薪に臥して肝を嘗める
花開く。才能が開花したり、物事がいい方向に向かっていくようなことを、そう呼ぶ場合がある。古代の人間達は、努力とは花に与える水のようなものであると解釈したのだ。努力という水が積み重なり、花が咲く。そういう積み重ねを、俺たちは風流に花開くと呼ぶのである。
逆に言えば、水を与えずとも育つような花は美しくないとの解釈もできるわけであって、結局万事に共通するのは、自分次第で良くも悪くもどうとでもなるということなのである。
甘く、芳しい匂いがする花を育てるのか、根腐れするのか。そのすべては自責であり、何があっても自分のせいでおかげ。当たり前かもしれないが、そういう世界で、俺たちは生きている。
各地にバラバラに散った情報屋構成員からの連絡はとうに途切れ、既に何人かは確実に昏睡状態にあることも確認済みである。耐え忍ぼうにも、一時間という時はあまりにも長すぎた。
いくら訓練を積んできているとはいえ、情報屋のメンバーの大半は孤児なのである。上流階級が受けるほどの魔力増幅トレーニングなんかは積んできてはいないし、ましてや実は高貴な血筋を引くものだった、なんて可能性も全くと言って良いほど存在しない。そんな人間の寄せ集めが、一時間も魔力を抜かれて耐えれるはずもなかったのである。
魔力とは、個人個人の波長があることからも分かる通り、ただの外部付の動力という訳ではない。この世界では、人体の不明な仕組みのほとんどには魔法が関わっている、と言われているほどに、生活における魔力の量の批准は大事になってくるのである。
体の奥底から魔力に馴染んでいるものがとても多いため、魔力を吸い撮るというのは思いの外、強い効果を生んだのである。
「力が、抜け……」
そうやって、ありきたりな言葉だけを残して昏睡状態に陥った者のなんと多いことか。この世界の人間と戦うときに、今回のように魔力を抜くというのは、想定以上に有効な一手になりそうなのである。
と、多くの人間は先ほどの説明の通り魔力不足で地に伏してしまうところなのだが、それでも意識を保っている者が、三人いるのであった。三人は、敵勢力に見つかることもなく、物陰でじっと耐えながら待つことしかできなかった。機が熟するのを。たとえその想いが幻想に塗れたものだったとしても。
一人目は、もちろんのことながら俺。元々「勇者」であるから魔力量もどちらかと言えば多い方だし、何よりまだこの世界に馴染みきっていない俺だから、魔力欠乏症の症状があまり大きくならなかったと取ることができる。
二人目は、ご存じジン。情報屋の中で唯一「拾い人」でないため、しっかりとした血筋があってもおかしくないかと思われる。ジンはやはりどこか警戒しているようで、彼の血筋なんかを知っている訳ではないが、何かしら中流から上流の階級の血が流れているような気がしてならない。
三人目は、意外と思うが、アリア。やはり、獣王に前線で使えていた血筋の力はすざまじい。もちろん訓練を重ねているのだろうが、特筆すべきはそこではなく、どれだけ吸われてもまだ吸われきれない、異常なほどの魔力量。
どこかしら特異点を持つ三人が、かろうじて責苦に耐えれているのであった。だがしかし、それもあくまでも今の状態では、のことである。このまま二時間三時間と吸収を続けられれば、どうしたって倒れるしかなくなる。
無尽蔵に見えるほどあったとしても、所詮は人の身。最後には限界が来るのが世の定めであり、不変の真理。
それから逃れたいのであれば、俺たちは何かしらのアクションを起こす必要があった。バタフライエフェクト、などというが、何もしていないだけでは、蝶々が羽ばたいたとは到底言えない。チャンスの全てを掴み取るために、俺たちは次なる一手を選ぶ必要がある。
そのために、途方に暮れるほど長い一時間、俺は臥薪嘗胆の思いで耐え続けていた。そして、やっと待ってい
た時が来たのである。
申し訳ありませんが、明日はお休みとさせてください。




