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悪役覇道  作者: wistereal
三章 『皇国覇道ー序 独立』
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懐古憤激

 遠く、遠く昔の記憶。最も触れられたくない深層。それがアリアを蝕んでいた。自らの髄の髄、奥深くまで不躾に踏み荒らされる気色の悪い感覚。不快でないはずがなかった。

 だが、アリアにはもう一つ、別の感情が生まれていた。恐怖である。実のところ、アリアは猟犬村の襲撃犯との対戦を、何一つ記憶していなかったのである。ただ記憶があったのは、どうしようもない絶望感と、結果的に村の生き残りはほとんど存在しておらず、生き残った者も売られたということ。


 しかし、だからといって先程の記憶をアリア自身のものではないとするのも、あり得ないとアリアは思っていた。彼女は、説明はできないが、確かに先程のあれは自分の追憶だったと、そう確信を持って言うことができたのである。

 だが、やはりその記憶はどこか自分のものではないようで、混乱がアリアを襲っていた。並行世界の自分の記憶、とでも言えば伝わりやすいのではなかろうか。アリアは、どこか現実味のない記憶を回想していたのである。


「どうした娘。手が止まっているぞ」


 「五角頂」の一言で我に帰ったアリアは、動揺しながらも戦いのさなかへと自らの意識を強引に戻した。


「過去に戻っていたのであろう?嫌な回帰だったか?貴様の深淵は除けたか?自らの過去を覗くのは、辛く苦しい道のりだが、それを無視してでも行う価値がある」


 「五角頂」は、アリアを揺さぶるためなのか、それとも別の目的があるのか、攻撃を繰り出しながらもアリアに話しかけてくる。


「五月蝿いのです」


 アリアは、なんとか冷静さを保って、「五角頂」に反撃を試そうとする。しかし、そこで異変が起こった。前とは全く違う要因で、攻撃が当たらないのである。

 「五角頂」は全く避けてなどいない。回避行動を一切見せてはいないのだ。ただ単に、アリアが超善で攻撃の手を止めてしまっているだけ。しかし、アリア本人はそれを意識してやっているわけではなかった。自然に、手が止まる。何かを恐れているかのように、筋肉が弛緩してそれ以上力が入らなくなるのだ。


「やはり、か。貴様のそれが、心の脆さだ。過去の傷だよ」


 全く回避行動を見せなくなった「五角頂」に、アリアは何度も、何度も攻撃を仕掛ける。しかし、やはり直前になって手が止まる。それは、何度試しても、何度アリアが自分自身を鼓舞しても、変わることはなかった。


「なんで、なんでなのです?手が、手が……」


 ついにアリアは、攻撃することすらできなくなってしまう。攻撃しようと身構えると、足が、手が、胴が、途端に力が抜け、役に立たなくなってしまうのである。体に全く異常がない以上、その現象が心因的なものであることは、アリア自身もわかりきっていることであった。


「残念だ、娘。いや、武人アリア。貴様はいい武人であった。過去に何があったのかは知らないが、それさえなければ頂点の一角にまで上り詰めれたであろうに。時間がなかった、と言うほかないな」


「我らも貴様が覚醒するまで待つほどのお人よしではない。だが、武人アリアよ、貴様の過去への哀悼の念を込めて、今度こそ本気で相手するとしよう」


「『栄光ある者共(パクス=ファミリア)』」


 その言葉は、「五角頂」としてではなく、それぞれの「個」として発せられた。しかし、その「個」がだんだんと溶け合い、やがてむへと回帰していく。独特な響きをはらんだ音質は、静かに石畳に跳ね、そして静かに消えていく。


 その反響がなくなった瞬間、五人は音もなく動いていた。そして、今までのどこか理知的な響きのある動きではなく、粗野で野獣性の剥き出しとなった闘争本能をこちらへ向けて、ただひたすらにねじ伏せるが如く攻撃を放つ。


「我流 『五体結晶』」


 「五」という数字は、良くも悪くも人体と深く密接な関わりを持つ。「五体」、「五臓」、「五感」。あげればキリがないが、つまりそれは、相手を完全に潰そうと思えば、五人いればいいということなのである。

 弱ったアリアに、そんな攻撃が避けれるはずもなく、もちろん受けることもできない。中途半端な状態で、アリアは「五角頂」の攻撃に屈することになった。


 ただ殴打され、地面に転がるアリアに、「五角頂」は憐れむように声をかける。


「貴様、「猟犬」であろう?主人がいるのであろう?それでも動けぬか?自らのためでなく、他人のためならば、それでもいいなら戦えぬか?貴様の誇りとは、その程度か?」


 そんな煽るような言葉を聞いても黙って何も言わないアリアに対し、「五角頂」は大きなため息をついて、とどめを刺しにかかる。


「貴様は真の武人であると、そう思っていたのだがな。我らの見込み違いであったか。残念だよ、非常にな」


「さらばだ。秘奥 乱流五角」


 杖の雨が、降り注ぐ。その奔流に飲まれかける最中、アリアの脳内に一人の人影が浮かんだ。

 その人物は、航。彼女の主人である、東 航だ。


 自らの過去を進んで話した数少ない相手である航。その表情が、なぜか走馬灯のように強くこびりついて離れなかったのである。


「ありがとう、本当に」


 過去を話した時に、航が見せた悲しい笑み、抱きしめられた暖かさ。それがどうしても心から離れなくて、いなくなる時に寂しくなるとわかっているのに、アリアは航を求めてしまったのだ。

 その理由ももうアリアは知っている。「信頼できる人間」がいなかったアリアにとって、航が裏町に来てからできた、初めての「信じれる人」だったのだ。自分のためにこんな表情をしてくれる人が、悪い人間であるはずがないと、そういう思いだったのである。


 そして同時に浮かびゆくは、後悔。まだ何も返せていないのに、これからもそばで彼を見ていたいのに、自分はここで死んでしまうんだな、という。そんなのは嫌だ、そういう気持ちが浮かんで来るのは、自然の摂理であった。


 その後、どんどんその思いは膨らんでいく。死にたくない、ではなく、死ねない。そんな思いが大きくなっていくと共に、アリアの体を動かすエネルギーは増えていった。そしてついに、アリアは動く。


「秘奥 捌 『崩牙献身』」


 その攻撃は、確かな意志を持って「五角頂」の攻撃を跳ね返した。


「自分を信じることができないなら、他人を信じればいいのです。思い出させてくれてありがとうなのです。私には今、信じれる仲間がこんなにもいる」

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