不退転の決意 アリア 対 「五角頂」
密室の中、八人、何も起きないはずがなく…… 俺達の北征のフィナーレ、マモニルスとの対峙は、今この瞬間にも始まろうとしていた。
「航様、私に命令を」
アリアの鈴のような声が、石に反響して遠くまで響く。その声は、声質とは裏腹に重い何かを孕んでいるように感じられた。今まであんなにも疲れていたはずなのに、既に臨戦体制で、「待て」の解除を待つ犬のように戦いに貪欲に向き合っている。
この場合のアリアの言う「命令」とは、五人衆との対峙のことだ。ヘキサンドの名前通り、組織内の五人の英傑。彼らと、自分で五対一の勝負がしたい、とそう言っているのである。
あまりにも危険、自殺行為。いくらアリアが猟犬の秘奥を持とうとも、五人の戦いのスペシャリストに勝つことのできる可能性はごく低いだろう。一対一ならば、恐らくは勝てる。だが、五対一は、完全に話が変わってくるのだ。正気の沙汰じゃない。
だが、アリアの顔は至って真剣で、決して命を投げ出そうとしているようには見えない。勝ち筋を真剣に探る一人の闘士が、そこにいた。
そんな目をする彼女のことを、不本意ながら応援したいと思った自分がいた。だからだろうか、俺は気づけば、そんな無謀な行いに許可を出してしまっていた。
「あぁ、任せた。思う存分暴れてくれ」
「俺は、あの不遜野郎をぶっ飛ばしてくるとしよう」
ーーーー
アリア 対 「五角頂」
アリアは、ただひたすら観ていた。診ていた。勝ち筋を、死なぬ方法を。いくら猟犬が蛮勇とは言え、自らの力量くらいは弁えている。いや、猟犬だからこそだ。狩りは、ほとんどの場合、圧倒的強者の蹂躙によってしか成功しない。だから、猟をするものは、自分の力を真っ先に把握せねばならないのだ。
そしてこんな自己プロファイリングの結果、アリアは「ほとんど確実に負ける」と冷静な判断を下していた。普通に考えれば、自分より実力が少し劣る程度の相手五人と対峙すれば、負けるに決まっているのだ。
そこで勝てると言う判断を下せるのは、よほどの考えなしか、自らに酔った盲目の如し人間だけである。アリアはそのどちらでもなかった。自分が威張ることのできるほど強くないと識っているのだ。だから、油断しない。
「私はアリア。アリア・フェリスターク。裏町位階第『八位』、『情報屋』専属護衛。我が起源は猟犬。雷さえ喰らったと言われる伝説の神獣の血を宿す者」
口上を上げつつも、その視線は油断なく五人に向けられていた。戦闘の組み合わせが決まり、アリアと六人で別室に移動したため護衛対象外ないにも関わらず、彼らは最初の体制を崩していないのである。
多対一の最大の利点といえば、「囲う」と言う動作ができることである。前後左右、皆敵。そんな条件下においては、どんな強者であろうとも自身の実力を最大に発揮することは不可能なのだ。
だから、合理的に考えればすぐにでも広がって少しでも有利に陣取る必要がある。しかし、彼らはそれをしようとしなかった。定石など糞食らえとでも言いたげなその光景に、アリアは少し不気味ささえ感じていた。
「我らに名はない。しかし、あえて名乗るのならば……「五角頂」と呼びたまえ、少女よ。いや、武人「アリア」」
五人が声を発する。しかし、その音は、一つに集約されて全く別物のように聞こえていた。不思議な現象であるが、「五角頂」それぞれの声ではなく、それ単体で一つの生物のような、奇妙な感覚であった。
底知れぬ。それが、アリアが彼らに抱いた感想であった。読めぬ、見極めれぬ。熟練し、卓越した技を持つものこそ、相手の実力の見極めは容易になる。武術の一つの集約点として、「観察眼」が存在しているからだ。
当然アリアも例外ではない。アリアは極めた「到達者の領域」には入っていなかったが、それでも長年「猟犬」のプライドだけを携えて訓練を受けてきた身なのである。「猟犬」の狩りに特化した戦闘スタイルを長年学んできたものが、観察眼が育っていない道理などないのである。しかしながら、実際は彼女は読むことができなかった。
「早く終わらせましょう。話ふけるには、あまりに夜は長すぎる」
アリアの啖呵に対しても、「五角頂」は怒りといった根源にある感情を発露させない。その代わりに、彼らも挑発には挑発を、とばかりに言葉をアリアに投げ返す。
「あぁ、そうだな。君の骨は、しっかりと私が拾おう」
児戯にも等しい言葉の応酬。本来ならば、アリアはそこからも多くの情報を読み取ることができる。それが彼女のスタイルであり、強く在れる理由の一つなのだから。しかし、相も変わらず「五角頂」は感情を出さない。何も揺れない。
呼吸も、筋肉の使い方も、重心移動も平時のそれと変わらない。臨戦体制にある敵の動きの予測を待ったく立てることができないなど、アリアが技を習得してからほとんどなかった経験である。
「それが虚勢でないことを願うのです」
「獣人化 秘奥 壱 顎咬」
こうして、彼女の戦いは幕を開けた。




