懇請
何だかややこしいタイトルになってしまいました。私自身も懇請という単語を初めて使いました。心を込めてひたすら頼むこと、という意味だそうです。
俺が思うに、転機とは後付けのものだ。時が進んでから昔のことを思い返し、あの出来事の始まりはこの時だったな、と理由をつけて、転換の時と言うレッテルを貼る。だから、今の俺たちは、この瞬間を泥臭く生き抜けば良いのである。
と、前置きが長くなってしまったが、結局の所俺が言いたいのは、転換の時だなんて予想がつくはずもないのだから、とりあえず自分の良心に従って動けばいいということである。
「検証」の翌日の昼下がり。今、俺はそういう自分の判断が試される状況に身を置いている。自分で決断する事は、何回繰り返しても怖いものだが、その恐怖に打ち勝ち、自分の価値を示さねばならない。
「航様に、お願いしたいことがあるのです」
目の前にいるのは、少し長めのシルバーの髪と碧眼を持つ端正な顔立ちの青年、ジンだ。彼の苦い汁を飲んだような表情を見ると、彼の頼みを受ければ厄介なことに巻き込まれる可能性が高いとわかる。
彼は今、俺に選択肢をくれているのだ。厄介事に巻き込まれるのが嫌なら、自分の頼みを受けなくても良いと。
見捨てるのか、恩を返すのか。この二択で前者を選ぶのはありえない。そもそも俺は彼の好意で生きられているのであり、万が一彼が居なくなってしまうと一番困るのは俺だからだ。まぁ俺に戦闘とか求められても無理だけど。
俺は顎を軽く引いて了承の意を示し、ジンに続きを話すように促した。彼はほっとしたように頬を緩ませ、話を続ける。知り合ってから今まで見たことのない、焦ったような表情をしているのが印象的だった。
「実は……子供が誘拐されまして」
…………は? 一瞬語彙を失ってしまうほどの衝撃が俺を襲った。こいつ子供いたのか、という驚愕が脳内に木霊する。にわかには信じがたい事だが、彼の切迫した顔を見る限り冗談というわけではないだろう。
でも、家で子供なんて見たことがないんだがな…
俺の驚愕が伝わったのか、彼は苦笑いで訂正の言葉を述べた。
「あぁ、すみません。私の実子というわけではなくてですね…」
どうやら彼は孤児を集め、育てているそうだ。ただ、善意から行なっているわけではない。稽古をつけて自分の仕事に役立てている、ということだとか。
当たり前といば当たり前かもしれない。ここで、善意で人助けをする者はいない。それぞれが自分の生活に手一杯なのだから。新しいものを抱える余裕など無いのだ。
つまり、そのうちの一人が誘拐された、ということらしい。
「私は、「情報屋」として子供達による情報ネットワークを創り、仕事を行っています。今はまだ実際に任務に出せる人数はそう多くない。子供以外にも誘拐されているものは多いと聞きます。これ以上彼らが少なくなるのは非常に困るのです」
非情に聴こえる彼の発言。だが俺には、その声の中に『チルドレン』への心配の感情が潜んでいるように感じられた。それに今、初めて彼は自分の職業を教えてくれた。それらのことが何だかやけに嬉しくて、俺は絶対に彼の力になるのだと決意した。
「協力します。今までの恩義もありますので。力になれるかは分かりませんが」
この言葉を聞いた彼は、喜ばしそうに顔を綻ばせた。彼が本心から笑っているのを見たのは初めてだな、とそんなことに思い当たる。
「いえ、航様は居てくださるだけでもとても心強いです」
場が何だかほわほわとした雰囲気になりかけたが、互いに今はそんな場合ではないと思い直して会話を続ける。
「誘拐された子供は、孤児の姿をして情報収集を行なっていました。その時に…」
身寄りがいない孤児、ましてや裏町の者など基本的に何人消えても気付かない。いなくなったものがいることに気づいても、どうせ死んだと思われるだけだ。それで孤児の格好をしている子供が狙われた、と。
「ということは…」
「えぇ、おそらくですが組織犯罪です。まあ裏町ではこの程度の行為、犯罪とは見なされないのが現状ですがね」
十中八九、組織的な犯行だろう。個人または少人数でできる犯罪など限りがある。仮に下手人が少人数だったとしても中心にいるのは大きめのキャパシティを持った組織だろう。
「さらに言うと、訓練された私の子供が帰ってこれない程相手が強い。恐らくは、箱庭レベルの組織です」
箱庭。耳慣れない単語だが、文脈的にあまり良い意味では無いだろう。
「あの、箱庭とは?」
だんだん敬語が抜けてくる俺に対し、彼は相変わらずの無駄に恭しい態度で俺の疑問に対する答えを述べてくれる。
「あぁ、申し訳ありません。その覇気のせいで、航様が裏町育ちでないという意識が抜けてしまいがちで…つい説明をするのを忘れてしまいました。箱庭とは、裏町に多数存在する組織の中で最上位に位置する八の組織のことを指す言葉です。この場所を箱庭のように扱える程強大、という意味です」
ちなみにその下に家族、台頭、そして有象無象と続くのだそうだ。ジンは家名があるため、家族の位置付けになるらしい。
その説明で、俺はジンが苦い表情をしていた訳をはっきりと理解した。家族が箱庭に対して挑戦状を叩きつけるような状態になるのだ。それはあんな表情にもなるだろう。
「航様はこのようなことに巻き込むつもりではなかったのですが…」
今更そんなことを言われても、だ。今更手を引く程軟弱な性格はしていない。
「今更やめるだなんて言いませんよ。で、俺は何をすれば?」
彼は少し考えるような仕草を見せて、こう言った。
「そうですね…航様には、戦闘を担って頂けるとありがたいです」
思ったより時間がかかってしまっていますが、近日中に改稿したエピソードを再投稿します。
また、今週末、二話投稿の日を作ろうかと思っております。できるかどうか確証はありませんが、読んでいただけると幸いです。




