激戦の開幕
俺とジンは、あの後、情報屋の面々を全員回収しに動いていた。悠長にしている暇はないので、急ピッチで北征メンバーの全員を集める。
集落中にバラバラに散ったとはいえ、所詮一集落であることに加え、ジンがある程度潜伏場所の指示を出していたことによって、そう時間はかからずに人を集めることができた。
当然、先刻の結界は解除して動かねばならないので、本当に時間的余裕はないのだが、こればかりはしょうがないことである。ジンの負担と、実務的なところのかみ合いで、これ以上大規模結界を展開させておくことはできなかったのだ。
「……と、いうわけなのです」
そして、ついさっき、ジンがメンバー全員に今の状況の説明を終えたばかりであった。それは、一言で表そうとするならば、四面楚歌、絶体絶命、八方ふさがり、万事休す、そんな感じである。
「我々に残された選択肢は二つ。干からびて死ぬか、勝ち目など関係なく徹底的に争うか。後者を選ぶものだけ、私と航様についてきなさい」
挑発するように、ジンは言葉を続ける。と同時に、俺には全員が覚悟を固く決めたように見受けられた。ここにいるのは情報屋最高峰の遠征隊である。彼らのプライドが、逃げることを許さなかったのだろうと、俺はそう思った。
そうして、俺達は徹底抗戦の構えを取ることで合意したのであった。とはいえ、決まったのは心意気だけで、実際のところ問題は何も解決してなどいない。ただ、頑張ろうと互いに声を掛け合っているのとなんら変わらないのである。
流石にノープランで作戦を開始してうまくいくわけがない。俺は、今後の展望を言うように促す目線をジンに送った。
「正直なところ、まだまったくと言っていいほどプランは立っていません。ですので、これを肌身離さず付けておいてください。必ず、必要な時に連絡してみせますから」
ジンが俺たち一人一人に手渡したのは、例の魔法通信機である。すっかりお馴染みとなった、マキナ開発の品だ。悔しいが、彼の妨害などがない情報では、最も使い勝手の良い通信機器は、この魔道具なのである。ということで、情報屋はその魔道具を愛用しているのであった。
「一つだけ、指針を立てておきます」
俺たち全員に通信機が行き渡ったのを確認した後、右手の人差し指をただ一本立て、もう一度ジンは口を開いた。
「何があっても、独断で行動しないこと。特に、抜け道を見つけたとき。私に必ず相談してください。目の前の自分たちに都合の良いものの九割九分は罠です。重ね重ね言いますが、私に情報を集約させてください」
ジンが口にしたのは、考えてみれば至極当然とも言える注意事項であった。だが、そんな注意事項に気づかない、層というのも存在するわけで。時間が相当にないこの状況下においてもなお、ジンの注意は必ず指揮官としてなくてはならないことだと思われた。
「御意」
小声で、広がりにくく、でも近くの人間にはよく通る、という意味のわからない声で答える彼の部下達。俺はちょっと恐怖すら感じたが、そんなことを思っていてもしょうがないのでとりあえずスルーである。
「では、散りなさい」
とりあえずだが、解散である。一箇所に固まっているのは、やはり相当にリスキーなのだ。単に見つかる可能性が上がるだけでなく、急を要するこの状況で、効率が下がる行動を選択するというのもナンセンスである。
そういう訳で、数分もすれば、俺とジン、そして先ほど呼んだアリア以外の人の気配は、全くと言って良いほど感じられなくなっていた。全員が忠実に任務を遂行しようとしている証である。
そして、なぜ俺たちが集められたのかというと……
「二人には、別枠で任務を頼みます。この北征の成否がかかってると言っても過言ではないので、ぜひお二人に任せたい、と」
俺たちを見るジンの目は、どこまでも真っ直ぐであった。その目を見て、自分の出自に関する秘密を抱え続けていることに対する引け目が、急激に大きくなってくる。俺は、そんなもやもやした気持ちの全てを原動力に変えるべく、アリアの手をとって大きく頷いた。
隣では、同じようにアリアが俺の手を強く握り返し、首を縦に振っている。覚悟を決めなければいけない瞬間が今来ただけのこと。俺は自分にそう言い聞かせ、任務の内容を耳に納めた。
「まず、最初に………」
ーーーー
十数分後、俺達は司令を受け終わり、ジンと別れるところであった。ジンといれば確かに安全かもしれないが、その分三人だと発見される確率は格段に上昇する。メリットよりもリスクの方が大きく、なおかつ任務にジンを同行させるわけにも今ない、という理由である。
「では、武運を」
ごくごく短いジンの言葉に、こちらを本当に思っているような温かみが込められている気がして、思わず胸が暑くなってしまう。その熱を放出するように、俺はジンに返事を返そうとした。
「あぁ、ジンも………」
言葉を途中まで言ったところで、急激に体に力が入らなくなる。それは、筋力とかそういう次元の話ではなくて、もっと不思議な何かが関係しているように思われた。貧血などとは何か本質的に違う、体の奥からの減衰。そういうものが感じられたのである。
「始まりましたか」 「始まったのです」
ジンとアリアは、素早く状況を掴んでいるようであった。それに対し、俺はいまいち現状がよくわかっていない。一人でオロオロしていると、それが伝わったのかはわからないが、ジンは俺の方を向いて、簡潔にこう言葉を発した。
「結界の作動が始まりました。すなわち、私達はこれから、時が経つごとに魔力吸い出され、弱体化していきます」
まさに窮地万来であった。




