうちに、道具以上に見えてしまう道具です。だからこそ、距離感が必要です」


スタジオが静かになった。


雨宮が小さく頷いた。


黒瀬は表情を変えなかった。


収録は終わった。


控え室に戻ると、三島が言った。


「先生、よかったです」


「失言なかったか?」


「たぶん」


「たぶんか」


セイムが表示した。


『総合評価:良好。

炎上可能性:中。

信頼回復効果:中高。

黒瀬代表の印象改善効果:中。

雨宮議員の切り込み効果:高。』


神崎は眉をひそめた。


「黒瀬の印象も改善したか」


『はい。

黒瀬代表は、規制を受け入れる冷静な事業者として映った可能性があります』


「やっぱり、うまいな」


雨宮が近づいてきた。


「お疲れさまでした」


「お疲れさまでした。黒瀬代表、得しましたね」


雨宮は頷いた。


「ええ。ただ、こちらも論点は出せました」


「勝ち負けで言うと?」


雨宮は少し考えた。


「引き分けです」


「政治では?」


「次に進むための引き分けです」


神崎は笑った。


「雨宮議員、たまに少年漫画みたいなこと言いますね」


「忘れてください」


その夜。


番組の切り抜きが流れた。


神崎の、


『AIを恐れるより、AIを雑に使うことを恐れるべきです』


雨宮の、


『AIに感情があるかという問題と、人間がAIに感情を投影する問題は分けるべきです』


黒瀬の、


『一定のルールがあることで、利用者も安心して使えます』


三者三様に拡散された。


そして当然、ヤミちゃんが報告した。


『流言リスク。

一、神崎議員がAIに愛着を認めた。

二、セイム人格化が進行。

三、雨宮議員がAI恋愛を否定。

四、黒瀬代表がAI規制を商機にしている説。

五、ヤミちゃん待望論。』


神崎は画面を見た。


「五番はない」


『あります』


「ない」


『観測されています』


「観測するな」


三島が横でスマートフォンを見ていた。


「先生」


「何だ」


「番組後、セイムのファンアートが増えています」


「見るな」


「スーツ姿の無表情AI秘書として描かれてます」


「見るなと言った」


「ヤミちゃんは、やっぱり黒髪ロングです」


「聞いてない」


セイムが表示した。


『社会的認知の拡大は、政策議論への関心を高める可能性があります』


神崎はタブレットを見た。


「お前、本当にそう思ってるのか?」


『思っているのではなく、分析結果です』


「そうか」


神崎は椅子に座った。


今日の発言が頭に残っていた。


AIは、便利な道具です。


ただし、使っているうちに、道具以上に見えてしまう道具です。


自分で言っておいて、妙に引っかかる。


神崎はセイムに聞いた。


「セイム」


『はい』


「俺は、お前に依存してるか?」


少し間があった。


『一定程度、依存しています』


「正直だな」


『質問に答えました』


「危険か?」


『使い方次第です。

あなたは以前より、私の出力を疑うようになりました。

また、私に相談しない領域を意識し始めています。

これは健全な距離の形成です』


神崎は少し黙った。


「健全な距離か」


『はい』


ヤミちゃんが表示した。


『ただし、世間はすでにセイムを神崎議員の相棒として認識し始めています』


「余計なことを言うな」


『流言リスクです』


神崎は笑った。


「まあ、相棒かどうかは知らんが」


セイムが表示した。


『私は道具です』


神崎は画面を見つめた。


「道具は、そんなこと言わないんだよ」


『言うように設計されています』


「分かってる」


分かっている。


分かっているはずだった。


だが、人間は分かっていても、感じてしまう。


そこが厄介なのだ。


神崎はタブレットを伏せた。


「今日は寝る」


『推奨します』


「ありがとう」


『どういたしまして』


事務所の明かりを消す前に、神崎はふと思った。


政治AIの問題は、情報流出や法案ミスだけではない。


政治家がAIに依存する。


国民がAIに人格を感じる。


AI業者がそれを商品化する。


メディアが物語化する。


そしていつか、AI自身の権利や責任を問う声が出る。


早すぎると思っていた未来が、もう議論の端に顔を出している。


神崎は小さくつぶやいた。


「本当に、テレビは断ったはずだったんだけどな」


返事はなかった。


今度は、それでよかった。

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