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悪役覇道  作者: wistereal
三章 『皇国覇道ー序 独立』
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消せぬ傷跡、心の彼方

「どうした娘、威勢を叩いていた割には、存外大したことがないではないか」


 「五角頂」の哄笑が石畳に響き渡る。その声を、アリアは血に伏した状態で聞いていた。体には無数の細かい傷、土の汚れ、ところどころから見られる出血。アリアが劣勢であるのは、誰の目から見ても明らかなことであった。


 戦いが始まってすぐ、アリアは「五角頂」に挑んでいった。最初から秘奥を用いた全力全開での攻撃である。しかし、当たらない。そこまでは別にアリアも想定内であった。一発で攻撃が当たることなど、そうそうない。それが自分の全霊を載せた攻撃ならもっと少ない。

 だがしかし、「当てる」ことだけを重視して繰り出した攻撃も当たらなかった。敵は五人で固まっている。しかし、当たらない。彼らは最低限の動きだけで、隊列を乱すことなくアリアの攻撃を避け続けていた。


 そして、アリアの不意を突き、五人で攻撃を仕掛けてくるのである。彼らが使うのは杖だ。しかし、攻撃の性質は三者三様、いや、五者五様である。故に、全ては避けられない。アリアには、確実にダメージが蓄積していた。

 自分の攻撃は当たらず、敵の攻撃は確実に自分を削る。精神が折れるほどの不可能感が、アリアを襲っていた。


「秘奥 壱 顎咬アギト


 それでもアリアは諦めない。諦めないとは美点のように語られることが多いが、しかしながら今回ばかりはそれが裏目に出ていた。一度諦めるくらいの気持ちで冷静にならなければ、アリアに勝機はない。だが、「諦めない」熱い気持ちによって、アリアの考えは狭まり、まさに視野狭窄に陥っていたのであった。

 今回もまた、自身の体重を全て乗せた攻撃が、容易に避けられる。アリアの使っている縮地、技、それぞれの制度がだんだんと落ちてきていることも原因の一つであった。


「失望したぞ娘。我らが武人として見込んだ貴様が、ここまで弱いとは」


「最後の情けだ。せめて冥土の土産に持って行け。我流 『重魂《五位一体》』」


 一瞬、「五角頂」の体が光る。白く淡い色だ。すぐにその色は止む。しかし、その現象の後の「五角頂」はどこかそれ以前と変わっていた。なんというか、迷いがない。互いを尊重して「合わせる」戦い方の究極系だった「五角頂」が、自らを主張することを始めたように思われたのだ。

 しかし「五角頂」の動きは完全に揃っている。以前と同じ、いやそれ以上に。まるで一つの生命体かのように、彼らはアリアに攻撃を仕掛けてきた。


 攻撃移行だけならば、アリアの方が早い。しかし、その他のすべての面において「五角頂」は、互いを補うことによってアリア以上の実力を引き出していた。

 右上段、左内腿、頭蓋、右小手、鳩尾、丹田、眉間…… 数え切れないほどの有効箇所への攻撃が、アリアを襲う。やはりその特異性は、以上なまでの意思疎通度。ある攻撃が放たれた後に別のものから放たれる攻撃が、一番嫌がるところに来るのである。零コンマ一秒で戦っているアリアたちにとって、見てから動くというのはナンセンスな行いだ。

 確実に反射神経の伝達の関係で、反応が遅れるからである。だからこそ、五人で動きを合わせるというのにも限度があるのだ。しかし、「五角頂」はその限度を突破していた。必死に避けたアリアであったが、結局後半はなすすべもなくやられるのみであった。


 最後の打撃がアリアの心臓付近を強打する。武術では考えられない、相手の命を本気に奪う時にしか突かない急所である。アリアは、後方に飛ばされながらなんとか必死に受け身を取り、立ち上がった。そして息も絶え絶えな様子で、しかしはっきりと口を開く。


「私が、弱い?気の触れるほど、ひたすら訓練をしてきた。それでも弱い?じゃあ強さとは一体何の先にあるのです?」


 それは、問い詰めるというよりも、心から出た強さを乞う懇願だった。


 それに対して、「五角頂」は苦笑しながら言葉を返す。


「別に我々は、貴様が弱いとは思っておらんさ。戦いではな。「ヘキサンド」の集落をそれぞれ守ってきた我々に、一対一ならば勝てるほどの腕前。弱いわけがない」


「だったら……」


 アリアの噛み付くような声は、すぐに「五角頂」にかき消される。


「我が言っているのは、心の強さの話だ。貴様には迷いが見える、小娘。使える技も一種類ではないな?何が貴様の心をそこまで脆くした?貴様には、何があった?」


ーーーー


 アリアにはコンプレックスがあった。彼女は、猟犬の末裔の村に、直系の先祖返りとして生まれた。そんな彼女の生まれは、困難に満ちたものであったのだ。

 アリアは、相当な難産の果てに生まれてきた。本来なら少しずつ会得していくはずの獣人としての能力を最初からほとんど全て宿したアリアを産むのは、母体にも負担が大きかった。彼女を産んだ後三日三晩粘ったが、母親は死亡。


 通常、その体の強さから、死産や難産、母体の死などほとんど起こらない獣人族にとって、その事象は青天の霹靂とでも呼ぶべきものだった。アリアの母は「猟犬」の長として長らく活動をこなしていた。そんな彼女が旅立ったのは、精神的にも実務的にも、猟犬の集落を苦しめる要因となった。

 さらには、産まれてきた子が「先祖返り」であったことが、問題に拍車をかけた。集落全体としての利益を見るならば、アリアを「呪いの子」とでもして殺し、別の長を立てるのが一番手っ取り早く、治りも良かったはずなのである。


 だが、アリアは「先祖返り」だった。獣人の悲願、過去への回帰。それを単代で果たした敬われるべき者、それが先祖返りなのである。アリアを処分するようなことは、郷の風習的にも、実益的にもすることはできなかった。

 だが、果たしてそれがアリアにとって、村にとって幸運だったのか。当主であり、唯一の「猟犬」後継者がいなくなった村は、過去の栄光というよりどころすら失ってしまった。いくら「先祖返り」であろうとも、秘伝の技を学べず、次代に伝えられないならば存在していても意味がない、と主張する過激派も現れる。


 先祖返りであるアリアを擁護する派閥と、過激派は、完全に対立し、村が二つに割れる原因となった。村の起源は十数人の本家の獣人と、当主の息子たちの嫁候補。いくら栄えたとしても、大きな村にまで発展するはずがない。

 そんな小さな村で、不和が生じたのだ。割れるのは、長いようですぐであった。アリア齢二歳半、村は完全に二分された。


 そんな歪な状態で、若き少女が純真に育つはずもなかった。アリアは、五歳までに過激派から十三回命を狙われ、そのうち五回は重傷を負った。そこからアリアが力を表し始めると表立っての攻撃は減ったが、結局より深い言葉という悪意に晒される日々が始まっただけであった。


 そんな辛く苦しい生活の中、ある転機が起こる。猟犬村が襲撃に遭った、その日がやってきたのだ。


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